第二章 いろは村と鬼ヶ島 4

傀暦かいれき百二九年六月四日>

 私は以前にも増して図書館に通い詰めた。今までよりも更に経済学、政治学についての知見を深めた。膨大な文献や資料を読み込み、自らの考えや学んだことを書き記した筆記帳は八冊になっていた。

 犬助も猿彦もキジ尾も仕事をしつつも政治、経済、法律など色々なことを学んだ。私も犬助、猿彦、キジ尾に教えることによって、どうすれば物事を分かりやすく伝えることが出来るか、教えることが出来るかを学ぶことが出来た。他の者に教えるということは、自らも学ぶことが多いことを知った。

 そして現在のこの社会を覆っている、資本主義という経済体制下ではやはり綻びがあることに気付いた。合理的に見えるがその合理性は感情に即した合理性であって、理性に即した合理性ではないことに思い至っていた。

 研究に研究を重ね熟考し続けた結果、新たな思想、思想形態イデオロギーを私は思いついた。独学で独自に思いついたその考えは、私有財産を撤廃し資産の共有を行い、生産手段も社会の共有物とすることによって搾取や階級闘争のない社会を目指す考えであった。

 それは、みんなで業を行うから「共産」と命名した。その共産という言葉、機構システムや体制について犬助、猿彦、キジ尾に伝えると大いに同意を得られた。


「桃太郎さん、凄い良いですよ。その共産というのは。全ての者が平等になれるんですね?」


 キジ尾はその共産という考え方に驚きつつも、喜んでくれた。


「私有財産の撤廃をすることによって、物はみんなの共有財産となり、全ての者が平等な共同体となるんだ。そして、全ての企業を公有企業として市場の需要と供給を全部管理するから、失業率は0となるのさ」


「その考えは素晴らしいです。誰もが職を失うことなく、仕事を続けられるというのはとても良い考え方だと思います」


 同じく賛成してくれる犬助。感謝の言葉を伝え、更にみんなに説明を続けた。


「経済発展を自然成長的に行わずに政府、評議会の制御のもとに行うんだ。計画的に管理と運営を行い、生産手段を公有化する。全てを集権的な中央計画の制御下に置くんだ。そして計画的制御を行うことによって、それらの全機構が中央計画に従って運営出来るわけさ。つまり、社会そのものが一つの工場のようなものになるんだ」


 私の説明を一通り聞き終えると、猿彦は眉根を寄せながら首を傾げた。


「その計画的な管理っていうのがちょっと分からないんだけど、計画的制御を行うことによってなんで上手くいくの? 今の経済体制とどう違うのか俺にはいまいち理解出来ないんだが……」


 猿彦の疑問へと回答するため、私は例え話を始めた。


「言葉だけでは確かに分かりづらいよね。例えて言うと、ある一の畑では収穫量が十であった。別の二の畑では収穫量が四十あった。次の収穫期までに暮らすには二十の収穫量が必要だとすると一の畑の者たちはどうなるかな?」

「そりゃ十しかないんだから暮らせなくなるね」

「そうなんだ。今の経済体制、資本主義下ではそのまま貧しくなり、飢えてしまう。新しい働き口を探していくことになるだろう?」

「うんうん」

「けれど生産手段の公有化と計画的制御、つまり政府が計画経済を行うことによって変わるんだ。全ての収穫量を一度、政府が集めてそこから再分配するんだ。つまり一の畑で足りなかった十の量を二の畑からもらえるんだ」

「成るほど。政府が集積を一度行い、その後公平に分けるのか」

「そうだよ。そして余った分はまた他の足りない畑の者たちにも分けられることが出来るし、次の収穫期までに貯蔵も出来るのさ」

「そういうことか! それなら確かにみんな平等になれるな!」

「ちょっと極端な例えかもしれないけれど、印象としてはそんな感じなんだよ」


 猿彦は納得だと腕を組み頭を上下に動かした。猿彦だけでなく犬助もキジ尾も熱心に頷いていた。


「そして給与は労働量に関係なく、みんな一律の対価で支払われるんだ。所得格差も経済格差も生まれない社会さ。貨幣の流通を必要最低限にして、給与も現物支給を基本とするんだ。必要に応じて給与の一部を貨幣に変え、必要な物と交換する。各人はその能力に応じて、各人にはその必要に応じて、ってわけさ」


 私は新たな共産という経済体制について語り続けた。

 共産という考え、思想を伝えていく中で言葉は「共産主義」という用語に定着していった。


「この共産主義という思想については、広くみんなにも知ってもらおうと思うんだ。共産主義という考えを分かりやすく本にまとめ、出版するつもりさ!」

「出版社は本を売り出してくれるかな?」


 キジ尾は純粋な疑問を口にした。


「最初は自費出版するつもりさ。百冊ほど自費出版で売り出すよ。本が売れ出したら出版社にお願いして沢山印刷して売ってもらうのさ。ある程度お金が出来てきたら、新聞で広告も出して、そしてラジオで本の内容について放送もしようと思うんだ。本を買えな方も、本を読まない方も、そもそも文字を読めない方もいるからね。ラジオ放送で言葉を伝えるんだ。まあ、本が売れなかったら地道に街頭演説でもする予定さ」


 みんなの表情を見れば、明るく英気に満ちていた。


「僕も職場のみんなに共産主義について考えを広めるよ。みんな興味を持って聞いてくれると思うんだ」


 犬助の言葉に続き、猿彦もキジ尾も職場でみんなに考えを広めると言ってくれる。


「本当にありがとう。そして支持が大きくなったら、評議会に立候補することを宣言し選挙に参加しよう。そして、みんなで当選するんだ!」


 各々、互いの顔を見合って頷く。私たちなら成し遂げることが出来る、と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る