第二部 決意篇
七の扉 海賊の頭と殺人少女
甲板で騒ぎが起こった。
ボクは思わず駆けつけていた。そして、見たものは――。
海賊の
一体、何があったのかはすぐに見当が付いた。
女の子の右手には大振りなナイフが握られていた。
そして、その目。海賊の頭を睨むその目には直視しがたいほどの激しい怒りと憎悪がたぎっていた。
――あんな清楚で気品あふれる女の子があんな目をするなんて。
そう思い、ゾクリとするものが背筋を駆けのぼるほどの視線だった。
女の子がナイフを手に海賊の頭を殺そうとし、果たせず、逆に手下に取り押さえられた。
それにちがいなかった。
――なんてことするんだ。
ボクは海賊の頭にボコボコにされたときの恐怖を感じながら思った。
――あんな化け物に挑むなんて……殺されちゃう!
ボクは心に思った。でも――。
海賊の頭の態度は意外なものだった。
忌々しそうに舌打ちこそしたものの、女の子を傷つけようとはせず、こう言ったのだ。
「そいつを船倉に閉じ込めておけ。勝手に出てこれないようにな。ただし、ひとつたりと傷は付けるんじゃねえぞ。おい、お前!」
ボクに気が付いた海賊の頭が、ボクに向かって怒鳴った。
「今日からこいつはお前と船倉仲間だ。しっかり、見張っとけ。二度とこんな真似をしでかさないようにな」
八の扉 イスの巫女フィーユ
「わたしは女神イスさまに仕える巫女よ」
ボクと一緒に閉じ込められた船倉で、女の子はそう言った。
――女神に仕える巫女。
清楚で、気品があって、巫女装束が似合いの女の子だとは思ったけど、本物の巫女だったんだ。
ボクは思わず憧れの目でかの人を見つめていた。
「わたしの村は深い森に囲まれた静かな村だった。イスさまに仕え、日々を感謝する。それ以外、なにも知らない村だった。そこへいきなり、あの男、あの海賊ダゴンが襲ってきたのよ。神殿の島にあるイスさまの神殿に入り、イスさまの力を自分のものとするために。神殿の島にたどり着くためにはイスさまの巫女たるわたしの力が必要だから。
ダゴンと手下たちは一斉に村を襲ったわ。神に仕え、讃える以外、なにも知らない人たち。村の人たちは瞬く間に殺され、わたしひとりが生き残った……」
「……それで、さらわれたんだね」
ボクは同情を込めて言った。でも――。
キッ、と、かの
「わたしはさらわれたんじゃないわ。自分から付いてきたのよ。あの男を殺し、村の人たちの仇を取るためにね」
「あ、あの男を殺す……⁉ あの海賊の頭を? 無理だよ、できっこないよ、そんなの……」
ボクは海賊の頭――ダゴンにぶちのめされたときのことを思い出した。ダゴンの強さはものがちがった。思い出すといまでも顔が青くなり、体が震え――失禁してしまいそうになる。
でも、かの人はきっぱりと言った。
「殺せるわよ」
「殺せるって……」
「ダゴンはわたしを傷つけることはできない。神殿の島にたどり着くためには無傷の巫女が必要だから。でも、わたしはダゴンを殺せる。だったら、いつかは殺せる。必ずね」
その言葉に――。
ゾクリ、と、ボクの背筋を得体の知れないものが這い上った。
「あ、あの……」
「名前を……教えてもらえる? ボクは
「……フィーユ」
九の扉 執念のフィーユと覚醒する真琴
フィーユはそれからもダゴンの生命を狙いつづけた。
さすがにダゴンも辟易したんだろう。縛り上げておくように命令した。でも――。
腕を縛られれば足で、足も縛られれば口に刃物をくわえて、フィーユはダゴンを殺そうとした。
その執念は見ていて怖いほどのものだった。
でも、同時にこうも思った。
――恥ずかしい。
フィーユは村の人たちの仇を取るために何度でも挑んでいる。それなのに、ボクときたら、一度やられただけですっかり怯え、歯向かう気力までもなくしていた。
こんなことではいけない。
このままではとても、かの人に釣り合う存在ではいられない。
もう一度、もう一度、戦うんだ。
そして、今度こそダゴンを倒す。フィーユのために。
ボクはそう決意した。
考えてみれば
それじゃ負けて当たり前だ。
ボクは海賊たちに奴隷として使われる合間を縫って必死に空手の稽古を繰り返した。
一〇の扉 恋がはじまる
ボクはフィーユの世話係としての役目を与えられていた。船のなかでフィーユ以外に女(に見えるの)はボクだけだったからだ。
毎日まいにちフィーユと接するうちに、ボクはかの人に対してドギマギしている自分に気付いた。もちろん、そのドギマギの正体はわかっている。
真人だって、美琴だって、その思いは経験積みだ。
だから、わかる。
恋。
そう。これは恋だ。
ボクはフィーユ恋をしていた。
――そんな。どうして。ボクはたしかに両性具有だけど見た目も、性格も美琴寄りだし、何となく『両性具有の女の子』と思っていたのに。
もしかしたらその分、本能の部分では真人寄りだったのだろうか。ともかく――。
ボクはフィーユに恋していた。
一一の扉 フィーユが愛しすぎて生きるのが辛い
それからもボクは毎日まいにちフィーユの世話をした。
フィーユは巫女さまだけあって他人の世話になるのに慣れているらしい。警戒ひとつせずにボクに身の回りの世話すべてを任せている。その無防備な仕種に――。
ボクのドギマギは募るばかりだった。いつの間にか――。
ボクはフィーユと過ごすのが辛くなっていた。
一二の扉 邪悪なる種族
「な、なに、あれ⁉」
ボクは恐怖と、それを上回る嫌悪のために後ずさった。
それぐらい、船へとやってきたのはおぞましい存在だった。
それは暗い嵐の夜だった。空全体が鉛色の重苦しい闇に閉ざされ、雷鳴が鳴り響き、横殴りの雨が叩きつける。そんななか、海のなかからやってきたんだ。あいつらが。
船にかけられた縄ばしごを伝って昇ってくるそいつらを見たとき、ボクは吐き気を覚えた。それぐらい、気味の悪い連中だった。
魚みたいな頭部、両生類みたいな体型、お腹は白く、全体的に灰色がかった緑色をしている。生臭い、というただそれだけでは表現しきれない異様な悪臭を放っている。
そんな連中の訪れを、ダゴンは喜色満面で出迎えている。
――こんな不気味な生き物、いるわけない!
ボクは思わず心のなかで叫んでいた。
そんなボクに向かい、フィーユは言った。
「深きものども」
「えっ?」
「深淵より来たる存在。イスさまと敵対する邪悪なる種族。そして――ダゴンの本当の手下」
「ほ、本当の手下って……」
「この船に乗っている海賊は操られているだけの人間よ。あの、おぞましい生き物こそがダゴンの本当の手下。ダゴンはあの連中の頭領なの」
深きものどもが船の上に運び込こんできたものを見て、ボクは今度こそ吐いた。連中が運び込み、船の上に山と積んだもの。それは――。
ブクブクにふくれ、腐りはてた人間の溺死体だった!
「深きものどもは人間を食らう。そのなかでもダゴンは、腐った溺死体を好んで食べる。ダゴンのために人間を溺死させ、腐った頃に運んでくるのが深きものどもの役目」
「な、なんで……! なんであんな連中がいるのさ⁉」
「もちろん、この世界の存在ではないわ。まったく別の世界、おぞましい異世界からやってくる邪悪の存在。やつらがこの世界に侵入してこないように結界を張るのがイスさまの役目。でも……」
「でも……?」
「イスさまの力が衰えはじめている。このままでは邪悪なる種族が大挙して押し寄せてくることになるわ」
「そんな!」
「だから、わたしはイスさまの神殿に行かなければいけない。イスさまの力を蘇らせ、やつらの侵入を防ぐために」
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