第8話 人質

 美加は矛先を平二に向ける。

「ねえ、おじさん。おじさんがちゃんと処置しなかったから私が変に若返っちゃったんでしょ。責任を取ってよ」

「責任って言われてもな。俺は悪くねえ。というか、おじさんは無いでしょ。まだ、三十代なんだから」


「おじさんじゃん。ていうか、そんなことよりも私をなんとかしてよ」

「俺はちゃんとスプレーをした。効かなかったのは俺の責任じゃない」

「それじゃ、よく分かんないけど、私がもっと若返るはずだったのをあの紙で止めたでしょ? 元に戻すのもできるんじゃ?」

「あれは呪いを移しただけだ。だから戻すなんて芸当は俺にはできない。悪いな」


 美加は疑わしげに平二を眺めた。

「呪いを移すということ自体が嘘くさいんだけど」

 平二は肩をすくめる。

「別に信じてもらわなくっても構わない。もう二度と会うことはないだろうしな」


「ちょ、ちょっと、何、私が居なくなるような前提で話してんのよ」

 平二は顔を中矢に向けた。

 中矢は無表情のまま応じる。

「悪いけど秩序維持という公共の利益のためには個人の権利を制限せざるを得ないのよ」


「警察を呼ぶわよ」

 美加はスマートフォンを取り出すが、やはり圏外のままだった。

「この建物自体がモバイル通信を遮断するようになっている。無駄な抵抗はしないことだ」


 美加は椅子から立ち上がって身構える。

 中矢と背後の男はショルダーホルスターから拳銃を抜いてセイフティを解除した。

 銃口には円筒形の消音器が付いている。

 中矢は右足を引いてぴたりと美加に銃口を向けていた。


「空手をやっているようだけど、拳銃より速いなんて自惚れていないでしょうね。それに今のあなたは子供の体よ。パワーも小さくリーチも短いわ」

「どうせ死ぬなら一緒でしょ」

「死んだと言ったのは女子大生の紺野美加よ。余計なことをしなければ、今のあなたの命を奪うまではしない」


 平二が二人を抑制しようとする。

「まあまあ。せっかくカリカリしなくていいように食事を取らせたんだからさ。話し合いで解決しようよ。中矢さんも子供相手にマジになりすぎだし、お嬢ちゃんも落ち着いて……、うわっ」


 美加は平二の腕を捕らえるとくるりと二人の位置を入れ替えて、平二の体を盾にした。

「これでもう撃てないでしょ」

「馬鹿な真似はやめなさい。人質にしたつもりでしょうけど、役に立たないわよ。必要なら赤松ごと撃ちます」


「やれるものならやってみれば。そんなこと言っているけど、このおじさんは大切なんでしょ。自分たちだけで対応できるなら、ふざけたおじさん雇う必要ないはずだもんね。それに呪いを移せるというのは本当か嘘か分からないけど、私の幼児化を止めたのは間違いないから」


「そんなこと無いって。中矢さん本当に撃つから」

 後ろ向きに倒れそうな不安定な姿勢で関節をきめられて盾にされている平二は苦しそうな声を出す。

 美加は鼻を鳴らした。


「いい。プラスチックのフォークでも目に刺したら傷つけることはできるんだからね」

 いつの間にか持っているフォークを平二の片目の前にかざす。

 平二の目が真ん中に寄せられた。


「まったく、とんでもないじゃじゃ馬を保護しちまったよ。なあ、中矢さん。ここは俺に免じてこのお嬢ちゃんは俺預かりってことにしない? あの怪異を再び封じることが出来て、元の年齢に戻ったら記憶を消して開放、そうじゃないときはまたその時考えるって感じで」


 中矢はしばらく美加を睨みつけていたが、拳銃にセイフティをかけて銃口をずらす。

「いいわ。赤松さんの提案に乗りましょう。目玉が飛び出しそうになっているから早く解放しなさい」


「解放した後に前言を撤回しないという保証は?」

「そんなことはしないと約束するわ」

「口ではなんとでも言えるでしょ。こっちは命がかかってるんだから、何らかの誠意を見せて」


「じゃあ、逆に聞くけど、何をしたら納得できる? この部屋から出て行けと言われればそうするけど、それだけじゃ意味ないわよね。それにあなた一人じゃ結局、あの怪異の場所まで戻ることもできないと思うけど」

「じゃあ、俺が後見人ってことで」


 腕を捻りあげられている平二の声がした。

「まあ、今俺にそっぽを向かれたら中矢さんが困るというのはその通りだ。その慧眼に敬意を表して一時的に俺が後見人になってやる。そうだ。それと医者も呼んでやれよ。霊障専門医」

「ちょっと勝手に決めないで」

 中矢が眉をひそめている。


「ということでいい加減手を放してくれないかな」

 ようやく自由の身になれた平二は肘を撫でさすりながらぼやいた。

「中学生ぐらいの体なのに大したもんだな」

「赤松さん。何かあったらあなたが責任を問われるのよ」

「まあ、しょうがねえだろ。俺を挟んで睨みあいをされちゃ生きた心地がしねえ」


 美加はへええという顔をする。

「中矢さんも文句を言うだけで、あなたの判断は尊重するんだ。やっぱり、ただ者じゃないのね。よく分からないけど、怪異に対抗できるってことかしら。じゃあ、よろしく」

「俺は信用するんだ」


「まあ、誰かは頼らないといけないし」

「そいつはどうも」

「じゃあ、早速出かけましょう」

「悪いが夜になる。暗闇の中じゃ勝負にならない。明日まで待つんだ」

 不満そうにしていた美加だが、勝負は明日以降ということに最終的には同意するのだった。

 



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る