第10話 ぶるんぐ様

「ぶるんぐ様だ。だから言わんこっちゃねえ。折角長い間静まっていたのに」

 ごま塩頭のじいさんが塩辛声を張り上げる。

 ホテルサンパレスの廃墟から1キロほど離れた国有地の中の空き地に止めた指揮車の中だった。

 建設発生土の埋め立て地で働いていた作業員の宿舎から連れてこられた銀次が熱弁をふるう。


「あれだけ危ねえっつったのに、人の意見無視するからよ。土砂崩れ起こしてお社を流しちまった。言い伝えじゃとあと百年はこのままに祀っておけっちゅう話だったのによ。だから現場監督も出かけたきり戻って来ねえ」

 平二はうんうんと熱心に頷き先を促した。

「なるほど。それでお社には何を祀っていたんだ?」


「中にはなにもねえはずだ。俺のじっさまがさらにそのじっさまから聞いた話じゃ、御維新の頃に別嬪の外人さんを連れた神主さんが祈祷した石を土台に埋めたっちゅうことじゃ」

「御維新か。その頃じゃ外国人は珍しかったろうに、こんなところにねえ」

 そう言いながら平二は少し様子がおかしくなった。


 銀次は美加の方を見る。

「お嬢ちゃん。ここにいちゃなんねえ。早く逃げるんじゃ。ぶるんぐ様に命を吸われて死んじまう。まだ子供なんじゃから命を大切にせにゃならん」

 少し言葉遣いは荒いが真情が溢れていた。


 つい先ほど霊障専門医の処置を受けてきたのだが、美加の姿は全く変わっていない。

 急遽呼び寄せた専門医は中矢いわく腕はピカ一とのことだったが、今回の件については手も足も出なかった。


「でも、そういうわけにもいかないんです」

 美加はチラリと中矢を見て、銀次は今度は中矢に声を張り上げる。

「お嬢さん。あんたもじゃ。ここは女子供の来るところでねえ」

「そんな呼ばれ方をするほど幼くはないわ。それに今は男女平等よ。馬鹿にしないで」

「俺から見りゃガキには違いないわな。こっちの兄ちゃんでもまだ半人前だ」


 平二はガリガリと頭をかいた。

「そりゃ銀次さんと比べりゃ俺もヒヨッコだろうな。でも、ピヨピヨ鳴く以外のこともできるはずだぜ」

 テーブルに広げた地図に歩み寄る。


「なあ、銀次さんよ。お社ってどこにあった?」

 平二は銀次が指さした地点に印をつけ、さらに残土置き場から印に向かって直線を引いた。

 その直線上にコンパスの針を当てながら、鉛筆がホテルサンパレスに触れる辺りで円を描く。

 地図に書き込むのを覗き込んでいた中矢が平二に問いただす。


「こっちの円は怪異の行動範囲かしら?」

「ああ。一応、お社にあった石は力を完全には失ってはいないんだろう。だから、この円の内側から出ることができないのだと思う。俺が昨日逃げ出すとき、アイツは橋を渡ったあたりからこちらには来ようとしなかった」


「幸いにしてほとんど人家のない場所だけど、円内に林道もあるし、このままというわけにはいかないわね」

 口を開きかけた平二は銀次を振り返った。

「ああ、銀次さん役に立ったぜありがとう」

 ダークスーツの男に連れ出される銀次を見送る。


「行動範囲が絞れたとはいえ、銀次さんが呼ぶところのぶるんぐ様は激甚災害級の怪異です。しかも、絶食させて弱らせていたのに十名近くを捕食してしまった。破壊は極めて困難でしょう。一か八かタンタル製徹甲弾をぶち込んでみてもいいですが、まず効果はないでしょうね」

「ではどうする?」


「お社にあった石を回収して活性化し、以前のぶるんぐ様のように休眠状態かなにかにして土地に縛り付けるしかないでしょう。問題の先送りでしかないですがね。まあ、人類もあと二百年ぐらいしたら対抗策を編み出すかもしれない。それを期待しましょう」

 平二は無責任に未来の人類に責任を丸投げした。


「石の活性化ってどうするの?」

「それじゃあ、私はこのままってこと?」

 中矢と美加が同時に声をあげる。

「ちょっと待ってくれ。俺は聖徳太子じゃないんだからさ」


 平二はまず美加の方の説得にかかる。

「封印することで、紺野さんへの影響が消えるかもしれない。怪異が存在することで続いているものなのか、それとも即時に不可逆的に効果が発揮するものなのかも分からないんだ。とりあえず、ぶるんぐ様を消滅させることは俺には無理だ。まあ、誰にも無理だと思う」


 次いで中矢に相対した。

「正直、俺もこのレベルの怪異に対応するは初めてだ。封印できるかの保証はできない。ただ、一点、他の能力者より有利な点がある。俺なら石を探すのも、活性化させるのもより短い時間でできる」


 中矢は首を傾げる。

「あなたの免許は乙二類でしょ。登録エリアは主に東京から西よね。北関東のこの場所で激甚災害級の怪異を抑えられるとは思えないのだけど」

「甲・乙問わず一類以上の能力者の応援要請をしたが断られたんだろう?」

「それはそうだけど」

 怪異に対応する能力者は、全国対応可能かどうかで甲乙に分かれ、特、一、二の順に対処能力が高いとされていた。


「中矢さん。安心材料をあげようじゃないか。あの場所に居る能力者は俺だけじゃない」

「誰かあなたの知り合いの未登録能力者でも呼んだの? 本当は違反だけど目をつぶるわ」

 中矢の声が期待に弾む。


「正確に言えば、力が残っているだけなんだけどな。さっき銀次さんが言っていた150年前の禰宜さ」

「確かに残留思念はあるでしょう。でも、あなたが力を借りることができるの? 基本的にあなた達能力者って独立心が強いじゃない」

「ストレートな物言いなら、協調性が無いとも言うな」

 平二はにやっと笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る