第7話 デリバリー
「ふう」
誰かのため息が漏れる。
平二がモニターからケーブルを引っこ抜いた。
美加はぼそりとつぶやく。
「なに、これだけなの? 恭平の最後の姿がアレなんて……」
「この怪異は周囲の電気製品を動作できないようにしてしまうようだ。恭平君はあの場から車までは逃れたものの、そこで追いつかれたと俺は考えている」
「じゃあ、私があんたに会ったとき……」
「ぐずぐずしていたら、怪異とご対面だ。何しろ推定最高移動速度は時速20キロだからな。そして接触したら、しわくちゃになって吸収される。これで信じられるかい?」
「信じるも何もこんなことになってるんだし、尋常じゃないことぐらい分かるわよ」
美加は自分の顔を指さした。
相変わらず中学生ぐらいの顔立ちのままである。
平二はあごを片手で撫でた。
「あー、それで、恭平くん以外の人間の氏名とか分かるか?」
「私は会ったことない」
「そうか」
「それで、私はいつ元に戻れるの?」
「悪いけど、もう戻れないし、元の生活はできないと思うぜ」
横合いから中矢の声が響く。
「紺野美加は死んだの」
「えーと、何を言ってるか分からないんだけど」
張り詰めた空気に平二が割って入る。
「えーと、まずその前に食事にしない? 俺、もう腹減って死にそうなんだけど」
その場に居る残りの人間が何言ってんだこいつという顔をした。
タイミングよく中矢の部下が顔を出す。
「表に赤松さんのアレが……」
平二はえへへと笑った。
手にしたスマートフォンを振ってみせる。
「ネットでハンバーガーを注文しておいたんだよね」
「また勝手なことをしたな。そんなことに能力を……」
中矢の小言を背にいそいそと表に出ていった平二がしばらくすると両手に袋を提げて戻ってきた。
テーブルに袋を置くとガサガサと音をさせながら中身を取り出す。
「はい。これ、ドリンクね。コーラとジンジャーエール。で、こっちがポテト。そして最後がハンバーガー。これマジで美味いから。厚切りのカリカリベーコンととろりとしたチーズがかかっていて絶品なんだよ」
饒舌に美味さを語った平二は一つだけ別にしておいた紙容器を手に取るとプラ蓋を開けて一口飲んだ。
「労働の後の一杯は最高。あ、遠慮しないで食べて食べて。料理は美味しいうちに食べないとね」
平二は自身でもハンバーガーの包みを開いてかぶりつく。
中矢も包みに手を伸ばしたのを見て、美加もプラフォークを持ちポテトの袋を引き寄せた。
平二がドリンクに口をつける。
「あ、ポテトから食べる派? ここのは皮付きでクリスピーなやつなんだ。ジャガイモってどう揚げても美味いけど、これはビールにベストマッチなんだよなあ」
中矢がジロリと平二を睨んだ。
「仕事中に堂々と飲むとはいい度胸だな」
「あれ? 俺は今日の業務は終了です。きちんと現地調査して遺留品回収しましたし、追加被害の発生を食い止めましたよ。指示どおり働かせたいなら、委託じゃなくて雇用契約でよろしく。まさか、会計検査院が偽装請負とかやっちゃだめでしょ? でもなー、公務員になったら副業できないから困るんだよねえ」
中矢は必要以上に力強くハンバーガーを咀嚼する。
美加はその様子を見て意外だなと思いつつ、ハンバーガーを口にした。
大きすぎて食べづらいが、平二が自慢するだけあって確かに味は良いかもと考える。
「これ美味しい……。こう言ったらなんですけど、これだけの味のハンバーガー店が月影市にあるんですね。しかも、デリバリーサービスまであるなんて。あれ? ここらへんをカバーしているサービスってまだ無かったような?」
美加はスマートフォンを取り出して調べようとしたが、圏外表示が出ていた。
「なんで使えないんだろう? あんな山の中でも辛うじて使えたのに、それなりの街中で使えないなんて」
「まあ、とりあえずメシを済ませちまおうぜ」
「あんた、さっきスマホで注文したって言ってたわよね。なんで私は使えないの?」
「あのな。あんたは無いだろ。別にさんを付けろとは言わないが、名前で呼べ」
「はいはい。じゃあ、赤松さん。スマホ貸して」
「貸すわけないだろ」
「いいじゃん。ちょっとぐらい。ケチ」
騒ぎながらもハンバーガーとポテトをあらかた食べ終わる。
あとは氷が解けて味が薄くなったドリンクが残るばかりだった。
中矢がペーパーナプキンで口の周りを拭うと話を再開する。
「さてと、赤松さんの厚意で腹も膨れたことだし、先ほどの話の続きをしようじゃないか。紺野さん。あなたは事故で死んだことになる」
「どういうことですか?」
「今回のような怪異が存在することを世間に知られるわけにはいかないのだ。通常であれば目撃者には記憶の改ざんを行って放免する。しかし、あなたには数歳若返るという明らかに超常的な現象が発生してしまった。もう紺野美加として日常生活に戻すわけにはいかない」
中矢は淡々と話をしていたが、それだけに嘘や冗談を言っている雰囲気はない。
美加はごくりと唾を飲み込む。
「元の姿に戻れればいいんですよね? 私、余計なことは一切しゃべりませんから。信じてください」
中矢は首を横に振った。
「まず、どうやって若返ったのかが不明な以上、元に戻すことは難しい。諦めろ」
「恭平を殺した化け物を倒せば元に戻るかもしれないですよ」
「では聞くが、どうやって倒すんだ?」
美加は虚を突かれたような表情になる。
「それは、皆さんならなんとかなるんじゃないんですか? 銃だって持っているし」
「銃で怪異を倒せるなら苦労はしない。それに我々は調査分析が専門なんだ」
中矢は苦い顔をし、美加は唇をかみしめた。
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