第25話 決着

 夜が明けるのと同時に、帝国軍は攻城戦を再開した。

 今までのような定石通りの攻撃ではなく軍を二分し、西門と正門を同時に攻撃した。


 攻城兵器も動員しての総がかりだ。射掛けられる矢の数も殺到する兵もこれまでの比ではなく、城壁の下には屍の山が築かれた。

 その苛烈な攻めにペリシテ軍はよく耐えた。主軸たるウェルテナ傭兵団を欠いた状態で、実に三度も帝国軍の総攻撃をはね返してみせた。


 しかし、三度目の攻撃を退け、もはや夕暮れを待つばかりという時にそれは起きた。

 この日、唯一攻撃を受けていなかった東門から突如として火の手が上がった。


 敵の攻略目標は西門と正門と思い込んでいたペリシテ軍は完全に不意を突かれる形になり、大きく動揺した。慌てて東門に兵を送るも時すでに遅く、帝国軍はすでに外門を破り、内門へと到達していた。

 その指揮を執ったのはやはり黒騎士。直属の部隊を率いた彼はペリシテ軍の増援をも瞬く間に打ち破ると内門を占拠した。


 まさしく雷の如き早業だが、これは帝国軍の強さというよりもペリシテ軍の脆さが露呈したという方が正しい。

 これまで寡兵のペリシテ軍が倍する帝国軍と曲がりなりにも戦うことができたのは、ドロア城の城壁とウェルテナ傭兵団のおかげだ。


 城壁の守りは言うまでもなく、ウェルテナ傭兵団の狙撃は敵が多数であればあるほど脅威を増す。兵が増えれば当然それを指揮する将を増やさざるをえず、将が増えればそれだけ守らなければならない対象が増えるからだ。


 だが、今日に限ってはその心配はない。

 ウェルテナ傭兵団が拘束された今こそが決戦の時だとユーリアは全軍に総攻撃を命じた。


 それでも、定石通りの総がかりならばドロア城の守りは日暮れまで持ちこたえることができただろう。いずれは押し切られるにしても敵に消耗を強い、増援が到着するまでの時間を稼ぐこともできたはずだ。


 ドロア城の守りには一点だけ穴があった。それが陥落した東門であり、その穴を穿つことこそが黒騎士ファレル皇女ユーリアの狙いだった。

 穴とはつまり、ウェルテナ傭兵団の不在。城内に置ける遊軍であった彼らは常に味方の危機に駆け付け、攻撃を押し返してきた。これまで各城門が陥落せずに済んできたのは、彼等の援護があったからだ。


 無論、この穴について守将たるメラン卿は気付いている。気付いていたが、対処できなかった。否、対処できないように仕組まれていた。

 二か所への総攻撃、これを防ぐには兵を集中するほかなく、また他の箇所への攻撃を考慮する暇もないほどに忙殺されてしまった。


 それも含めての黒騎士の策だ。彼は三日間の戦でウェルて傭兵団だけではなくドロア城全体の兵の配置、それを指揮するものの思考の癖、役割、あらゆる情報を丸裸にしていた。


 その結実としての東門の陥落。前日破壊されていた外門には最低限の修復こそされていたが、それも容易く食い破られた。

 守備についている兵はただでさえ少ないうえに不意を突かれて混乱。大した抵抗もできぬままに殲滅された。


 そうして、東門から城内に侵入した帝国軍は約一千。一息に城壁まで駆け上がった彼らは正門を守るペリシテ軍へ襲い掛かった。

 そこに加えて、ユーリア率いる本軍は本日四度目の総攻撃を敢行した。帝国側の疲弊もかなりものだったが、この勝機を逃がす彼女ではない。虎の子の魔術師たちよる念話通信と援護までもを投入し、一気に正門を落とした。


 この攻撃を切っ掛けに唯一健在であった南門も崩れた。次々届く凶報に兵は恐慌状態に陥り、将たちは士気の立て直しができずに門を放棄してしまった。


 もはやこれまで、メラン卿はそう覚悟した。本棟に退却しようにも退路を断たれ、周囲は帝国軍に囲まれている。

 生きて虜囚の辱めを受けるくらいならばと剣に手を掛けようとしたとき、ありえないはずの増援が現れた。


 ウェルテナ傭兵団だ。待機を命じられ、本城に監禁されていた彼らが姿を現したのだ。

 傭兵団の援護によって、メラン卿とその兵は本城への撤退を成功させた。本城の門はまだ破られていない。立て籠もることは可能だった。


 日が暮れていく。ペリシテ軍はどうにか今日という一日を生き残ったが、すでに大勢は決している。


 開戦当初、ドロア城にいた城兵は約五千。そのうち半数は討ち取られ、三分の一は帝国軍に降伏。残りもほとんどは城から逃走した。

 本城に逃げ込んだ兵はわずか五百名。ドロア城にはウェルテナ傭兵団の兵を加えてもわずか七百の兵力しか残されていなかった。


 彼らを守るのは心もとない本城の門のみ。帝国が本気で攻め寄せれば瞬く間に破られてしまうだろう。

 兵たちもそれは分かっている。俯く彼らの顔には絶望さえ滲んでいた。 


「――すまぬ……すまぬ、女神殿」

 

 そんな中、彼等の総大将たるメラン卿は人目もはばからずに首を垂れている。すべての責任は己にあると歯を食いしばっていた。

 

「敵の策です。責任は私にもあります」


 対するエリカはひどく冷静だった。敵の策の悪辣さへの怒りも、それにまんまと嵌められた己や味方への失望もなかった。

 ただ結果を受け入れている。こうなったうえはここを死に場所と決めていた。


 城はすでに落ちた。これは覆しようがない。ウェルテナ傭兵団がいかに精強とはいえこの戦況を覆すほどの力はない。


 だが、一矢報いることはできる。残るはこの本城のみである以上、敵は最後の一押しとして総大将である皇女が前に出てくるはずだ。

 そこを狙い撃つ。一度目は仕留めきれなかったが、二度目は決して逃さない。確実に射殺す。


 総大将が討たれれば帝国軍は大いに混乱するはずだ。その隙に紛れての逃走も不可能ではないが、この行動は策というよりは意地だ。


 この二年で成長したつもりだった。追いついたつもりだった。あの背中に届いたつもりだった。

 それがどうだ。いくら相手が手段を選ばなかったとはいえ、完全にしてやられた。掌で弄ばれ、いとも容易く追い込まれてしまった。


 何もかもを踏みにじられた気分だ。こんな気持ちのまま死ぬ気にはならない。ただ一度でいい、たった一度だけあの黒騎士ファレルを驚かせてやりたい。そんな憎悪とも愛情ともつかない執着が彼女を突き動かしていた。

 

 門の向こうがにわかに騒がしくなる。帝国軍が包囲を狭めている、そう判断したエリカは窓の影に身を潜める。傭兵団の選りすぐりの弓兵が彼女に続いた。

 息を殺してその時を待つ。皇女の姿がちらりと見えれば彼女の射程内だ。


 だが、その時は訪れない。代わりにある声が本城内に響いた。


『――ウェルテナ傭兵団団長! 並びに守将メラン卿に申し上げる!』


 耳朶ではなく頭蓋骨にそのまま響くその声は、喉から発せられたものではなく魔術によって拡散されたもの。

 声の主は、黒騎士だ。その響きをエリカが聞き間違えるはずがなかった。


『アルコン帝国皇位継承権第六位、ガルア公にして第三皇女たるユーリア・ステラ・マキシマス殿下の名代として申し上げる! 夜が明け次第、我らは残る戦力の全て投じ、本城へと攻め入る! しかしながら――』


 そこまで聞いたところで、エリカは敵の意図を理解する。もはや最後の抵抗さえ許さないつもりなのだ。


『我ら無用な流血を望まず! 夜明けまでに武器を置き、本城を明け渡すならばその方らの命は取らん! 我らに降るなり、逃げ去るなり自由である! ただし、夜明けまで城内に残るものがあれば、それが誰であろうと命はない! これはユーリア殿下の御言葉! 違われることはない!』


 黒騎士の言葉が兵士たちの心を折る。彼等を率いるメラン卿でさえ力なく門を眺めるだけだ。


 完全なる敗北。ドロア城はここに落城を迎えたのであった。


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