第14話 なんなら実質もう結婚してんだろ!
五月。
ゴールデンウイークを直前に控えたある日の放課後。俺はまたしても教室最寄りの男子トイレへと引きずり込まれていた。
「おい、お前、何か俺に言うことあるんじゃないのか?」
眉を吊り上げながら田村がにじり寄って来る。
トイレの隅でこうも密着していると変な誤解を招きそうだから、できれば離れてほしいところだ。
「心当たりがないな」
「とぼけるなよ。俺に報告すべきことがあるはずだ」
「報告……? お前にか?」
こいつは確か体育委員だったな。学級副委員長から体育委員への通達事項など特にはなかったはずだ。報告すべきことも、連絡すべきことも、相談すべきこともない。
あるいは陽依に関することだろうか。一応、一度は陽依へのアタックに協力した身だしな。しかし俺はここ最近、陽依とはあまり関わっていない。共同生活を送る上で最低限の会話をするだけで、それ以外の接触はほぼない。というより俺の方から断絶している。
クラスメイトを一人学校から追い出してからの彼女は、とても大人しくしているように見える。
ならば別にこっちから関わる理由などない。静かにしているのならそのまま、距離を取らせてもらうだけだ。なので田村に対して報告するようなことは何も思いあたらない。
「わからないな。陽依とのことが上手くいってないなら俺は知らんぞ」
「くぅぅ……それもあるが! お前のことであるだろ!」
「俺のこと?」
「そうだ! 近頃良い感じだそうじゃないか、ええ⁉」
詰め寄り方がチンピラみたいだな。髪の色が明るいせいで余計にそう見える。
「ひょっとして、松波のことか」
「ひょっとしなくてもそうだよこの野郎! ブッ飛ばすぞ!」
田村は苛立ちを露わにしながら絶叫する。相変わらず声のデカい奴だ。
「聞けばお前よぉ。毎日昼飯作って貰ってるんだってぇ?」
「……よく知ってるな。そんなこと」
昼食は人目につかない校舎裏のベンチで取っているし、そのことを誰かに話したこともない。別に隠しているわけでもないが、知っている人間は限られるはずだ。
「まだ他の連中は気づいてないようだがな。俺の情報収集能力を舐めるなよ?」
「それで、それがどうしたんだ?」
「羨ましいって言ってんだよ! 俺なんか陽依さんとまだロクに会話もできてないんだぞ⁉」
「もう入学から一ヶ月経つぞ。まだ会話もできないのか?」
「ああ、そうだよ。お前みたいなイケメンとは違ってな、俺みたいな男は女子に近づくことすら許されないんだ! わかるか⁉ わからないよなぁ⁉」
「ちょ、うるさい。近い。唾を飛ばすな」
田村が俺を怒鳴りつけてくることは想定していたが、まさかここまでとはな。どうやら本当に、全く上手くいっていないらしい。
それは即ち、陽依の意識を恋愛に向けさせて、俺への注意を削ぐ作戦は遅々として進んでいないということか。
「お前の言いたいことはわかった。だがな、別に俺と松波はそういう仲じゃない」
「なんだと?」
「付き合っているわけじゃないし、今後そうなることもないということだ」
「だったらなおさらムカつくな」
「なんでだよ」
「モテる男を見ているとな。俺の中でこう……殺意的なものがふつふつと沸き上がって来るんだ。俺よりイケメンな奴を全員殺せば、俺がハーレムを築けるんじゃないのか、と思ったりもする」
「俺、お前と縁切った方がいいか?」
「まあ待て! 落ち着け!」
「お前がな」
顔を真っ赤にして叫ぶ彼から一歩距離を置き、頭に上った血を下ろすようになだめすかす。
「と、ともかくだ。委員長はうちのクラスの可愛い女子ランキングにおいて、92点という高得点を叩き出した人気者だ」
「ちょっと待て、なんだそのランキングって」
「あぁ? なんで知らねぇんだよ。入学直後にやったろ? 女子の性格とか内面を知らない段階で、顔だけで点数をつけてランク付けしようって企画だよ」
「知らん。初耳だ」
「……ああ、お前は副委員長だからな。秩序側の人間だし、省かれたのかもな」
秩序側ってなんだよ。うちのクラスには混沌側がいるのか?
「もちろん一位は我らが陽依さん。得点は脅威の98点だ」
「へぇ……」
「委員長はそれに次ぐ二位。つまりだ。お前は一位の女子の兄であり、二位の女子に昼飯を作らせている。これがどれだけ羨ましいことかわかるか?」
「はぁ……」
まったくもって共感はできないが、とりあえず理由については理解した。やっぱりこいつ、ひょっとしなくても馬鹿なんだな。
「そんなランキングつけてること、女子は知ってるのか?」
「知るわけないだろ? お前以外の男子でこっそりつけたんだからな」
「お前以外って……俺以外全員か?」
「多分全員ではないな。チクりそうな奴は省かれてるはずだから……それでもうちのクラスの男子はほとんどが参加してるはずだぜ」
おいおい、馬鹿ばっかりじゃないか。どうなってんだよ。
しかし考えてみれば、そもそも男子高校生という生き物が根っからの馬鹿なのかもしれないな。
大人になればどうしても、大人しく生きることが求められる。高校生ならまだギリギリ、色々な無茶が許される年頃だろう。周りの目など気にせずやりたい放題したいのなら、高校がラストチャンスだ。
「だからお前も、誰にも言うんじゃねぇぞ? 何ならお前も参加するか?」
「そうだな。じゃあそうしようか」
「だよな。お前はこういうのに参加するタイプじゃな…………え? 今、何て?」
「参加すると言ったんだ。何かおかしいか? 大半の男子はやってるんだろ?」
「ま、まあ、そうなんだが……意外だな。お前はもっと固くて融通の利かないやつかと思ってたんだが」
「そうだろうな。だからやるんだ。大半の男子高校生がやっていることならば俺だってやっておく必要がある」
人に点数をつけるなんてあまり褒められたことではないのは承知の上だが、それが男子高校生の嗜みであるというのならば手を出してみる価値はある。
「とりあえず陽依には0点をつけておけ。他の女子は全員100点で良い」
「……なんだそりゃ。どういうことだよ」
「俺の率直な評価だ」
「嘘つけ! それが率直な評価のわけねぇだろ⁉ 兄妹喧嘩でもしたのか?」
「兄妹喧嘩か。お前、妹はいないんだったな?」
「え? お、おう。そうだけど」
「だったら知らないかもしれないが、兄と妹ってのは常に喧嘩してるものなんだ。反発し合ってるのがデフォルトなんだよ。中学生、高校生の間は特にな」
俺と陽依の関係性はそんな兄妹喧嘩とはまた違うものだろう。俺たちは互いを嫌っているわけではなく、ただ立場的に争うのが必然というだけのことだ。
俺たちが多田羅家の子供でさえなければ、もう少しマシな仲になっていたであろうことは間違いないからな。それでも、仲良しこよしの兄妹になっていたとまでは到底思えないが。
「でも、お前、陽依さんにお兄様って呼ばせてるじゃないか」
「呼ばせてない」
「あれはお前の趣味なんだろ?」
「違う」
間髪入れずに否定したせいで、逆に確信に近いものを得たらしく、田村は久しぶりに獲物を見つけた狩人のような目で俺を見る。
「そう照れるなって。わかるぞ? 俺だって陽依さんの兄貴だったらお兄様って呼ばせる」
「あれはあいつが勝手に呼んでるだけだ。断じて俺がそうさせているわけじゃない」
「ま、お前のキャラ的に考えればそうなんだろうけどな。しかし常識的に考えて、兄貴のことをお兄様と呼ぶ妹は実在するのか?」
「世にも珍しいことに、ここにはいるんだよ」
「兄貴をお兄様と呼ぶ希少種の妹と、妹にお兄様と呼ばせる変態の兄貴と、どっちの方が珍しそうかを考えてみろ。答えはもう出てるだろ」
証明完了とでも言うように、田村は人差し指を立てた。
「……なあ、一つ確認していいか?」
「おう、なんでもこいや」
「それ、他の奴らもそう思ってるのか?」
「そりゃお前、人前でお兄様呼びだぜ? 貴族の産まれでもなきゃ、ただのド変態だとしか見えないだろ」
「クソ……だからやめろと言ったのに……」
これも嫌がらせの一環なのだとすれば効果はテキメンだ。ついでに自分の評判まで下がっているが、代償を払った分のダメージは与えている。
「まあ心配すんなって。多田羅兄妹はカリスマ性に溢れてるからな。ちょっとやそっとの奇行じゃ評判は落ちない。言ったろ? お前は固いイメージだって。お兄様呼びさせてることが周知の事実になってる上でそれなんだから、相当なもんだぜ?」
「それは褒めてるのか?」
「当たり前だろ? 俺だったら即効で村八分にされてるっての。変態疑惑が浮上してもなお、トップクラスの美少女とイチャコラできるのなんて、この学校じゃお前ぐらいだろうぜ。ああ、そう考えるとまたムカついてきたな」
田村は歯を強く噛み合わせ、狂犬のように唸る。
「広政! 抜け駆けは許さねぇからな! お前が順調だってんなら、俺だって順調じゃないと不公平だ! そうだろ?」
「そんなルールは知らん」
「つーことで、お前は早急に陽依さんと俺をくっつけろ! あるいはお前が委員長と別れろ!」
「だから付き合ってないって」
「昼飯作って貰ってんのは付き合ってるんだよ! どう考えてもよぉ! なんなら実質もう結婚してんだろ!」
男子高校生は皆馬鹿かもしれないと思ったが、やはりこいつはその中でも一際飛びぬけた馬鹿のようだな。
しかしこのままいけば、松波の件と陽依の件、両方面から妙な噂が立つのも時間の問題か。付き合っている疑惑などが出てしまっては、今後将来の伴侶を探す上での障害になる。近い内に対処法を考えなくてはな。
「おい! 聞いてんのか⁉ 広政!」
それより今はこの嫉妬に狂った馬鹿の方をなんとかすべきか。何を言っても聞きそうにないし、力で黙らせるのも難しそうだ。だとすれば取るべき選択肢は一つだな。
「わかったわかった。お前が陽依と上手くいく方法を教えてやる」
「お、なんだ。やっとその気になったか。何だよ。早く教えてくれよ」
「学校近くに蜘蛛の湧かない清潔な部屋を用意してやれ。多分泣いて喜ぶぞ」
虫が出るたびに泡を吹いて倒れる妹の姿を脳裏に浮かべながら、とびきり役に立つアドバイスをしてやった。
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