第7話 間違えるのも仕方ない……よね?
俺の通っていた中学校は、金持ちばかりが通ういわゆるエリート校だった。
政治家の子供、スポーツ選手の子供、芸能人の子供、芸術家の子供、大企業の子供などなど、坊ちゃん嬢ちゃんばかりが集まる学校だったのだ。
だからそこでの生活は、あまり俺が望むものではなかった。正確には、そこで三年を過ごしたことによって、俺は自分が何を求めているのかを知ることができた。
彼らはとにかくプライドが高い。親の資産、権力、知名度、影響力、それらがどの程度子供である自分にも行使できるか、そんなことで常に争っている。
その争いによって構成された序列がそのままスクールカーストにも反映され、学校での地位に直結していた。
つまり親の力が、あの狭い社会における子供の力だったわけだ。親が偉ければ何でも自由にできた。
友達は選び放題で、告白すれば誰にも断られない。堂々と三股しているクズだっていたが、そいつは学校に楽しい思い出しかないまま卒業していったことだろう。
逆に親に権力や知名度がないのに、うっかり入学してしまった子なんかは悲惨だったはず。それは即ち、学校生活における後ろ盾が全く存在しないということなのだから。誰にも守ってもらえず、強者によって蹂躙され、搾取されるしかない。
しかし子供というのは案外強かだ。親の力が頼りにならないのなら、別の力を自力で得ようとする。つまり、自分を守ってくれそうな相手と仲良くするわけだ。ガキ大将に引っ付く腰巾着のようなものである。
当時の俺はあまり意識していなかったが、どうやらうちの家はあの金持ちの集団の中でも一際強い力を持っているらしい。
そもそも、俺が意識せず学校生活を送れていたことが、強力な後ろ盾があったことの何よりの証拠だ。
だから多くの生徒が俺に取り入ろうとしてきた。事あるごとに話しかけてきたり、俺の持ち物を真似したり、告白されることも頻繁にあった。
そうまでされれば、流石の俺も無頓着ではいられなくなる。こいつらが一体俺に何を求めているのか、俺の何を見ているのか。気づかないまま過ごせたらよかったのだろうが、残念ながら俺はそこまで鈍感ではなかった。
強きに媚び、弱きを利用する。それ自体は社会に出たら誰だって普通にやってることだ。そこに何ら問題はないと俺は思う。
普通の中学においても、校内での地位が高い生徒に媚びを売り、学校生活の安寧を得ようとすることはよくある話だ。
しかし程度の差はある。普通の中学なら、あそこまで必死になって取り入ろうとすることなんてないはずだ。
あの中学でのスクールカーストは、社会に出た時の己の地位でもある。全校生徒にそんな共通認識が何となくあって、それはきっと間違いではなかった。
だから親の七光りを使い、それが無ければ実力でのしあがり、それも無ければ強い奴に取り入る。何が何でも自分の居場所を確保する。それが自分の未来を、ひいては人生そのものを左右すると本気で信じていたから。
つまり俺のところへ来る奴らは、そうせざるを得ないほど追い詰められていたということだ。見捨てるわけにもいかないので表面上それなりに仲良くしたが、彼らとの間に友情を感じることは、三年間ただの一度もなかった。
告白してきた女子もそう。積極的にアプローチしてくれる人は大勢いたが、彼女らは一人の例外もなく共通して、俺の会社の話題を口に出した。
一言目に俺の容姿を褒めたかと思えば、二言目にいきなり親父の話を始め、それに続いて唐突に結婚の申し込みをしてきたりするんだ。どんな単純な奴でも、そこに愛なんて微塵もこもっていないことには気づいてしまうだろう。
だから俺は普通の生活を求めた。肩書で人を判断せず、俺個人を見てほしかった。
持つ者の傲慢な
それでも俺はこの我が儘を貫き通す。俺にだって高校生活を楽しむ権利ぐらいはあるはずだ。地獄のような中学生活の再現はもうしたくない。
「────それじゃ、入りたい委員会を選んでくれ」
壮年の担任教師が気だるげに朝のホームルームを進行する。今日は上半期に所属する委員会を決めるようだ。
高校に入学して一週間が経ち、大体どんな委員会があってどんな仕事をするのかもおおよそ把握できた。
中学時代の委員会決めは、実に殺伐としていたものだ。誰がどの委員会をやるのかは、個人の好みで決められるようなものじゃなかった。
露骨にそんな動きはないものの、基本的には階級の高い生徒から順に選べるという流れが出来上がっていた。そんな同調圧力に抵抗する者もいたが、数日経った頃にはすっかり大人しくなっていた。
中でも生徒会や学級委員なんかを志望できるのは、選ばれし者にのみ与えられた権利という風潮だった。
学校側にそんな意図は無いかもしれないが、あれは学校内における階級制度と言ってもいい。生徒会は全校生徒を支配する組織だし、学級委員はクラスの長にあたる地位だ。校内での政治的影響力が強い人間しか、なることを許されない役職であると言える。
「まず学級委員長を先に決めとくか。やりたい奴は手を挙げろ」
教師は立候補を募り、教室中を見渡す。
生徒同士が目で牽制し合うこともない。相応しくない奴が挙手しないよう監視するわけでもない。ただ全員が全員、自分以外がやってくれとでも思っているかのような静けさが教室内には広がっていた。
(……驚いたな。こんなに緩い感じなのか)
たまたまこの高校に積極的な生徒がいなかっただけなのか、それともこれが一般的な高校生の反応なのか。
どうやら誰も、学級委員長という役職に特別な意味を見出していないようだ。形としては自分の上に来ることになる学級委員長に、誰がなってもいいと思っている。
権力争いなど無縁の、良い意味でも悪い意味でも他人に無頓着な一般人の思考。この気楽な雰囲気こそ、俺が求めていた学校生活の一端なのかもしれない。
しかし教師からしてみれば、誰がなるかで揉めるのも面倒だが、誰もやりたがらないというのもまた面倒だろう。誰も手を挙げない教室を見て、憂鬱そうに頭をボリボリと掻いた。
「────はい」
そんな様子を見かねてか、一人の女子生徒が手を真っ直ぐ突き上げた。
「なんだ、松波。お前がやってくれるのか?」
「はい、誰もやらないなら、私がやります」
立ち上がった彼女は、指通りの良さそうな黒髪を垂らし、見ていると表情が綻んできそうな人当たりの良い笑顔を浮かべ、実にきびきびとした動きで性格の真面目さを感じさせる。
同じクラスの生徒の顔と名前は、既に頭に入れてある。彼女は松波真美。話をしたことはないが、見た感じでは誰とでも仲良くやっていけそうな実直で明るい優等生タイプという印象だ。
「よろしいのですか? お兄様」
前の席に座る陽依が、コソリと呟く。
「このクラスをまとめるのに相応しい人材など、お兄様以外にはいないと私は思いますが」
「別に誰がやっても同じだろ。俺は拘るつもりはない」
「そうですか。お兄様がそう仰るなら」
陽依は素直に頷き、それ以上何も言ってこなかった。
「それじゃあ他の委員会を決めましょうか」
担任教師から引き継ぎ、松波が委員会決めを進行する。
「やりたい委員会がある人は挙手してください」
「────はいっ!」
その言葉を待ってましたとばかりに、陽依が天井を突き破らんばかりの勢いで右手をピンと伸ばす。左手は俺の左手首を掴んでいて、一緒に挙げていた。
「……は?」
「私とお兄様は給食委員をやります!」
俺に何の相談もなく、教室内の全生徒に聞こえるよう高らかに宣言する。他にも手を挙げようとしていた生徒は多くいたが、その全員が陽依の勢いに気圧されて挙げかけた手を下ろしてしまった。
「あ、え、えっと……多田羅陽依さん……?」
「何でしょうか」
「うちに給食委員はないのだけど……?」
「えっ?」
「お昼に給食は出てないでしょう? 皆お弁当を持ってきて食べてるんだから……ああ、でも、中学校までは給食委員会もあったし、まだ高校に入ってから一回目の委員会決めだから間違えるのも仕方ない……わよね……」
こいつ、そう遠くない内に年齢を誤魔化してることがバレると思う。顔を真っ赤にしながら静かに手を下ろす陽依を見て、俺はそう確信した。
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