夜の底からの通信(4)戦女神の死
「や……やだ……悪い冗談はやめてよ……」
「はは……冗談だったらあたしもうれしいんだけどね」
ターニャの乾いた笑い声。こんな自嘲じみた笑い方なんてターニャに似合わない。こんなかすれた、力のない声なんて。
……これじゃ、くそやかましく鳴いている、虫たちの大合唱の方がはるかに力強い。
……違う。さっきから聞こえているのは虫の声なんかじゃない。
ぼそぼそ……ぼそぼそ……
どこからか、誰かの呟きみたいな声が聞こえてくる。他の入院患者が何か言っているんだろうか?
「マーシャったら、自分で自分の腹かっさばいたみたいだよ」
一瞬ぼうっとしていたあたしの耳に、ターニャの声が戻ってきた。ちょっとかすれて疲れたような……それともノイズがはいったような……?
「自分で……」
「うん。どうしても故郷の暮らしになじめなかったみたいでさ……」
いつも堂々としてたマーシャが、自分で自分に終止符を打った? あの戦女神が……我が第七旅団の英雄が……
「やっぱりさ。平和な世の中って奴にゃ、あたしらみたいな戦争の落とし子なんかの居場所なんて、どこにもないんだろうね……」
ターニャのため息交じりのかすれ声があたしの心をすりおろす。平和な世の中の、どこにも居場所が見つからない……それは、あたしも同じこと。
「あたしも、家にいてもやることなくてろくでもないこと思い出してばかりだし……」
ぼやくターニャの声が妙にザラつき反響する。ひび割れた音は、まるであの懐かしい壊れかけの通信機みたい。
「家を出たくたって、あたしらみたいな帰還兵はどこも雇ってくれないからね。特に女は」
声がぐわんぐわんといびつに響く。こんなのあたしの大好きな
い………………やっ…………んだ……
……虫の声?
な…………し…………え……い…………って……だ
いや、ぶつぶつ呟く人の声のような……?
「……な? ニーナ?」
けげんそうな女の……ターニャの声。ざらざらしたノイズが混ざってものすごく聞き取りにくい。
「あ、ごめん。ちょっとぼぅっとしちゃって」
慌てて答えるあたしの声もちょっとかすれている。
「だい……かい? ごめ…………こん……な…………て……」
電話に混じるノイズがどんどん酷くなって、ターニャの声がちゃんと聞き取れない。
ざわざわ、ざわざわ、耳障りな音が受話器からじわじわとにじみ出てくる。
お…………かぜ…………し…………ば…………だ
……こ……くれ……って
さ……うた……れ……しん……え
あたりでやかましく鳴いていた虫の声がぴたりと止んだ。
周囲からざわざわざわざわ、人の声が。
それだけじゃない。電話に混じってたノイズ、なんだか人の声みたい……?
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