第13話 客人

 商談が済んだあと、カラールはファレルとニーナを屋敷の出口まで見送った。商売相手への誠意からではなく、おそらく見張っているであろう幾多の敵に商談成立を示すためだ。


「そういえば、一つ面白い話があってね」


 その途中で、カラールがそんなことを言い出す。ファレルに対してではなくニーナに話しかけていた。

 返答していいかわからず、ニーナはファレルに視線で指示を求めるが、ファレルが答える前にカラールは話始めていた。


「彼が私の故郷に武者修行にきていた頃の話さ。市場を冷かしていると、有名な占い師の婆さんに呼び止められてね。おっと、辻占いなんて信用できないって顔をしたね? まあ、君のような帝都魔法院の魔法使いからしてみればそうだろうね」


 図星ではあったが、ニーナにしてみれば当然ではある。

 魔法は森羅万象あらゆる事象を再現できるが、その唯一の例外が未来の測定だ。

 常に不安定で揺らぎ、変わり続けるのが未来。その形を定める法は存在しない、というのは魔道の基礎だ。


 つまり、未来を見るなどという占い師の類はそういった教えを受けていない素人のみ。当然信ずるには値しない。


「私も占いなんてものを信じてはいなかったんだがね。なかなかおもしろいことを言うもんで、記憶に残っていたんだ」


「面白い事?」


 思わず聞き返してしまうニーナ。すぐにしまったと思ってファレルの方を見るが、彼の方は呆れたようにため息を吐くだけだった。

 大抵の場合、占いというものを誰にでも当てはまることを大仰に言って、相手をだますものだが、特別面白い占いというのには興味を惹かれる。魔法使いとしてもし本当に未来を見ることができるのだとしたら探求の対象になりうる。


「婆さんはね、彼の顔を見て開口一番こう言ったんだ。『汝には女難の相がある!』とね! 一瞬だぞ! 考えるそぶりさえなく言い当てたのだから、私も信じようというものだ!

!」


「は、はぁ……」


 なるほど、と思いながらもニーナは顔に出さないように努める。先を歩くファレルの背中は明らかに不機嫌だった。

 だが、確かに女難の相とは言い得て妙だ。黒騎士ファレルが国を失った経緯はニーナも知っている。発端は痴情のもつれなのだから、これ以上の女難の相もそうはない。


「しかし、占い師はこうも言っていた。女の性です場手を失うが、女のおかげで全てを取り戻す、とね。あの時はそっちの占いは信じてなかったが、こうなるとかなりの信ぴょう性も出てくるね」


 ファレルの背中を見るカラールは仮面越しでもわかるほどににやついている。ファレルだけではなくありとあらゆる人間を揶揄うのがカラールの生き甲斐の一つだった。


「……確かに、そうですね」


 そんなカラールにニーナも加担する。出会って以来、振り回されてばかりだ。少しくらいはやり返したかった。

 

 実際、その占い師の言葉は間違っていない。

 ファレルの故国を滅ぼしたのはユーリアだが、再興の機会を与えたのもユーリアだ。ファレルの側に仕えて最も身近で彼を支えているのはテレサで、こうして手伝いをさせられているニーナも間違いなく女だ。女の手を借りて急場をしのいでいるという指摘は、ファレルには耳の痛いものだった。


「では、魔法使い殿。苦労することになるが、皆で我らの黒騎士殿を支えていこうじゃないか」


「えっ……?」


 反射的に聞き返すが答えはない。ゆっくりと門は閉まり、二人は閉め出された。


「あいつのことは気にするな。鶏が喚いていると思え」


「は、はい」


 そのままファレルは停まっていた馬車に残りこむ。今度はニーナが乗り込むまで彼も待っていた。

 

「あの、これでよかったんですか? その、誓紙せいしとかは……」


「あいつは約束を守る。信用も信頼もできないが、それだけは確かだ。それより――」


 ファレルはそこで言葉を切る。口ではそう言いながらも、彼がカラールを信じていることだけはニーナにも分かった。


「――今日はよくやった。お前がいなければこんなに簡単にはいかなかっただろう」


 不意打ちめいた褒め言葉に、ニーナの思考が固まる。当然のように使い倒されるだけだと思い込んでいただけに、完全に想定外だった。

 

「……はい」


 思わず緩みそうになる顔をフードで隠す。この程度で感情が動かされているという事実そのものがニーナには恥ずかしかった。

 確かに女難の相というのもあながち嘘ではないかもしれない、そう思った。



 それから二月の後、ファレルとユーリアはカラール商会から融資された金を用いて、方々から七千人の兵士をかき集めた。

 その内、四千人は数合わせの傭兵だが、残りの兵は経験豊富なものが集まった。その中にはカラールから推薦されたものも混じっているが、即戦力として期待できる。


 武具に関しても最新式のものと旧式のものを揃え、一部の精鋭と古参兵には最新式のものを分配し、残りの兵士たちにも十分な装備をいきわたらせることができた。鎧を身に着けて整列すれば見てくれだけは一端の軍隊に見える。


 だが、これでも予定の兵数からすれば不足。ほかの皇族や商家からの横やりや南部辺境域での敗戦の影響が思うよりも大きかった。その横やりの中にはカトレアからのものもあったが、手口が巧妙なおかげでユーリアに知られるような事態にならなかったのはファレルにとっては不幸中の幸いだった。


 その上でファレルは兵の募集を締め切った。これ以上、帝都で募集を掛けたところで増員は見込めないと見切りをつけたのだ。


 しかし、南部辺境域への出陣を明日に控えた九の月の二十四日、その判断を覆すある事件が起きた。


「――若様」


 テレサがその気配に気づいたのは、彼女が主であるファレルと館にある寝室でちょうど時だった。

 

「どうした?」


 共にベッドで横たわっていたファレルがテレサの変化を察知する。先ほどまでは女の顔をしていた従者の声には緊張と恐れが滲んでいた。


「門の前に気配があります。数は十数人、鎧を着ているかと」


「……討ち入りか」


 すぐさま立ち上がったファレルは裸のまま、枕元の剣を携える。神経を研ぎ澄ませると、確かに門の前に物々しい気配があるのが分かった。


 ファレルに与えられた館はユーリアの住まうアルセナ離宮からすぐ近くにある。

 特別な警護こそされていないが、このような場所まで大軍勢が密かに移動するのは難しい。敵は門の前にいるので全員だと考えていいだろう。


「若様、せめて脚絆ズボンを」


「言ってる場合か。お前こそ服を着ろ」


「いいえ、わたくしよりも若様が」


 そんな言い争いをしながらも二人は手早く臨戦態勢を整えていく。この寝室は二階にあるが、いざとなれば窓から飛び降りて逃げる手はずだった。


「誰か来ます」

 

 テレサが短刀を構え、ファレルは剣を抜く。小さな足音は扉にゆっくりと近づき、控えめにノックをした。


「旦那様、あの、起きておられますか?」


 女中のミナの声だ。怯えているようだが、主の睦事を邪魔したせいか、脅されているせいかまでは分からなかった。


「なんだ?」


 ファレルが尋ねる。女中は何度か言葉に詰まった後、こう答えた。


「そ、その、お客様がいらしてます」


 奇妙な答えだった。襲撃や押し込みが目的ならば、わざわざ客だと名乗る理由がない。そんな暇があるなら、門を破って館に火をつけるべきだ。


「客?」


「は、はい。なんでも、旦那様の臣下を名乗っておられて……出直されるように言ったのですが、どうしても…………それに門の前で朝まで待つとも申されていて……」


 テレサの視線がファレルに向く。従者として主に問うのではなく女として彼を責めていた。

 そんなテレサにファレルはバツが悪そうに頭をかく。すっかり忘れていたがそんなことをする知己がファレルには一人いた。


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