第5話 国家権力
平二は運転席の床からスマートフォンを拾い上げる。
美加はあっと声をあげると平二の手からスマートフォンを奪い取ろうとした。
「それ恭平のスマートフォン」
平二は内ポケットにスマートフォンを仕舞うと、別のスマートフォンを取り出して電話をかける。
「ああ。赤松です。レンタカーのヴィッツが一台。それと関係者が一名。若い女性ですよ。まだ事情は飲み込んでいない。なんだって? 別に何もしてねえって。気になるならさっさと頼むぜ」
通話が終わった平二を美加は睨みつけた。
「それで、恭平はどうしたの?」
「さあな。たぶん、食われた」
「は?」
疑問の声をあげる美加に運転席に残されているものを示す。
男物のデニムパンツにTシャツと靴下にスニーカー。Gパンの中にはトランクス。
美加にはいくつかの品に見覚えがあった。
「どういうこと?」
「この山には何かが居る。人に徒なす存在だ。簡単に言うならバケモンだな。それで、あんたの知り合いの恭平君はそこにのこのこやって来て食われたってことさ」
「知り合いじゃないわ。彼氏よ」
「そいつはお気の毒に。まあ、若いんだしさっさと忘れて、もっといい男を捕まえるんだな」
「ふざけないでよ。本当はあんたが恭平に何かしたんでしょ」
平二は頭をかく。
「まあ、そういう反応になるよな。そりゃそうだ。俺の話を信じる方が頭がイカれている。でもなあ、本当なんだよ」
「さっき、あんたは全部正直に話すって言ったわよね。どういうことなのよ。私を騙すつもりね」
「少し冷静に考えてみようや。もし、俺があんたの言うとおり、例えば彼氏を殺したんだとする。だったらさ、あまり平日は車が通らないとはいえ県道まで連れ出すよりあの場に居た方がいいと思わねえか。又はあんたを置き去りにして走り去るか」
美加は油断なく身構えながらも思案をする。
確かにこの言説には一定の道理があると認めざるをえなかった。
平二は説明を続ける。
「納得しねえと思うが一応説明しちまうぜ。俺が口にくわえていたのは煙草じゃない。特殊な成分が含まれたもんでな。虫よけならぬ禍つ神よけなんだ。気休め程度の効果だがな。で、このサングラスに見えるものも偏光ガラスが入っていて、人が見ちゃいけないものを見ても大丈夫な状態、まあモザイクをかけてくれる。すげーよな、文明の利器だぜ。で、つまりな、あのままだとあんたも発狂するか食われるか、その両方になるところを俺が救ったわけ。分かる?」
「一ミリたりとも分かんない」
「ですよねえ」
「頭のおかしい人の相手はしてられないわ。それじゃあ」
元来た方へと戻ろうとする美加を平二が意外に素早い動きで邪魔をした。
「だからさ。マジで死んじゃうから。まだ若いし、やりたいこと一杯あるでしょ。早死にするなんてもったいないと思わない」
「いい加減にしないと殴るわよ」
「殴られたくないけど、これも仕事なので。君に死なれちゃうと俺の査定に響くんだ。いやあ、本当に世知辛いよな」
美加は無言で正拳突きを繰り出す。
目にも止まらない動きは平二の鳩尾を捕らえた。
平二は体をくの字にしながらも美加の腕にしがみつく。
右腕をつかまれながらも体を右に倒して左脚で平二の首を蹴った。
平二の体がぐらりとなり地面に倒れるが、その腕は美加をつかんで離さない。
追撃を加えようとするとヴィッツに横付けするようにトレーラーと特徴のない黒塗りのクラウンが止まった。
トレーラーの助手席からスーツ姿の若い女性が飛び降りてくる。
セダンからもスーツ姿の男性が三人降りてきた。
全員そろってサングラスをしており、くわえ煙草をしている。
若い女が鋭い声を発した。
「それ以上その男を傷つけないでもらえる? 信用できないだろうけど彼が言っていることは本当よ」
スーツを着た男の一人はヴィッツに乗り込むとバックさせる。
そして、いつの間にか開いたトレーラーの荷台の後部扉から突き出した斜路を使ってトレーラーの中に止めた。
若い女性はプラスチックカードを示す。
「私は会計検査院特別査察官の中矢よ。ほら、写真もあるわ。ほら、しゃきっとしなさい」
そう言いながら平二の脚を蹴った。
「流石に酷くない?」
ぼやきつつ平二が立ち上がる。
中矢がスーツの左側を開いて中のものを美加に示した。
「これ以上抵抗するようなら容赦はしないわ。大人しくついてきなさい。これは玩具じゃないわよ」
退路を断つように立っている男二人も左わきに吊るしたホルスターに入っている拳銃を美加に見せる。
平二が懐柔するように両手を広げた。
「な、あいつらは国家公務員なんだ。仕事が荒っぽいが権力を持っている。逆らわない方がいい。中矢さん、あの人はマジだから。撃つと決めたらためらわないよ。だから、一緒に行こう。君の知りたくないことまで含めて説明してくれるから」
「赤松さん」
中矢の冷ややかな声に平二は宥めるような笑顔を見せる。
「ここは俺を助けると思って。このままだと拳銃が本物だと示すために俺が撃たれかねない」
その言葉に応じてサングラスをずらして見せた中矢の目の冷たさに魅了されたかのように美加は頷いていた。
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