第8話 【秋のお話】

【秋のお話】

目が覚めると、そこにはフクロウの長老が立っていました。

「炭丸君」

その渇いた声にはどこか切なさと悲しみが含まれているように炭丸は感じました。

「ここはどこでしょうか?」

と、炭丸はキョトンとした表情を長老へ向けます。「俺は一体……?」

「覚えておるか?君はあまりにもの仕事の多さで倒れてしまったのだ。君は三週間以上も眠っていたんだぞ」

炭丸が慌てた様子でカレンダーを見ると、それは九月の下旬を示していました。あぁ、最悪だ。

炭丸は布団を握りしめ、長老に頭を下げます。「すみません長老。俺が能力不足なばかりに……」

「いいや、君は今まで本当によくやってくれた。お礼に君にはこれから長い休暇を与えよう。しばらく休みたまえ」

「でも、俺が仕事を休んでしまったら誰がこの森を平和にするのでしょうか?」

「それは極簡単な話だ。私達一羽一羽でこの森を平和にしていけばいい」

炭丸は首を傾げます。長老のその言葉の本意をあまり理解できていない様子です。

長老は話を続けます。

「私は炭丸君を優れたリーダーとして推薦し、この森の問題全てを任せることにした。だが、それは私達全員を堕落させる結果を招いてしまったのだ」

炭丸はボロボロになった自分の嘴と翼をじっと見つめます。

長老はそんな炭丸を見て言いました。

「炭丸君。本当のリーダーとは何か説明できるかね?」

「……全体を見渡し、全体の面倒を見るのがリーダーだと俺は思います」

「私もそう思っていたのだが、それは大間違いだったのだ」

「?……じゃあ本当のリーダーとは何なのです?」

「自分だけが全体を見渡すのではない。一緒に全体を見てくれる仲間を増やしていく存在。それが本当のリーダーだと私は結論づけた」

「全体を見る仲間……ですか……」

炭丸のイメージの中で鎖が千切れ、紐がするすると抜けていく音が聞こえてきました。

ふと見てみると、長年開けることのできなかった箱が綺麗に開いているではありませんか。その中身は至ってシンプルです。自分は今までこんな簡単なことが分からずに苦しみ続けていたのか。

ふと窓から外を眺めた炭丸は驚きました。なんとそこには森の鳥達が誰かに助けを求めているのではなく、誰かを助けようと必死になっている姿があるのです。これは人間の世界からすればごく当たり前のように聞こえることでしょうが、この森の歴史においてこのようなことは本当に有り得なかったことなのです。

よく見てみると問題児達を説得しようとしている山介と篤の姿も見られます。

長老は誇らしげに話し始めました。

「これは森中の鳥達の意見が集まったことで誕生したやり方だ。皆で助け合い、心の救済を優先する。『強引な方法で物事を解決するのではなく、まずは心に寄り添うのが大切だ』と。岩哲君はそれを君と山介君から教わったと話していたよ」

驚いている炭丸を他所に長老は話を続けます。

「岩哲君は凄いぞ。彼はとても不器用な鳥だが、周りの考えを柔軟に吸収して新しい考えを作りだすことができる長所を持っている。それによって森のみんなは自分達で考えて助け合うように指導することができたのだ」

確かにその通りだ。と思った炭丸は長老に向かって言いました。「長老。確かに森中の鳥達の力が働いて、この東国の森は大きな成長を遂げることができました。しかし、ゴールはここではないと俺は考えます。この森の問題はまだ星の数ほどある。俺はこの森が更に改善されるべく、長老から頂いた休暇も兼ねてあらゆる森を旅しようと考えました。あなたのお話通り、俺がいなくても、彼らはどこまでも頑張れるでしょうし、盗難の問題もいずれ解決できるでしょう。俺は今まで背負ってきた使命を彼らに信じて託すことに決めました」

「なるほど……分かった」

と、長老は深く頷きます。「外の森にはまた違った価値観があると聞く。炭丸君、私は君がどんな考えを得て帰ってくるかを期待しているぞ」

「はい。是非期待していて下さい」

それからというもの。あらゆる森の旅から帰還した炭丸は、多くの仲間達と共に森の自治の幅を広げることに成功しました。多くの鳥達に愛され、時に恨まれた彼は森の残された時間の中で鳥生を満喫していったのでした。

この素晴らしい思い出を永遠のものにしたい。そんな願いを心の片隅に置きながら。

【最終章に続く】

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