第6話 【夏のお話】

【夏のお話】

東国の森の夏。

それは鳥達にとってご馳走の虫や魚が最も獲れる時期であるのと同時に一年で最も賑わう時期でもありました。

この時期には〈不死鳥円環の儀〉というお祭りが三日に渡って行われるのです。

夏という季節は不死鳥が一度死んで生まれ変わる時期だと言い伝えられており、鳥達にとってそれは大変縁起のいいことからそのお祭りが発祥したというのです。

快晴の夜空に月が浮かび、ケラの鳴き声が響き渡る真夜中。森の鳥達は大はしゃぎで屋台を並べ、神輿を担ぎ、沢山のご馳走を食べ、一年の中で指折りに楽しいひと時を過ごします。

しかし、炭丸だけは違いました。何故ならこの時期になると、彼の元へ大量にやってくる依頼があるからです。

その度に炭丸は真剣に依頼解決のため悩んでは寝ずの晩を過ごすことになってしまうのでした。

「盗難ねえ……」

数多くの被害届を前にした炭丸は椅子にもたれ掛かりました。今年は季節が夏になってからは盗難の被害が相次いでいるというのです。

「頼みますよ炭丸さん。あんただけが頼りなんですから」

という被害者からの言葉が炭丸の中で何度も木霊しては彼に大きなプレッシャーを与えているようでした。

「やあ、炭丸さん」

炭丸の家を訪ねたキジの次郎は忙しそうな彼に差し入れの西瓜を持ってきました。「たまにはしっかりと休んでくれよ。炭丸さんはこの森において絶対に必要な鳥さんだ」

「ありがとう。でも、俺はやらねばならない」

と、炭丸はいつもと同じ言葉で返します。

家の外からは祭りの準備をする鳥達の賑やかな囀りが聞こえてきます。

しかし炭丸は溜まりに溜まっている仕事を淡々とこなし続けているだけでした。

数日後、キジバトの広太郎が訪ねてきました。

「炭丸さん。雇った警備員は全員祭りの会場に配置させておきました。これで明日から行われる祭りの盗難の被害は激減させることができるかと」

「ありがとう。広太郎」

「あの、炭丸さん」

「何だ?」

見てみると、広太郎は炭丸に心配の眼差しを向けています。「明日から始まるお祭りに一緒に行きませんか?こう見えて俺等達は炭丸さんのことをいつでも心配しているんですよ。息抜きは大切です」

「ありがとう。でも、俺はやらねばならない」

炭丸は広太郎に向かってただそう応えると、溜まりに溜まった仕事や依頼の書類に目を通していました。休みというものは彼にとって無縁なものだったのです。

三日間行われたお祭りが終わって数週間が経ち、警備員のリーダーであるキンクロハジロの燈(あかり)さんが家を訪ねてきました。今日は彼女から警備員を配置させたことによる効果を纏めた資料が届く日なのでした。

キンクロハジロの燈さんは申し訳なさそうに資料を炭丸に渡します。「炭丸さん……本当に申し訳ございません。私達鴨は尽力して盗難を防ごうとしたのですが、どうやら犯人達は我々に見つからない新しい方法で盗難を行っているようなのです……」

「なるほど。これでは永遠のイタチごっこというわけか」

炭丸は頭をかかえてため息を吐きます。カレンダーを見てみると、もう八月の下旬になっているではありませんか。

夏も終わりが近い。盗難の被害件数も鰻登りだ。ここで盗難を食い止められなければ、これから先ずっと盗難が相次ぐ森になってしまうだろう。この森から盗難を無くすにはどうしたらいいのだろうか?

一時間ほど考え続け、結局どうすればいいのか分からなくなってしまった炭丸は何度も机を嘴で突いて八つ当たりをしました。「ああ糞ったれ!糞ったれ!」

「炭丸さん!どうか落ち着いて下さい!」

と、燈さんは炭丸に駆け寄ります。

「……あぁ、失礼。俺としたことが取り乱してしまった。少し外の空気を吸ってくる」

と、炭丸は戸口へ向かおうとしますが、何故か自分の視界が狭まっていることに気付きました。それはまるで白黒映画のラストを連想させます。

何故俺の視界が狭くなっていくのだろう? しかも体を動かそうとしても全身に力が全く入らない。

やがて膨れ上がるような痛みと、切り傷の付いたような痛みが炭丸の頭の中で交差すると、彼は断線したテレビのようにピクリとも動かなくなってしまいました。

意識が薄れていく闇の中、炭丸は開けることができない箱のイメージを前にします。

その周囲からは夏の終わりが刻一刻と近づいていることを告げる秒針の音が鳴り響いていました。

やがてその音と心臓の鼓動音が重なり、彼を絶望の深淵へと誘うのでした。

「おい、聞いたか?炭丸さんが倒れたんだってよ!」

このニュースはあっという間に森中に広がり、鳥達を驚かせました。

鳥達の驚きの声は何日も経過すればするほどに混乱と困惑の声に変わっていきます。炭丸はこの森において重要な役割を担っていた存在であると同時に鳥達の負担を請け負っている存在でもありました。つまりそれは親を失った子供と同じであり、いつも鳥達の負担を背負っていた彼が倒れてしまったことで森中の生活が不便なものになってしまったのです。

医師のアオサギからの報告では炭丸は目覚めるまでにもかなり時間がかかるということでした。

森中の鳥達はその変えようのない現実を受け入れ、個鳥が抱える問題は個鳥で解決する努力をするようになっていき、この夏で被害が増えた盗難に対しても同様の対応をしていくのでした。

彼らはそれを「自立することができた」として誇りに思い始めた様子です。

そんな森の有り様に対して異を唱える一羽の鳥が現れました。

「お前らふざけているのか?」

森で一番大きいブナの下。ノガンの岩哲は森中の鳥達を前にして声を大にして言いました。ヒレンジャクの裕子は子を見守る母親のような表情で彼を見守っています。

岩哲は一旦深呼吸をしてから続けました。「炭丸が倒れたから自分のことは自分で解決しろ、だと?それはある意味で正しいことだと俺も思うぜ?でもそれだと一羽一羽が孤立した詰まらない森になっちまうだろうよ。大切なのは森中のみんなが炭丸のように、森中のみんなを助けることだろうが。違うか?おう違うなら言ってみろよ。反論ならいくらでも聞いてやるぜ」

ブナの周囲に集まった森中の鳥達は彼の成長に驚いたと同時に今までの自分達の行いを深く恥じたのでした。そしてこれから自分達が何をすべきなのかを自然と気付くことができていたのです。

岩哲の演説が終わり鳴り止まない拍手が響き渡ると、司会進行のキジバトの広太郎によって意見交換の時間となりました。

これからの森をどうしていくか?

この議題を中心に多くの意見が述べられていく中、初めてワカケホンセイインコの山介が挙手をして意見を述べました。オオタカの篤は感心し、彼を見守ります。

「あの、何故盗難が起きてしまうのかを考えてみたんですけど、多分盗難をしてしまう鳥にもそれをやらざるを得ない辛い事情があるんだと思うんです。だから、警備員を配置したりして防犯を徹底するのは根本的な解決にならないんじゃないでしょうか?まずは鳥達の心の救済をした方がいいと考えます」

「なるほど。強引な方法で物事を解決するのではなく、まずは心に寄り添うのが大切だということか」

と、書記も担当していた岩哲はそう言って深く頷くとそれをノートに細かく纏めていきます。

その日、東国の森では未だかつてないほどの数多くの意見が一つのノートに纏められました。それはまるで繊細な絹を一本一本丁寧に織り込まれた美しい着物のような出来だったと言います。

【秋のお話に続く】

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る