第三部 逆襲篇

一三の扉 嵐の海に逃げろ!


 すさまじい嵐だった。

 見たことも聞いたこともないようなとんでもない嵐。

 まるで、洗濯機のなかに入れられてグルグル回転しているかのよう。それぐらいの激しさで雨が打ち付け、船が回転する。

 「帆を下げろ、碇を下ろせ、流されるな! こんな岩礁がんしょうだらけの群島域で流されたら、いつ木っ端微塵こっぱみじんになってもおかしくないぞ!」

 ダゴンの叫びが響き、決死の形相の海賊たちが甲板を走り回る。

 女神イスの神殿がある絶海の孤島。

 その島があるという大小様々な島や岩礁が並ぶ群島海域。そこに船が入り込んだ途端、このとんでもない嵐に見舞われた。

 おかげで海賊たちは皆てんやわんやだ。ダゴンでさえ、指揮に追われてボクたちのことを忘れているみたい。

 ――いましかかない!

 ボクはそう決意した。

 フィーユを連れてダゴンのもとから逃げ出すためには、いま、このときをおいて他にない!

 「フィーユ!」

 ボクは叫んだ。

 ダゴンや海賊たちの一瞬の隙を突いて、フィーユの体を抱えて海に飛び込んだ。嵐の吹き荒れるくらい海へと。


一四の扉 愛をぶつける


 ……ボクとフィーユはどこかの島へと流れ着いていた。

 ただでさえ洗濯機のなかみたいなとんでもない嵐の吹き荒れる海。そこを、人ひとりを抱えて泳ぐなんて自殺行為だ。どこかの島に流れ着く前にさっさと沈み、死んでしまうに決まっている。でも――。

 それは普通の人間の場合。

 ボクは普通じゃない。真人まさと美琴みこと、ふたりの力が掛け合わされた能力を持つ転生融合者。ボクのその力は嵐の海を乗り切り、見事にこの島へとたどり着いた。もっとも――。

 さすがにしばらくの間は何をする気にもなれなくて海岸に突っ伏していたけれど。

 不思議なことにこの島に流れ着いた途端、あれほど激しかった嵐はピタリと止んでいた。空には青空が広がり、小鳥の鳴き声が響き、気持ちのいい風が吹いている。

 「フィーユ」

 ボクはようやく起きあがった。

 鉛みたいに重い体を引きずって、隣にいるフィーユの顔をのぞき込んだ。フィーユはまだ意識を取り戻していない。海岸に寝そべったままだ。でも、ふっくらとふくらんだ胸は規則正しく上下に動いている。

 ――よかった。

 ボクは心から思った。ホッとした。その途端――。

 ドキリ、と、ボクの心臓が鳴った。

 安心したせいだろうか。

 ボクはフィーユのいまの姿に気が付いてしまった。ずぶ濡れになった薄物が体にピッタリと張りつき、全身の線が露わになったその姿が。

 ボクはその姿に釘付けになった。恐ろしい勢いでオスの本能が吹き荒れた。ボクの男の象徴はもういつ発射してもおかしくないほどに張り詰めていた。

 「……フィーユ」

 ボクは思わず腕を伸ばし、フィーユのふっくらとふくらんだ胸に手をかぶせた。

 ――柔らかい。

 そう思った。女の子の胸に触るなんてはじめての体験だった。真人だってキス止まりでそこまでしたことはなかった。

 ――フィーユ!

 もう我慢できない!

 ボクの体のなかでオスの本能が吹き荒れた。そのときだ。フィーユの目がはっきりと見開いた。

 その視線に射貫かれてボクは怯んだ。

 ――軽蔑けいべつされる!

 そう思った。恥ずかしくてフィーユのことを見ていられなかった。立ちあがり、逃げ出そうとした。ところが――。

 フィーユはボクの首筋に腕を伸ばし、しっかりと抱きかかえたのだ!

 「フィーユ!」

 ボクは思いきり叫び、フィーユの体にムチャクチャにしがみついた。そして――。

 ボクたちはケダモノのように激しく愛し合った。


一五の扉 孤島にて


 ボクたちはそれから毎日、愛し合った。

 深く、激しく、それこそ、ひとつに溶け合おうとするかのように。

 幸いなことに、この島には豊富な緑があった。木の実や果実はいくらでもあったし、海岸には水鳥、海に入れば魚や貝がたくさんいた。冒険者として経験を積んでいたおかげで狩猟・採集の技術も身につけていた。食べるものには困らなかった。

 その日も、ボクたちはさんざんに愛し合った後、焚き火を囲んで、焼いた魚と新鮮な果物の食事を取っていた。ボクはポツリと呟いた。

 「……これからどうしよう?」

 情けないことにボクにはこれからどうしたらいいのか、ちっともわからなかった。

 あのときはとにかく『ダゴンから逃れる!』という思いでいっぱいで、そのあとのことは全然考えていなかった。まさか、このままずっとこの島で暮らすわけにはいかないし……。

 「だいじょうぶよ」

 ボクの内心を察したようにフィーユが言った。

 「ダゴンがわたしをあきらめるわけがない。今頃、部下を総出で探させているわ。小舟に分けて、この辺りの島をしらみつぶしにね」

 「でも、ダゴンの船だってあの嵐で沈んだかも……」

 「ダゴンは海の生き物の首魁しゅかいよ。海で死んだりしないわ」

 なるほど。そうかも知れない。ボクは前に見たあの不気味な生き物――深きものども――のおぞましい姿を思い出し、ブルッと身を震わせた。

 フィーユはつづけた。

 「何日かすればダゴンの手下がわたしたちを探してこの島へとやってくる。そいつらを倒して船を奪い、イスさまの神殿の島へ向かえばいいのよ。イスさまに出会えさえすれば、ダゴンも何もできなくなるわ」

 なるほど。たしかにその通りかも知れない。

 ダゴンはともかく、その配下の海賊たちは操られているだけのただの人間だ。ただの人間なら倒せる。僕は自信を込めてその時を待った。


一六の扉 いざ、出航!


 そして、数日後。

 フィーユの言ったとおり、小舟に乗った海賊たちがこの島へとやってきた。

 ボクは海賊たちを一瞬で打ち倒し、船を奪った。ボクの転生融合者としての能力を考えれば当たり前の結果。でも、それだけじゃない。

 ――ボクは強くなっている。

 そう実感できた。

 フィーユと愛し合いながらも空手の稽古だけは怠らなかった。その成果だ。真人と美琴の能力の掛け合わせは稽古についても及ぶのか、ボクはわずかな間にとんでもなく腕をあげていた。

 ――もうダゴンにだって負けない。今度は勝つ。

 ボクはそう誓った。

 ボクとフィーユは小舟に乗って海に乗り出した。海賊たちをこの島に残していくのは心が痛んだ。ダゴンの部下と言ってもただの操られた人間なのだ。もし、この島で死んでしまったら……。

 そうも思ったけど、いまのボクにそこまで気にしている余裕はない。ボク自身と、なによりもフィーユのことで手一杯なのだ。ボクたちだってこの島で暮らせたんだからあの海賊たちだって何とか生きていくだろう。多分。

 「でも……」

 ボクは小舟をこぎながら言った。

 「こんな小舟で大丈夫かな? また、あんな嵐に巻き込まれたら……」

 「あの嵐は資格のないものが無理やりこの海域に踏み込んだからよ。イスさまの神殿の島を守る防御機構が働いた結果。巫女であるわたしが先導すればあんな事にはならないわ」

 なるほど。この島に着いた途端、嵐が収まっていたのもそう言う訳だったのか。

「よし、いこう、フィーユ!」

 「ええ」

 船の舳先へさきに立ち、遙か彼方を見据えるフィーユを見つめながら、ボクは力の限り船をこぎはじめた。


一七の扉 神殿の島へ


 「あれがイスさまの神殿の島よ」

 水平線の向こうにほのかに見える島。その島を指さしてフィーユは言った。

 「よし、行こう!」

 ボクはそう言って船をこぐ腕に力を込めた。


一八の扉 追ってくるものたち


 ボクたちはイスの神殿の島へと上陸した。

 フィーユの言ったとおり、ここに来るまでに海が荒れる様子はなく、穏やかなものだった。ボクは島を見回した。

 「とくにかわった様子はないようだけど……」

 「イスさまの神殿は島の奥、森のなかに建てられた半地下の建物よ。ここからでは影も見えないわ」

 「なるほどね。うまく隠されているわけだ。それじゃ……」

 行くとしよう。

 ボクがそう言いかけたときだ。海の方を振り向いたフィーユの顔色がかわった。

 「どう……」

 したの?

 そう言いかけたボクの声がとまった。フィーユの視線の先、そこにやつがいた。海賊ダゴン。その船が……。

 「ダゴンの船! なんであいつらがここに……」

 つけられた?

 でも、どうやって?

 フィーユはボクたちの乗ってきた船には何の仕掛けもないって言っていたのに……。

 「見て!」

 フィーユが鋭い声をあげた。

 言われるまでもなくボクも気が付いていた。重々しい水の音を立てて世にもおぞましい生き物が海のなかから這い上がってくる様に。

 魚のような頭と両生類みたいな体つきの怪物。

 深きものども。

 「……ダゴンのやつ、人間の部下だけじゃなく、深きものどもにも探させていたんだわ。きっと、深きものどもを海中に放って、わたしたちを追わせていたのよ」

 「そんな……どうしよう、フィーユ、このままじゃ」

 ボクは情けないことに震えた声を出した。

 ボクはたしかに強い。でも、相手は人間じゃない。怪物だ。しかも、こんなにたくさん!

 こんなたくさんの怪物、いくら何でも相手にしきれない!

 「走って!」

 フィーユが鋭く言った。

 「イスさまの神殿に急いで! 捕まる前にイスさまに出会う。それしかないわ!」

 「わかった!」

 フィーユがそう言うならボクに迷いはない。ボクはフィーユを抱きかかえた。お姫さま抱っこの形になって駆け出した。

 「ちょっ、ちょっと……!」

 フィーユが真っ赤になって叫んだ。

 「こういうことは任せて! こっちの方が速いよ!」

 ボクは島の奥めがけて全力で走り出した。

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