第13話 時間との戦い

 禍つ神除けを口に咥えながら、平二はマウンテンバイクを漕いでいる。

 決死の作戦を遂行する途中としては気の抜けた絵面ではあったが、出来る限り速やかに移動でき、なおかつ電気を使用していないという条件を満たす最適の乗り物だった。


 ただ、マウンテンバイクで走ることができる部分は限られている。

 隧道の入口で柵を除けて暗い中を走り抜け、恭平一行が居た集落跡を通り過ぎ、ほとんど獣道と化した山へと続く杣道を走っていった。

 ほどなく、崩落してきた土砂の先端部分に到達する。

 ここから先にマウンテンバイクを乗り入れるのは難しく、あとは自分の脚で進むしかない。


 平二はマウンテンバイクの向きを変え木の幹に立てかける。

 そして、ナップザックからL字型に折れ曲がった2本の棒を取り出した。

 カマキリが身構えるような形で両手に1本ずつ持つ。

 一度上を見上げると土砂が覆う傾斜を登り始めた。


 見かけによらず足腰はしっかりしているようで、平二は着実に歩みを進める。

 さすがに暑いようでワイシャツの襟に汗がにじんだ。

 途中、禍つ神除けが短くなってくると、立ち止まって次のものを取り出し火を移す。


 禍つ神除けは、ぶるんぐ様に対しては完全に忌避させる効果はない。

 それでも多少は発見を遅らせることはできるはずだった。

 もっとも平二は印がついたはずで通常よりもさらに効き目は低くなっているはずである。

 小脇に抱え込んでいた2本の棒を再度、進行方向に向けて平行になるように構えると、ぴくりと棒が動いて平二から見てややハの字になった。


 それを見て平二は再び歩み始める。

 小高い山の向うにいるはずの美加に思いをはせた。

 うまく逃げ切れるだろうか?

 生意気な顔が脳裏に浮かび、自然と笑みが漏れる。

 まあ、あれだけ元気なら大丈夫だろう。

 俺は美加が作ってくれる時間でやるべきことをやるだけだ。


 平二が進むたびに2本の棒の先端はどんどん内向きになっていく。

 やがて、お互いを指し合うような形になった。

 平二は棒をまとめるとナップザックに放り込む。

 意識を地面の下に伸ばして探る。

 あった。

 1メートルほど下に波動を発している石の存在を感じ取った。


 背負っていたシャベルを下ろすと、平二は一心不乱に赤茶けた土塊をほじくり返し始める。

 幸いなことに土砂崩れを起こしてそれほど間が空いていないので、地面は固くなっていない。

 ざっ、ざっ。

 掬い上げた土はその辺りに投げすてた。


 浅い穴ができたところで、左手に嵌めた腕時計が強く振動をする。

 平二から数えて最遠点のトランスポンダーからの電波を受信しなくなったということを示していた。

 平二は腕時計の画面を見る時間も惜しいとシャベルで穴を掘り続ける。


 ほどなく、腕時計が二度振動した。

 先ほど沈黙したトランスポンダーの電波が復活したことを平二に知らしめる。

 この間隔の短さからすると美加は無事に逃れられたらしい。

 ほんの一瞬だけ、そんなことを考えると平二は穴掘りの作業を再開した。


 平二が掘った穴はだいぶ深くなっていたが、まだ目的のものは顔を出さない。

 シャベルを地面に差し入れ、縁に足をかけて体重を乗せる。

 ぐっと深く入り込んだシャベルを支えた左手を支点にして右手で土をすくい上げた。

 

 飛び散った土が顔に赤茶色の化粧を施していたが、平二は気にしない。

 目はサングラスで保護されていることをいいことにシャベルで黙々と穴を掘り進める。

 禍つ神除けが短くなっていた。

 平二は新しいものを出すか逡巡したが、そのまま作業を続行する。

 ついに唇が焼けそうになるほどに短くなったので、ふっと口から吐き出した。


 腕時計は先ほどから何度も振動をして、ぶるんぐ様の接近を知らせている。

 しかし、平二はどれくらい近くなったのかを見て確認する暇すら惜しかった。

 ただ、作業のつづけながらも、想定しているよりも警告の間隔が短いと頭の隅で考える。

 犠牲者の生体エネルギーを吸収して、どんどん強力になっているらしい。


 やべえな。

 このまま強くなっていったら、いずれ抑えの石による制御が効かなくなるかもしれない。

 いずれ最寄り駅近くの温泉宿、次いで月影市の市街地と進出し指数関数的に被害を拡大させるとともに誰も手を付けられなくなるほど強くなってしまう。

 そうなったら日本は終わりだ。

 極東の島は半永遠に人の住めない場所となる。


 額から流れ落ちる汗をぬぐうことすらままならず、平二はひたすら穴を掘り続けた。

 くそ。重機をいれられれば。

 そんな愚痴が出るほど平二は追い詰められている。


 そして、ついに腕時計が完全に沈黙した。

 ぞくりと背中に悪寒が走る。

 平二は顔を上げることはしなかったが、本能ですぐ近くにヤバイものが存在していることを感じていた。


 目の前の穴は十分に深くなっている。あと一掬いで石が掘りだせそうな気がした。

 ほんの一動作、シャベルを土に入れ跳ね上げる動作が出来れば、石が手に入る。

 腕は震え筋肉痛を訴えていたが、あと1回動かすことに問題はない。

 しかし、平二には自分がその動作をするよりも早く、ぶるんぐ様が自分に触れて命を奪うだろうことは分かっていた。

 

 

 

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