第14話 精神世界
平二は土にまみれた右手をシャツの胸ポケットに突っ込む。
紙を取り出すと指で弾いた。
「変われ!」
紙はたちまち大きくなると共に形を変じて平二そっくりになる。
ぶるんぐ様とぶつかった。
左手で保持していたシャベルの握りを右手で握る。
そして最後の一かきをした。
空中にはねあげた土塊の中にある鶏卵大の鈍色の石を平二は右手でつかむ。
祈りを捧げるとぱっともやがあふれ出した。
平二に見えている景色が一変する。
すぐ近くに禰宜装束に身を包んだ男が立っていた。
全体的に平二を10割増しほど凛々しくしたような雰囲気をたたえている。
一方の平二は髪の毛が麦わら帽子のような色になっており、サングラスが消えて目の色も青くなっていた。
平二は前髪を引っ張り上目遣いで自分の髪の毛の色を確認する。
「お、色が抜けてる。ということは?」
「ここは賢者の石が作り出した精神世界さ。君のその姿は、私の子孫のようだね」
「じゃあ、あなたはご先祖様だ。平四郎さんでいいのかな?」
「いかにも。公式偽名はその通りだ。その目と髪の毛の色はソフィア譲りのようだね」
「ああ。これね。顔立ちがもろ日本人顔なのに、金髪碧眼でしょ。子供の頃は染めてるんじゃないかって学校で怒られたなあ。って、思い出話をしている場合じゃなかった。俺は平二っていいます。それで、ぶるんぐ様は?」
「君が賢者の石と龍脈をつないだお陰で次元の壁が閉じ元の世界に封じ込められているよ」
平二がふいいとため息を漏らした。
「ギリギリ間に合ったというところか」
「そうだね。式に惑わされなかったら危なかった。君とそっくりなのに生命力を吸えないものだから驚いたのだろう。どうにもならなくて式はバラバラに引き裂かれてしまったようだがね」
「助かった。しかし、仕方ないとはいえ、式を失ったのは痛いな。手持ちの式が残り少なくなってしまった」
危機が去ったことを実感したのか平二がぼやく。
平四郎は莞爾と笑った。
「別に本相を破壊されたわけではあるまい。あくまでかりそめの現身を引き裂かれただけのこと。また呼び出して定身の法で依代たる紙に宿ってもらえばいい話ではないか」
「そうはいいますけどね。今じゃ式を宿すことのできうる上質な和紙も手に入りにくくなったんですよ。そもそも定身の法を行うのは大変じゃないですか。天才と一緒にしないでください」
「平二。君も私の血を引いているのだ。できなくはあるまい。単に身を清めるのが面倒なだけではないのか? まあいいだろう。これもいい機会だ」
平四郎は平二に和紙の在りかとそれを守護する式を従える合言葉を伝える。
「ありがてえ。この一件が終わったらすぐに取りに行きますよ」
喜んでいた平二は真顔になった。
「それで、ぶるんぐ様なのですが、石を安置すれば終わりにはならないですよね? 今は龍脈とつながってますけど、俺の能力じゃ一月もすると流れが閉じてしまうでしょう。ほらね。150年近くももった平四郎さんと能力差は歴然としてる」
「私も一人では恐らく1年が限度だろうな」
「じゃあ、どうしたんです? 他の能力者に同調してもらったんですか? そりゃ、奥さんも系統が違うとはいえ能力者だったでしょう。それにしたって二人じゃ全然足りないはすだ」
「私とソフィアは相性が良かったからね」
「あ、いいです。惚気話は。修行の一環で日記読んだのでお二人の馴れ初めから幸せ一杯の新婚生活、全国の怪異を鎮めてまわった旅まで全部知ってます」
平四郎は苦笑する。
「そんなつもりはなかったんだがな。そういう君には配偶者は……」
「あー。その話やめましょう。会話打ち切って現実世界に戻りたくなっちゃうんで」
「それは困るな。これは一度きりの精神接触なんだ」
「それじゃあお聞きしますが、どうやってそんなに長期間石と龍脈をつなげたんです?」
「それだけの力があるものにお願いした」
「え? そんな凄腕の能力者って聞いたこと無いですが。古代の小野篁や安倍晴明ならいざ知らず、明治時代にそんな力を持った人がいたんですか? いや、そんなことよりも、その人だってとっくに亡くなってるでしょう。やはり、能力者を総動員して同調させるか? いや、あの連中を……」
平二は酸っぱいものを飲んだような顔をした。
平四郎はその様子を面白そうに眺める。
「確かに一人一人が弱くても同調できれば大きな力になるな。全員が心を一つに合わせる必要があるが」
「まあ無理ですね。能力者はだいたい変わり者なうえに一匹狼タイプが多いし」
「まあ、そうだろうな。そこでだ。私も力を借りた者に助力を頼むといい」
「だから、もう死んでるでしょ? 生きてたらギネスブック更新だよ」
「なんだ? そのギネスブックというのは?」
「ああ、色んな世界一を収録している本のことです」
「なるほど。私が助けてもらった者は、長生きということで掲載される資格はありそうだね。本人は望まないだろうが」
「ちょっと待って。まさかと思うが、本当に生きてるのか。とすると、そいつも人間じゃない。おいおい、ひょっとすると……」
あてずっぽうで告げた名前に平四郎は大きく頷き、平二は頭を抱えた。
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