第2話 【冬のお話】

 【はじめに】

風がよく吹くこの東国の森に、その烏はいたといいます。

記憶が曖昧な私が語れるその烏の話は数ある内のほんの一握りです。しかし、一つ一つの話を縫合してみたら一つの物語として纏めることができたのでここで皆さんにもお話しようと思います。


 【冬のお話】

 ハシブトガラスの炭丸はいつも森の中を見回っており、鳥達が何かおかしなことをすれば正直に指摘をしていました。それが彼に与えられた森を指導するリーダーとしての仕事だったのです。

 炭丸にとって、とても充実感の味わえる仕事でしたが、やっていく上で言語化のできない違和感を彼は感じていました。その違和感は長年開けることのできない箱のイメージとして、彼の中で気味悪く残り続けていたのです。

 一晩中雪が降り積り、森中が銀世界となった朝の出来事。炭丸は息を白くしながら森の中を旋回していると、ノガンという体格のがっちりした鳥が除雪作業をすると同時に森のゴミ捨て場の設備を片付けているのが見えました。働き者として有名な岩哲(がんてつ)です。

 彼は今何の作業をしているのだろう?

 それが気になった炭丸は、雪に覆われた杉の枝先に舞い降りると、挨拶ついでに岩哲に訊きます。

 「岩哲、お前は何をしているんだ?一見するとゴミ捨て場をこの森から無くそうとしているように見えるのだが」

 岩哲は顔を顰めて答えます。

 「その通り、俺はゴミ捨て場をここから無くそうとしているんだ。というのも森に住む鳥達のゴミ捨て場の使い方が酷すぎるんだよ。ろくに分別もしないし、ゴミが箱の中に入り切らなくなると適当に地面に捨てやがる。そうしてゴミ捨て場が汚くなればツキノワグマやらハクビシンやらが寄ってたかってゴミを漁りにやってくる。これではゴミ捨て場の意味がないし、どう考えてもこの現状じゃ設備ごと回収せざるを得ないぞ」

「ほう。それはお前の仲間も賛同した上での手段なのだね?」

「そうだ。問題は無いだろう?」

炭丸は岩哲のその言葉に頷くと、確認をすべく岩哲の仲間である広太郎というキジバトのところまで飛んで行きます。

炭丸が辿り着いた時、広太郎は丸みを帯びた体を精一杯動かして、雪と落ち葉を掘り返している真最中でした。きっと餌を探しているのでしょう。広太郎は炭丸の存在に気が付くとにこやかに会釈します。「あぁ、炭丸さん。今日もお勤めご苦労様です」

「広太郎、先ほど岩哲がゴミ捨て場の設備を片付けているのを見たぞ。あれにはどういった意図があるんだ?」

「あぁ、あれですね」

広太郎は岩哲と同じ様に顔を顰めてからそれに答えます。「あれは岩哲と俺等(おいら)で話し合って決めたのです。森のゴミ捨て場の使われ方があまりにも酷すぎて獣達が漁りに来るものだから一旦設備ごと片付けよう、と。ゴミ捨て場そのものを一旦無くせば森のみんながゴミ捨て場のありがたみを理解できると同時に、これからゴミ捨て場をどう使おうかを考える機会を与えることができます。なので、どうかこの考えは通していただけないでしょうか?」

炭丸は広太郎の穏やかな物腰の説明に深く頷きます。

「確かに筋が通っている。その考えは通そう」

こうして森のゴミ捨て場は回収され、一ヶ月が経ちました。しかし、一向にゴミ捨て場が戻る気配がありません。

オオアカゲラの婦人の美智子は代表者として炭丸のところまで相談にやってきました。

「ちょっとどういうことなんですか?いくら私達の使い方が酷いからという理由でゴミ捨て場を片付けられても、家で捨てられるゴミの量は限られます。このままだと私達啄木鳥(きつつき)は木屑を楽に捨てられないじゃないですか」

炭丸は最後まで嫌な顔一つせずに美智子の言い分を訊き終えると、「うん、分かった。俺に任せておけ」と言って岩哲のところまで飛んで行きました。

岩哲は机に向かって森の新しい設備の計画を練っている最中でした。

炭丸はドアをノックして中に入ると岩哲に向かって問いかけます。

「おい岩哲、どういうことだ?いつまで経ってもゴミ捨て場の設備が戻らないじゃないか」

炭丸を出迎えた最初こそ上機嫌だった岩哲は不機嫌を露わにして彼を睨みつけます。

「炭丸、お前は何を言っているんだ?あれほど酷い使われ方をしたゴミ捨て場だ。戻せるわけがないだろ?」

炭丸は岩哲のその言葉に首を傾げました。「ん?どういうことだ?お前の同僚の広太郎はこう言っていたぞ。森のみんなにゴミ捨て場をどう使おうかを考えさせる目的で一旦ゴミ捨て場を回収した、と」

「何だと?そんな話は聞いていないぞ!」

と、岩哲は炭丸を怒鳴りつけると、彼を外に追い出してしまいました。

「はて困った」と、玄関前で途方に暮れた炭丸は、明日森の集会を開いて、岩哲と広太郎にゴミ捨て場を回収したことに関する説明をしてもらおうと決めました。

当日、集会の場所は寒さを考慮して森に設置してある広いかまくらの中で行われました。森中の鳥達が十分に入り切る広さです。

「岩哲、広太郎。ゴミ捨て場の回収の件についてお前達二羽の意見が大きく食い違っている。一体どういうことなのかそれぞれ説明してもらおうか」

と、炭丸は森の鳥達を前にしている二羽に向かって言います。

最初に岩哲が座布団から立ち上がり、説明を始めました。

「あまりにもゴミ捨て場の使われ方が酷過ぎたのだ。ツキノワグマやハクビシンなどの猛獣が寄ってくるほど危険な状態になっていた。だから俺が回収した。それの何が問題なんだ?ゴミ捨て場が無くなったからと言ってゴミが捨てられなくなったわけではないだろ?」

広太郎はそんな話は聞いていないですよ?と言いたげに隣の岩哲の顔を見ます。その顔は驚きと悲しみに溢れていました。

岩哲が説明を終えると、広太郎は静かに立ち上がって説明をします。

「俺等も岩哲と同じ様にゴミ捨て場の使われ方の酷さには絶望していたのです。だから一旦ゴミ捨て場そのものを回収し、ゴミ捨て場をこれからどう使うべきかを森のみんなに考えてもらいたかったのですよ。しかし、岩哲さんのゴミ捨て場を永久に無くす考えには俺等も驚きました。打ち合わせの時にそんな話は一度も聞きませんでしたので。……岩哲さんあのね、何かを実行する時にしっかりと自分の意図を提示してくださらないと俺等も困るんですよ」

そうだ。と、野次を飛ばす鳥達が何羽かいたようでした。なんて風通しの悪い連携だ。と、怒りの声を上げる鳥もいます。

二羽による説明が終わると、それを聞き終えた鳥達は厳しく意見を述べていきます。それらは広太郎に味方する意見で溢れており、特に炭丸の発言は岩哲への批判を更に加速させます。

「岩哲。お前のその強引な方法は根本的な解決を招かない。まずは何故ゴミ捨て場が酷い使われ方をされるようになってしまったのか?という疑問を抱いて鳥達みんなの心に寄り添うのが大切だと俺は思うぞ?」

森の鳥達による批判の意見を浴び続けたことで岩哲はすっかり折れた様子です。

そんな彼がゴミ捨て場の設備を元々あった場所に戻すことを決定するかたちで森の集会は幕を閉じました。勿論、ゴミ捨て場を綺麗に使う条件があっての決定です。

ゴミ捨て場が戻ることに歓喜の声を上げてかまくらから飛び立っていく鳥達をよそに、岩哲は暗い様子で座布団に座り込んでしまいました。

自業自得だな。

と、炭丸は心の中で呟きましたが、慌ててそれを呟いた自分を責めました。自分はこの森のリーダーだ。一羽一羽に対してベストな態度を取らなければならない。

炭丸は一旦深呼吸をしてから岩哲に話しかけます。

「おい岩哲。その正義感の強さはお前の美点だが、今回はそれが災いしてみんなへの八つ当たりになってしまったな。幸いここにはもう誰も残っていない。何か抱え込んでいるものがあるなら好きなだけ俺に向かって吐き出してしまえ。お前は本当はいい奴だ。関係を疎かにしたくない」

「黙れ。失せろ!」

岩哲はそんな炭丸の救いの手を振り払うと、雪の降り積もる森の奥深くへ飛んで行ってしまいました。炭丸はそんな岩哲の後ろ姿をじっと見つめ続けることしかできませんでした。

ああなってしまった岩哲は、ひたすら自分の中で考えを巡らせて自分の思想を大きく見直せているということを炭丸は経験上よく理解していたのです。

「やれやれ。困ったものだな。でもまぁ、一羽でじっくり考えたまえ」

と、炭丸は岩哲が入って行った森に向かってそう言うと、自分の家へ向かいました。

ちなみに炭丸が自分の家へ向かったのは単に帰宅するためではありません。

……過去の記憶が炭丸の中で木霊していきます。

これは丁度一年前の冬のお話です。

まだ雪の降り積もっていない寒々とした森の中。岩哲は一羽で大きな岩の上に座り込み、向こうの山を見上げているのでした。

それを心配した炭丸は彼の理解者であるヒレンジャクの裕子の家に寄り、彼女に尋ねます。「おい、岩哲の奴はまた誰かと口喧嘩をしたのか?」

ヒレンジャクの裕子はそれがいつものことだと言いたげに、冠羽を震わせて笑いました。「炭丸さん、別に心配しなくていいですよ。岩哲君は誰かと口論になって拗ねると、毎回ああやって一羽の時間を作って自分を見つめ直すようにしているんです。だから、そっと見守ってあげるだけで大丈夫だと思いますよ?」

「そうだったか。それを聞いて安心した。わざわざありがとう」

炭丸はそう言って裕子の家を出ようとした時、彼女に呼び止められました。「炭丸さん、よかったらこれを持っていって下さい」

炭丸は裕子から大量の木の実の入った袋を貰います。

「裕子さん、これは何の実だ?」

「宿木の実です。昔この森では、仲直りをする相手にそれを渡す風習があったんだそうです。それはいつか炭丸さんの役に立つと思います。—————あ、私は沢山持っているので大丈夫ですよ」

「ありがとう」

……かまくらを出発して家に到着した炭丸は引き出しの中から宿木の実の入った袋を見つけ出すことができました。「あった!これだ」

彼はそれを嘴に咥えると、外に向かって飛んでいきました。

その後、このゴミ捨て場の騒動は幸せな笑い話として森中の誰もが語れるようになったそうなのです。

え?炭丸は宿木の実を誰に渡したのかって?

それは言うまでもないと私は考えます。

【春のお話に続く】

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