第3話 こいつはひょっとしたら馬鹿なのかもしれない
「……紹介?」
「そう、わかるだろ? お近づきになりたいんだよ」
「……お近づき?」
「ああ、もう鈍い奴だな! 仲良くなって、あわよくば彼女にしたいから、兄貴であるお前から俺のことを紹介してくれって言ってんだよ!」
その意図自体はちゃんとわかっているのだが……唐突にそんなことを言われて理解に少し時間がかかってしまった。
これまた面倒な話になったものだ。まさか陽依を紹介しろとはな。初日からこんなこと言い出す奴が現れるなんて、アイツって意外にモテるんだな。
しかし高校生活はスタートが肝心だとどこかの誰かが言っていた。既に交際している相手に交際を申し込むのがタブーである以上、必然的に恋愛とは早い者勝ちの形式になる。その上、高校という狭いコミュニティで生活するのであれば、ライバルは増えて競争率も上がる。気になる子が見つかったならサッサと唾をつけておこうと考えるのは至極自然で合理的なことなのかもしれない。
俺は恋愛経験が皆無だ。モテなかったわけではないのだが、どうしても誰もが俺の背後にある金のことまで見据えて言い寄ってきている気がして、交際にまで発展しなかった。
だからこういう積極的な姿勢には素直に感心するというか、相手の内心を調べもせずにアタックを試みることができる純粋さというのは、素直に羨ましい。
少々軽薄な気もするが、何も行動できずに三年間の高校生活を終えるよりはずっといい。紹介しろと言われれば、特に拒否する理由もない。むしろ応援してやりたいぐらいだ。
だがその相手が陽依であるなら話は別。面倒なことになりそうな予感しかしないのに、わざわざ首を突っ込みたくはない。
……いや、待てよ。これは上手くすれば利用できるのではないか?
「あ、ちょっと待ってくれ。その前に一つ確認だ。陽依さんって彼氏いるのか?」
「いないだろ。多分」
普段そんな話なんてしないから確かなことは言えないが……あいつが彼氏なんか作るとは思えない。常に俺を蹴落とすことに執心しているような奴だ。恋愛している暇なんてないだろう。
逆に言えば、恋愛に現を抜かしてさえくれれば、俺への攻め手も弱まるのではないだろうか。
「よし、だったら今はフリーってことだな。まさにこれは運命ってやつだ。一目見た瞬間にビビッと来たからな。あんな可愛い子は今までに見たことがない」
「へぇ……」
「けどあんなに可愛かったら、絶対にすぐに彼氏できちまうだろ? だから先手を取るのさ」
「それで兄である俺を利用しようってわけか」
「あっ……いや、まあ……そうなんだけどよ……」
「いや、気にする必要はないぞ。どんな手段を使ってでも手に入れようとする気概を認めて、お前に陽依を紹介してやろう」
手段を選ばずガツガツ迫れる奴の方が勝算はありそうだ。そういう意味では、陽依に一目惚れして、すぐに俺に接触してきたこいつの行動力は評価できる。一度陽依にぶつけてみる価値はありそうだ。
「なら今日の放課後、少し時間をくれ。お前と陽依が一対一で話せるようセッティングしてやる。場所は学校前のドーナツ屋でいいな?」
「うえっ⁉ お、おいおい……いきなり一対一で会わせてくれるのかよ⁉ 普通最初は共通の知人とか介して、三人とか四人で会うものじゃないのか⁉」
「お前には安心して妹を任せられそうだからな。俺が同席する必要はないだろう」
面倒臭そうだから一緒に行きたくないだけだが、そんなことをわざわざ正直に伝える必要もあるまい。
「ははっ、お前見る目あるなぁ! そうだぜ! 俺は紳士だからな。陽依さんのことはドーンと任せてくれ!」
田村は勝ち誇ったように胸を張り、大口を開けて笑う。まだ本人と話をしたこともないのに、もう付き合えるつもりでいるらしい。
「じゃあそういうことだから、俺はもう戻るな」
「おおっと、おいおい、まだ話は終わってないぞ。いや、始まってもいないと言うべきかな」
鼻につく気取った声で田村は言う。
「お前、俺のことを陽依さんにどう紹介するつもりなんだ?」
「どうって、話がしたいって言ってる奴がいる……みたいな感じに伝えようと思ってるが」
「ああぁ、それは駄目」
「だ、駄目?」
田村はやれやれと首を左右に振った。
よほど俺の方針が気に食わなかったと見える。
「考えてもみろよ。それじゃ俺の下心がバレバレじゃねぇか。恋愛は先手必勝だけどな、あまりガツガツしすぎても引かれるだろ? だからもっと、自然な感じで引っ張ってきてくれよ」
「自然と言われてもな……」
確かに、もっともらしい理由がなければ陽依が誘いに応じるとは思えない。陽依と田村を一対一の場で引き合わせるための作戦を考える必要があるか。
「ううむ……面倒だな。もうお前が直接声をかければいいんじゃないのか」
「おいおい! それじゃ話が違うぜ! お前から紹介してくれるって言ったじゃないかよ!」
一度引き受けたからには撤回するつもりはないが、あまり良い策が浮かばないな。安請け合いし過ぎたかもしれない。
そもそも、陽依が田村に興味を示すとは思えないんだよな……こいつがうちの大株主だったりしたら話は別かもしれないが。陽依が恋愛にハマって、俺に構っていられなくなればラッキーぐらいの感覚だったから、成功する未来は正直見えない。
「……仕方ない。じゃあやっぱり俺も同席することにしよう。そこに偶然お前が来て、話に混ざるという流れなら、自然な形で紹介できるだろ」
「おお! それいいな! 悪くない!」
面倒だが、一応請け負ったからには勝率を最大限引き上げてやることにしよう。1だったのが1.1になるくらいの僅かな差だが、多田羅広政の名に懸けて手を抜くわけにはいかない。
それに、上手くいけば俺にだってメリットはあるんだ。あの陽依を大人しくさせられる見込みが1%でもあるのならやってみる価値はある。
「だったら放課後! 約束だぞ! 絶対陽依さんを呼んでくれよ⁉」
「わかったわかった。わかったから、この狭いトイレでそう大声を出すな。隣の女子トイレまで聞こえるぞ」
「おおっと、それもそうだな」
田村は慌てて口を両手で抑える。
薄々感じてはいたが、こいつはひょっとしたら馬鹿なのかもしれない。信用できるかは別として、陽依の手先という線は完全に消しても良さそうだな。
入学早々面倒なことになったが、考えてみればこんなイベントも青春の1ページらしいと言えばらしい。相手が陽依でさえなければ、もっと気が乗っていただろう。
とにかくもっと純粋に高校生活を楽しむためにも、陽依と田村がくっつくという一縷の望みに賭けてみよう。
……でもまあ一応……慰めの言葉は考えておくか。
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