第14話 王子と騎士団

 アルカイオス王国は戦士の国として知られていた。

 その評判を支えていたのが、王族を護衛する『王の影』と大陸最強と名高い『アドワーズ騎士団』だ。

 建国王の愛剣から名をとられたこの騎士団は少数精鋭ではあるものの、十倍もの大軍を正面からうち破ったという逸話も残る伝統ある騎士団だった。


 もっとも、その勇名も百年前、ファレルの曽祖父の時代までだ。内乱により一度分裂したアドワーズ騎士団はファレルの父の代にはその名前だけを残して形骸化していた。


 そうして残ったのが王族が団長を務め、貴族の子女が団員を務めるという伝統のみ。その伝統もアルカイオス王国の滅亡により途絶えた、かのように思われていた。


「――お久しぶりです、殿下!」


 館の居間には十二人の騎士が跪いている。その先頭の少女はファレルの姿を見ると満面の笑みを浮かべた。

 少女は金色の髪を後ろで結び、アルカイオス王国の紋章の刻まれた甲冑を着ている。少女の溌溂とした顔とらんらんと輝く瞳にファレルは見覚えがあった。


「……ユリアン」


「はい! アドワーズ騎士団副団長、ユリアン・マクビッツであります!」


「それはわかってる。オレが聞きたいのは、お前がなぜここにいるかについてだ」


 アドワーズ騎士団はアルカイオス王国が滅んだ二年前の『涙の夜』事件の際には国外に出ていた。これまた伝統に則った武者修行の最中のことだった。

 それ以降、アドワーズ騎士団の行方はようとして知れなかった。ファレルもあえて調べようとはしなかった。彼等を巻き込むのを厭うたというのもあるが、なにより、何かの役に立つとは思えなかったからだ。


 子供のやる騎士ごっこ、武器だけは本物な分余計に質が悪い、というのがファレルが騎士団について下した結論だ。

 伝統として彼が団長を務めていたものの、自らが王位に就いた後は解体して、新たに軍を創設するつもりだった。

 

 実際、当時のアドワーズ騎士団は士気こそ高いものの、まともな訓練も受けていない素人の集まりだった。


「噂を聞いたのです! 団長が、ファレル殿下が、帝都にいらっしゃると!」


 夜中だというのによく通る声でよく喋るユリアンに、ファレルは懐かしさと頭痛を同時に覚える。なぜか慕われているものの、彼はこの副団長が苦手だった。


「……そうか。それで、何しに来たんだ?」


「団長をお救いに参上したのです! ここに幽閉され、第三皇女に苦役を強いられていると聞いたので!」


 ユリアンの返答に言葉を失うファレル。彼女の発言はあながち間違っていない上に、あふれる忠義心も本物だ。

 だからこそ、返答に困る。すげなく追い返せばそれはそれで問題を起こすだろうし、嘘を吐いたところで今度は目の届かないところで問題を起こすだろうことは明らかだった。


 背後で控えるテレサに視線で助けを求めるが、彼女も彼女で困惑しきっていた。


「……まず、その忠義とこの二年、騎士団を維持したこと、大儀である」


 どうにか絞り出した褒め言葉に、ユリアン含めた騎士たちは今にも泣きだしそうな顔で頷く。まさしく感無量と言った様子だが、その素直さが余計にファレルを不安にさせた。


 しかし、時には百万の嘘に一つの真実が勝る。ファレルは覚悟を決めて、言葉を発した。


「だが、無用だ。オレは幽閉されてはいない」


「へ?」


「まず聞け。オレは――」


 そうして、ファレルは己が事情を騎士たちに明かす。

 王国を取り戻すためにユーリアの下で働いていること。最終的には彼女を皇帝につけることで、故国を取り戻すのだと詳らかにしてみせた。

 無論、その困難さや妹である王女カトレアがユーリアの命を狙っていることなどは伏せたうえでだが。


「――では、団長は今も国のために戦っておられるのですね!」


「そうだ。王子の身分は捨てたが、いずれ国を取り戻してみせる」


 ファレルの言葉に騎士たちが「おお……!」と感嘆の息を漏らす。疑う者がいない、というのはアドワーズ騎士団の長所であり短所でもあった。


「お前たちの気持ちはありがたいが、今のオレに助けは不要だ。だから――」


「――我らも共に参ります!」


 ユリアンが言った。予想通りの反応に頭を抱えたくなるファレルだが、ため息を飲み込み、思考をめぐらせる。


 アドワーズ騎士団はおそらくこの十二人しか生き残っていない。

 もっと兵力があるならこの場に連れきているはずだ。無謀かつ無意味だが、ファレルの知るアドワーズ騎士団ならば必ずそうする。


 であれば、アドワーズ騎士団の戦力はこれだけだ。たった十人では何の足しにも足らない、それどころか、彼ら程度の能力ではむしろ足を引っ張ることになりかねない。


 もちろん、忠誠心だけは強い彼らを捨て駒にすることは簡単だ。騙すのも容易だし、場合によってはその必要さえないだろう。アドワーズ騎士団は戦力にはならないが、使いようはいくらでもある。


 だが、それは王道ではない。国を取り戻すためにはどんな悪名も厭うつもりはないが、臣下を使い捨てるような真似だけはできない。

 それをしてしまった時点で、王の資格を失う。ファレルはそう己を戒めてきたし、これからもそうしていくつもりだった。


 使わないのであれば、遠ざけるしかない。そのためには事実を口にするのが一番だ。


「……何度も言うが、お前たちの忠義はありがたく思う。だが、お前たちでは――」


「ご安心ください、殿下! 我ら五百・・、必ずやお役に立ちます!」


「いや、だから、お前たちが何人いても……待て、今なんて言った?」


「はい! 必ずやお役に――」


「そっちじゃない。何名って言った?」


「五百名です!」


 ユリアンの言葉を咀嚼できず、ファレルは頭を抱える。

 ユリアンに兵数を偽る理由はない。彼女が主を貶めるための策謀に手を貸すような人物でないことは明らかだが、だからこそ、理解できない。


 以前のアドワーズ騎士団は総勢百名の小規模な騎士団だった。五百名となればその五倍だ。この一年で壊滅の危機をどうにか免れたのならまだしも、五倍も兵数を増やしたなどにわかには信じられない。


「あ、もちろん、アドワーズ騎士団わたしたちだけではありません! この一年、各地散らばっていたアルカイオスの騎士と兵たちが集まってくれたのです!」


 胸を張り、誇らしげに鼻息を吐くユリアン。直接的ではないにしても、兵が集まったのならそれは彼女の、アドワーズ騎士団の手柄だ。


 すでに形骸化していたとはいえアドワーズ騎士団の名には歴史がある。故国を失ったアルカイオスの民がその名をよりどころにして集まるということは十二分に考えられた。


 十二人では役に立たないが、五百名の戦士は十分な戦力だ。しかも、この五百名はファレルの直属で自由に動かすことができる。まさしく降ってわいた幸運だ。


「……軍はどこにいる?」


「はい! 帝都の外の森に隠れています! 皆、息を潜めて団長を待っています!」


 これまた奇跡だ。それだけの兵が帝都の守備兵に見つからずに潜伏できているなど普通ならばありえない。

 だが、今ならばありえる。帝都の防衛を担うのは黒百合騎士団、その黒百合騎士団は遠征に備えて帝都内に集まっている。現状、帝都の周辺は戦力的には空白地帯となっていた。


 しかし、油断はできない。帝国にしてみればアドワーズ騎士団は賊軍だ。万が一、哨戒の兵と遭遇すれば戦にもなりかねない。


「お前たちの志、確かに受け取った。だが、急がねばならん。半分はテレサを森まで案内しろ。半分はオレについてこい。馬を引け!」


 ファレルの指示に騎士たちは戸惑いながらも従う。兵は神速を尊ぶ、今は一刻一刻が惜しい。


 アドワーズ騎士団を黒百合騎士団に組み込むにはユーリアの許可が必要だ。今は眠っているだろうが、たたき起こしてでも一筆書かせなければならない。


 

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