第19話 実の妹でも恋愛対象にできる変態なのかと

 待て、俺は別に頭がおかしくなったわけではない。急に上から目線で女子にデートを申し込む俺様系キャラに路線変更したわけでもない。

 確かに少女漫画だと、なんとなく大企業の御曹司にはそういうキャラが多いイメージがあるが……いや、どうなのかな。

 普段あんまり少女漫画を読むわけではないのでよくわからないが……ともかく俺は冷静だ。


 突然料理対決の景品にデートを掲げたのには理由がある。それはシンプルに、この二人に好きなようにやらせるためだ。

 この二人の目的はわかっている。陽依は俺を利用して会社の地位を、松波は学校での地位を確立しようとしているはず。だったらサッサとその目的を達成させてやろうという話だ。


 デートをしたという事実は、対象との親密さを周囲にアピールするには格好の手段であり、分かりやすく人と人を結びつける武器になる。

 一度二人で出かければ、周りの目を気にせず話せる機会も増える。それなら相手の腹の内も探りやすくなるし、二人だって俺を利用しやすくなる。


 俺はこの学校で普通の青春を送りたいんだ。そのためには、俺にまとわりついてくるこの二人は早急になんとかしたい。

 クラスの人気者に一方的に執着されていると余計な敵を増やし、時間も浪費し、普通の学校生活がどんどん遠のいてしまうからだ。


 だからデートというわかりやすい餌で釣って、一人ずつ個別に時間を取って正面から向き合い、対処するのが遠回りなようで一番の近道だと判断した。

 確かにデートというのはちょっと思わせぶりというか、俺がついに信頼できる相手じゃなく、女なら誰でもよくなったのかと勘違いされそうな言い回しだが、それ以外にこの二人と一対一で、他の生徒を気にせず、長時間腹の探り合いができるシチュエーションが思いつかなかった。


 つまりだ。この勝負で負けた方は俺に近づくことができなくなる。勝った方は俺とデートし、その目的を概ね達成できる。

 もし二人の目的が俺の推測していたものと違っていたら、その時は本当の目的が何なのかデートを通して探りを入れ、改めて達成させる。


 目的さえ達成できれば俺は用済みになるので、執着してくることはなくなる。デートをしたことは噂になるかもしれないが、別に交際するわけではないのだ。しばらく期間さえ開ければ、今後彼女を作り辛くなるという心配もなかろう。

 こうすることによって、俺は晴れて自由の身となり、普通の高校生活を送ることに専念することができるようになる。


 咄嗟に思いついたにしては、我ながら完璧な作戦だ。唯一気がかりなのは、俺とのデートという餌が、果たして餌として機能するのかどうか。

 もし俺が二人の思惑について根本的な勘違いをしているのなら、ここで拒絶されて終わりだ。そうなると、二人の口から俺の悪評が広まり、今後の学校生活に甚大な被害が出るということもあり得る。


「デート……それはつまり、二人でどこかへお出かけするということですか?」


 先に口を開いたのは陽依だ。


「まさしくその通りだ」

「で、でも、私たちは兄妹ですよ……?」

「兄妹でも、そういうつもりで出かけるのならデートの定義の範疇じゃないのか? 少なくとも俺はそう考えてるが」

「そ、そういうことですか……お、驚きました。てっきりお兄様は実の妹でも恋愛対象にできる変態なのかと」

「違う。それは絶対にない」


 危うくとんでもないレッテルを貼られそうになり、全力で否定しておく。万が一にもそんな妙な解釈をされてはたまったものではない。


 だが柔らかくなった表情を見る限り、感触は良さそうで一安心だ。

 自信満々にデートだのなんだのと言っておきながら、「お前とのデートなんか興味ねぇわボケ兄貴。いいからとっとと死ね!」とか言われたらどうしようかと思っていたところだが、とりあえず上手く食いついてくれて良かった。


 俺の家に転がり込んできたことといい、俺と同じ委員会に入ろうとしていたことといい、陽依はひたすら俺と時間を共有したがっているように思える。

 それが俺の周りに邪魔な虫がつかないようにするための対策なのだとすれば、デートという餌を逃しはしないだろうと思っていた。


 それで、問題は松波の方だが……。


「────広政君。私はそれじゃ嫌よ」


 松波はきっぱりと、俺に否定を突き付けてくる。


「そうか、俺とのデートは不要だったか」

「いいえ、そういうことではないわ。デートの解釈についての話よ」

「……解釈?」

「男女でどこかに出かけることがデートだと、そう言ったわね?」

「ああ、確かに言ったが……」

「私はそうは思わないのよ。どこかに出かけなくとも、家に居るだけでも、両者にデートだという認識があればそれはデートだわ」

「……つまり?」

「私はあなたの家でデートがしたいわ」


 深刻そうな顔で何を言い出すかと身構えていたのに……松波の口から出たのは思いのほかどうでもいいことだった。

 どうやら彼女はインドア派らしい。それにしても、あんなボロ小屋に来たいだなんて本当に変わってるな。どこが良いんだよ。


「……わかった。松波が勝った場合はそれでいこう」

「ふふ、あの時はまだやり残したことが沢山あったのよ。広政君のためにしてあげられることがまだまだあったのに、邪魔者が入って中断しちゃってたから、その続きができるなら嬉しいわ」

「もう勝った気でいるんですか? それよりも、忘れないでくださいね? 負けた方は今後お兄様に手を出してはいけない。委員会の仕事をこなすぐらいなら大目に見てあげてもいいですが、お弁当を作ったり、部屋の掃除をするなど言語道断です」

「わかっているわ。万が一負けたらの話でしょう? あなたこそ、兄妹なのだから関わるなとまでは言わないけど、二度と私の邪魔をしないと約束しなさいよ?」

「ええ、私が敗北するという起こり得ない事象の話をしても仕方がないとは思いますが、その約束は絶対に守ると誓いましょう」


 二人は互いに睨みつけ合いながら準備を再開し、部屋の空気がずしんと一回り重くなった。


 改めて、今から出てくる料理を食べねばならないのがもの凄く億劫だ。こんな殺気が充満している部屋で作られるものがどんな味をしているのか、気になりはするが知りたくはない。できれば俺以外の奴が食べて感想を聞かせてほしい。


 今からでも審査員役を田村に変更できないだろうか。あいつならこの毒見みたいな役回りでも喜んで引き受けてくれそうなものなのに。


 幾度となく覚悟を決めたはずなのに、またしても弱気になっている俺に気づくこともなく、二人の準備が完了した。これでいつでも勝負が始められる。


「……じゃあ、サッサと帰りたいし始めるか」

「いつでもいいわ。合図をお願い」


 松波に促され、俺は右手をだらりと頭上に掲げる。


「それじゃ、よーいスタート」


 俺の覇気のない掛け声と共に、二人は調理を開始したのだった。

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