こんな世界でも見つけたかった

いなり

第1話母との約束

 朝起きて、小さな部屋の窓から差し込む光に起こされるように目が覚める。カーテンを開けて、窓の外を見るといつも見えるこの光景。

「おはようございます、お母さま。」

 そこにあるのは小さなお墓で、毎朝挨拶をするのが日課となっている。

一日の中で、彼女が言葉を発するのは朝と夜、母親のお墓に挨拶をするときだけである。

 彼女の名前はアン・リュゼーヌ。グレンバール王国の第7皇女である。

 しかし、皇女とは名ばかりで、彼女は城の中で小さい部屋の中で過ごし、国民は愚か、城の人間ですら彼女のことを知らないものが多くいる。


 時は遡ること、20年前。グレンバールの城に旅芸人が来た。国民たちはその芸の華やかさにとても喜んでいた。国民の喜ぶ顔を一目見たいとブラッド王は街へ出向き旅芸人たちの芸をお忍びで見に行くことにした。

 普段から活気にあるこの国だが、まるでお祭りのようににぎわっている街並みに王はとても喜んでいた。

「王様、旅芸人を呼んだのは正解でしたな。」

「うむ、最近は隣国との緊張状態で国民たちに心配をかけていたからな。笑顔が戻って何よりだ。」

「そうですね。せっかくです、王も少し芸をみて心を休めてください。」

「そうするとしようか」

 大臣と笑いながら少しだけ旅芸人のほうに近づいた王たち。様々な芸をみて楽しいひと時を過ごした。

「そろそろ戻りましょうか。」

「そうだな・・・。」

 その時だった。一人の踊り子のダンスに王は魅了されたのだ。

 その美しいダンスに、今まで笑い声や歓声が響きわたっていた街の広場は一瞬にして静まり、彼女に全員が夢中になったのだった。帰ることを忘れ、王と大臣がただ彼女の踊りを静かに見ていた。

 あっという間にダンスは終わり、今まで誰も居なかったかのように静かだった広場で大喝采が起こった。彼女は少しだけ頬を赤らめたが、静かにお辞儀をしてその場を離れた。居ても立っても居られなず王は彼女を追いかけた。

「王‼お待ちください‼」

 そんな大臣の声など聞こえないとばかりにただ走り続けた。


 そこは街から少し離れた森の入り口だった。暗い道の中を慎重に歩いていると

バキッと枝が割れた。

「誰・・・?」

「・・・やっと見つけた」

「あなたは?」

「それは・・・」

 一国の王であるなどと口が裂けても言えないと思い焦っていると、ふと彼女の左足に目が行った。

「その足・・・。」

「ああ、昨日この街に来る途中で足をくじいてしまって。」

「そのような状態で踊っていたのか!?」

「ええ、だって皆さん楽しみにしてくださっていましたから。」

 そういって彼女は微笑んだ。

 とても足を怪我していたとは思えないほどの演技と、彼女のプロ意識に王は心を打たれたのだった。

「足を見せてくれ。」

「いけません!貴方のような高貴なお方に私のようなものが。」

「いいから!」

 半ば強引に彼女の足を自分の膝の上にのせ、怪我の様子をみた。

「こんなに腫れて・・・痛かっただろうに。だが礼を言わせてくれ。」

「え?」

「君の・・・君たちのおかげて国民たちの笑顔を見ることができた。私ではできないことだ。本当にありがとう。」

「あの・・・あなたは?」

「明日、城に来てくれないか?ちゃんとしたお礼がしたい。」

「そんな、私たちは仕事で来ているのです、お礼なんて。」

「私が君に会いたいのだ、それではだめだろうか?」

「・・・はい。」

「名前は?」

「ミシェル・アンネロッタです」

「ミシェルか、私はブラッド・リュゼーヌだ」


 次の日約束通り、ミシェルは城に行き、王からのお礼の言葉をいただいた。身分の違う二人だか、互いに強く惹かれあっていった。大臣たちからもちろん止められたが、ブラッドの気持ちは収まらなかったのだ。すでに正妻も側室もいた身であったが、ミシェルへの思いを消すことができなかったブラッドは大臣たちの反対を押し切ってミシェルを側室として迎え入れた。

 もともと平民の、旅芸人ということもあり、城内では快く受け入れるものはほとんどいなかった。側室や正妻たちからも嫌われいたミシェルだったが、持ち前の明るさで少しづつ城の人々に認めてもらうようになった。

 そんな二人の間に子どもができた。

「王様!可愛らしいお姫様ですよ。」

「おお、そうか!姫であったか!」

 二人はその子に”アン”と名付けた。


 幸せに暮らしていくはずだったのだ。


 アンが5歳の時だった。


「もう、長くはないかと・・・。」


 ミシェルは不治の病にかかった。


「何とか、何とかならないのか!?」

「やれるだけのことはすべてやったのですが。奥様は十分に頑張りました。もう楽にして差し上げましょう」


 闘病の末に痩せてしまい、以前のような明るく美しかった彼女の姿はもう見る影もなかった。


「アン・・・大事な話があるの。」

「何ですか?お母さま。」

「お母さんの話をよく聞いて。そして忘れないでね。」


ミシェルはか細い声でアンに話した。


 これから先、アンにとってとても辛くて悲しいことが沢山起こるかもしれない。くじけそうになることもあるかもしれない。逃げてしまいたいと思うかもしれない。でもね、自分に起こっていることを恨まないで。憎まないで。神様は越えられない試練は与えない。アンならきっと乗り越えられるとお母さんは信じている。そして、乗り越えたその先には、きっとあなたにとってとても大切で、美しくて、かけがえのないものに出会えるから・・・。それと、もう一つ、お父様のことを許してあげて。一緒にいてあげられなくてごめんね。あなたのことを愛しているわ・・・。


「お母さま・・・?」


ミシェルは静かに息を引き取った。


 王室内では葬儀が執り行われた。しかし、ミシェルはもともと平民の出なので、王室の墓に入れることは許されないと多くの大臣からの反発があった。ブラッドは必死に王室の墓に入れるよう努めたが、そもそも許されない恋をした二人。王室だけでなく国民からも大きな反対にあい、ミシェルの墓は城の外に作られることになった。


「こんなのひどい、お母さまのお墓がこんなに小さいなんて。」


 アンは泣きながら王に願い出たが


「そもそも平民の、しかも旅芸人ごとき女のために城に墓を作ること自体が間違っているというのに、なんて生意気なことを!」

「この汚い小娘をさっさと追い出しなさい!」


正妻や側室からの怒鳴られ案は追い出された。また、王室での決定に逆らったとして、アンは罰を受けることになった。


「王様。このようなことをいうのは心苦しいのですが、ミシェル様はいなくなった今、アン様の立場は危ういです。このままでは王室だけでなく、国民からも不振に思われてしまいますぞ。」

「・・・どうしろというのだ。」

「いっそのこと、アン様の存在は隠したほうがよろしいかと。」

「何だと!?」


 ミシェルの病気は発覚した時にすでに城内ではアンのことについての噂が広まっていた。王に見初められたミシェルはともかく、母を亡くしたアンはただの平民の娘だと。王族の血筋にまがい物がいるとなっては、国の恥であると。


 国から、王室から追い出せという声も上がっていたが、ブラッドはミシェルの忘れ形見であるアンを追い出すなんてことはできず、城内に存在を隠すことにした。


 部屋は城の端にある小さな部屋で、そこにはベッドと小さな机と椅子しかなく、とても王族がクラス部屋とは思えないほど質素なものだった。部屋から出ることは基本的には許されず、唯一許されるのはミシェルの墓に行くときのみ。


 彼女の存在は日に日に忘れられていった。


 そして、アン・リュゼーヌ。20歳の時。運命が多いく動いていく。




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こんな世界でも見つけたかった いなり @inari2477

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