第十話 事件の後始末
「昨日は良くやってくれた。」
「はい。」
私は、何とか気持ちを落ち着けて事務所に向かうと、ダンジョンは閉鎖されており、すぐに会議室に通された。会議室に佇んでいた一人の初老の紳士が、私が来ると私に頭を下げた。
「お祖父様、先に挨拶を。」
その声の主を見ると、義仁殿下だった。
「殿下。」
「咲夜さん。この爺さんは、私の祖父、聖護院宮勇仁親王。当宮家の当主にして、内務大臣です。」
「はい。ニュースでご尊顔とお名前は。」
そう、その紳士は帝国内務大臣聖護院宮勇仁親王。第3位の宮家当主であり、内務大臣の職についている。内務大臣は、初代大久保利通から、続く帝国の内閣副総理格のポストであり、地方行財政・警察・土木・衛生・宗教等を掌管する内務省の長。毎日ニュースに出てくる超VIPである。
「咲夜さん。ご存じの通り、私は内務大臣、特に華族の管理をしている関係上、貴方の事情もよく知っている。その上で、咲夜さんと呼ばせてもらうが、本当に孫の命を守ってくれてありがとう。今回の首謀者については、捜査が始まったばかりだが、当然相応の対応をさせてもらう予定だ。今わかっている事は、直人君に説明してある。彼から説明してもらうといい。」
「はい。」
私には、はいと言うしかない。
「私がきたのは4点ある。1点目は、孫を守ってもらったことを当主として、それ以上に祖父として直接感謝させて貰いたかった。2点目は、お願いだ。この事は他言無用にお願いする。今は君は軍属扱いだが、学生の身分としての形式的な部分が大きい。色々なしがらみがあり、公表出来ないことが多い。わかって欲しい。」
「はい。わかりました。殿下もご存じのとおり、私もわきまえておりますので。」
私にとって、拒否することはできない。その選択肢はないから・・・。
「ありがとう。3点目だが、褒賞だ。他言無用にしている中なので、式典等はできないが、その分しっかりとした褒賞をさせてもらう。近衛二等兵。学院一学期終業式をもってその時の階級に関係なく二階級特進とする。また、中学課程終了時に、その時の階級に関係なく更に二階級特進させることとする。特進については、規則上秘匿情報とし、特進時に開示されるものとする。」
「は?ありがとうございます。」
何を言っているんだろう?通常、1年で一階級昇進がベストと聞いたことがある。二階級で上等兵だ。その二階級上は、伍長になる。中学卒業、高校卒業でそれぞれ一階級づつ昇進するから、学院卒業時点で曹長。学院卒業時の魔導武士科生徒の平均水準となる。そんなことありえるんだろうか?流石の権力と思いたい位だ。うちの祖父でも、こんな無理押しは出来ないだろう。私はどうしても大学を卒業し、華族の地位に残るのが母や、祖父母への恩返しと思っている。それには、大きなプラスになる。ありがたく受け取っておこう。
「すまぬな。顕著な実績であっても一つの実績に対したは最高二階級と決まっていてな。今上げると色々憶測を呼ぶから一学期終業式とさせてもらった。孫と、孫の婚約者、四条の孫の救出については、別計算で1階級づつだが、中学卒業時点でもう一階級上がるゆえ、最低限軍曹は確保出来る。曹官であれば、高校年次から加えられる肉体労働的な軍務は回避できよう。」
「ありがとうございます。」
そういう意図だったのか・・・。肉体労働を避けられるのは感謝しないといけない。
「4点目はな、当家としての感謝の意だ。現金は・・・。おぬしの祖父や叔父に頼めば何とかなるだろう。それより、当家が正式に後見に着こう。おぬしの祖父が色々難しい部分も、当家なら理由は分かりやすい。公にしなくても、おぬしが孫を助けたことを関係者は知っているしな。何かあれば当家を頼ってくれ。」
「わかりました。色々お気遣いいただきありがとうございます。」
聖護院宮家が後見。通常あり得ない褒美。男爵レベルの後見があれば、大抵のことで苦労することはないと言われている。宮家、それも聖護院宮家となると、上級華族だけでなく、他の宮家でも軽々に喧嘩を売れない、最高のお守りといえよう。
「それとな、これは、」
ドンドンドン
勇仁殿下の話の最中、扉を叩く音が響いた。
「入れ。」
「はっ。」
勇仁殿下の指示で、兵士が入ってきて、勇仁殿下と、義仁殿下に耳打ちをした。それを聞いた義仁殿下は、膝から崩れ落ち、声を出して泣き始めた。勇仁殿下は、義仁殿下を抱きしめ、義仁殿下は、勇仁殿下の胸で泣き続けた。勇仁殿下は、こちらを向き、すまなさそうな顔をした。
「咲夜さん。すまないが、外してくれんか。直人君を通して連絡させてもらう。」
「はっ。」
そういって、私は部屋を出ていった。何があったか分からないが、大変なことが起きたんだと直感で思った。外に出ると、玲子さんと、直人さんが外で待っていた。玲子さんと、直人さんが笑顔で。私は、その瞬間震え出し、目からツーっと涙が流れた。先程の緊張感からの解放で、昨日の恐怖心が蘇り、薄氷の上で落ち着てけていた気持ちが崩れ、あふれ出してきた。
「玲子さん、直人さん・・・。」
「私、わたし」
玲子さんは、私をぎゅっと抱きしめてくれた。私は震えながら涙を流し続けた。声を出さずに、体を震わしながら。
「直人は、殿下のところに」
「はい。」
直人さんは、会議室に入っていき、私が落ち着くまで玲子さんはぎゅっと抱きしめくれた。
「咲夜ちゃん。頑張ったね。もう大丈夫かな?」
「はい。玲子さん。」
私の答えに、玲子さんが満面の笑みを浮かべてくれた。
「私たちの寮に戻ろうか。」
「はい。」
そうして、私たちは寮に戻った。帰る途中、玲子さんは私の手を握り、私の話をただ頷き、受け入れてくれた。初めて人を殺してしまったこと。死ぬかもしれない恐怖。私が逃避行で味わった恐怖とまた別の、自分の力で解決しないといけない。人の命を預かった恐怖もすべて受け止めてくれた。寮に帰ると武人叔父様が待っていた。
「大丈夫か?咲夜さん。」
その声掛けに、玲子さんが噛みついた。
「お父様、大丈夫なわけないでしょう?バカですの?人の気持ちを忘れてきたの?ダメ親。毒親。屑親。」
武人叔父様がタジタジになっていると、私は何だか笑える様に思えて、クスリと笑ってしまった。
「咲夜ちゃん」
「す、すみません。いい親子だなと・・・。」
「咲夜ちゃん」
そういって、また玲子さんがぎゅーっと抱きしめてくれた。
「七重さんに料理も用意してもらっている。中に入ろうか。」
そう言って、食堂に向かい、智人さんも合流し、食事後今回の事件のあらましを武人叔父様が説明してくれた。
叔父様曰く、この事件は、信仁殿下、二条涼子、四条恵子、佐竹義彦、織田長道、千家尊野のパーティートレーニングを狙ったテロ事件。入学を控えたトレーニング兼レベリングで、一般のダンジョンを使ってのトレーニングの為、各家から護衛を出し総50人を超えたパーティで5階に潜っていた。5階の所謂セーフティーエリアで食事を取っていた時に、黒装束約60人の襲撃を受けた。本来ダンジョンの出入りは、映像、IDデータで記録されているが、記録にその60人は残っていない。代わりに、二日前の出入口を担当していた兵士の消息が不明になっている。その兵士はシングルファーザーで、四日前から娘さんが小学校を休んでおり、その兵士が担当している時の映像記録が改竄されており、オリジナルデータ残っていなかった。当たり前だが簡単に改竄できるシステムにはなっておらず、大規模な技術者組織の関与も疑われている。現在、憲兵隊と、軍務省監察部が珍しく共同して捜査に当たっている。
襲撃を受けて以降のことは、殿下と、伊達宗道、甲斐和尚、後、ダンジョン内で生き残った織田長道の護衛の一人と、聖護院宮家のポーター一人の5人の証言をまとめたものだ。恵子さんは、四条公爵がダンジョン脱出後、知らせを聞いてすぐに迎えに来て、そのまま邸宅で休養させており、軍のヒアリングについては、落ち着くまで待つように言っているらしい。伊達宗道、甲斐和尚ともに、四条公爵が愛娘の為に付けた護衛であり、二人に証言させていることから、軍も恵子さんのヒアリングは、さして重要視していない。証言によると以下の通りだ。襲撃を受ける直前。食事を終えた聖護院宮家の一部、四条家の一部、佐竹家、織田家、千家の護衛達が急に体調を崩し倒れる者も出た。二条家と四条家の一部の護衛以外が同じ食事をとっており、食事に毒が入っていたようだった。二条家は、二条家の規則でダンジョンでの食事は全て携帯食にしていた。殿下達パーティーもトレーニングの一環として携帯食にしていたので、それに揃えていたが、子供達が携帯食なのに、別に料理を作って食事をとっている者達の気が知れんと、聖護院宮家や四条家が雇った伊達宗道、甲斐和尚達外部の精鋭達も携帯食にしていた。襲撃を受けたタイミングで、既に戦力は二条家の10人と、聖護院宮家の3人、四条家の5人の計18人。二条家の護衛隊長である、倉敷三郎太が、指揮官となり、二条恵子を聖護院宮家の護衛に託して、二条家が殿を務め、血路を開き、パーティや聖護院宮家、四条家の護衛達を逃した。60対10でも、二条家の護衛達は命を賭して戦い、後に確認した戦場では、二条家を、含むその場にいた護衛とポーター72人と、黒装束60人の死体が発見された。その場に、生き残っていたのは、後から追加物資を持ってきた織田家の護衛とポーターだけで、到着直後、倉敷三郎太の自爆により瀕死で唯一生き残った黒装束を拘束し、応急治療をし、現場を残す為ポーターに監視させ、魔物を倒していたが、捜索の兵士達に黒装束を渡した時には、応急治療では、命を繋ぐことが出来ず、死んでしまっていた。今、全黒装束のDNA検査中だが、いくつかの犯罪組織から集められた雇われ暗殺者だったみたいだ。
まあ、それで終われば最悪良かった。逃げ延びた殿下達が4階に上がった時に第二の襲撃が起きた。魔物達を連れた黒装束10人が襲ってきたんだ。護衛達が6人を守ろうと陣形を組んだ瞬間、聖護院宮家の護衛の1人が急に他の護衛を襲い、護衛2人を次々と殺した。この混乱の中、黒装束達は、襲い掛かり、伊達宗道が護衛していた信仁殿下と、甲斐和尚が護衛していた四条恵子さんを残して惨殺した。みんなが死を覚悟した瞬間、死にかけた聖護院宮家の護衛である、柳生清蔵が黒装束や魔物を巻き込んで自爆し、その隙をついて、伊達宗道と甲斐和尚が信仁殿下と、四条恵子さんを背負い逃げ延びた。二人とも子供を背負いながら走り続けたが、1階に上がったところで追いつかれた。それ以降は、君が見た通りだ。ちなみに、裏切った聖護院宮家の護衛は、帝国陸軍より道案内として派遣された藤堂長門大尉。大陸北部の地方軍で出世し、帝国軍務省に栄転し、警備部に配属された新鋭で、背景調査が始められているが、まだわかっていない。
わかっていると思うが、二条涼子さんは、義仁殿下の許嫁だ。政略結婚だが、昔から仲が良かったから選ばれたと言われている。義仁殿下は辛いだろうが、気を使って欲しい。
とのことだった。
「で、玲子。」
「はっはいお父様。」
説明に続いて、叔父様は、玲子さんに詰問を始めた。
「お前は、咲夜さんに何を持たせたんだ?」
「はぃ?どういうことで?いや・・・。あの・・・。」
焦りまくっている玲子さんに、叔父様は厳しい顔を崩さない。ダメ親。毒親。屑親。と言われたのを根に持っているのかと思うほどだった・・・。思ってないよね。
「あの?」
「ごめんなさい。色々な武器を勝手に持たせました。」
「色々な武器?」
「私の弓や、矢や、銃や・・・・。」
「私も報告を受けていない、特殊な銃を持たせたんだよね・・・。」
「えっ?」
叔父様の詰問で、話している玲子さんも、特殊な銃と聞いて止まった。
「お父様。銃は、藤子伯母様の銃だけですわ。」
「藤子さんの銃か?それでは、単なる拳銃にしかならんだろう?弾丸は?」
「そんなの渡してませんわ。」
「なに?」
そういうと、二人は私を見つめた。
「あの、銃の弾として魔石を取り込ませたら、強力な銃になっちゃって・・・。ってあの銃、母の?」
「あの銃は、藤子叔母様が結婚時に、公爵様にお預けになったもので、公爵様よりお預かりして、あなたに渡したの。」
「そうですの。それより、魔石って・・・」
そういって、私は、1時間ほどみっちり叔父様と、玲子さんに魔石を飲み込ませた銃の話や、何故か魔物が逆らった話をした。魔物が逆らった点については、黒装束達の何人かが死んだ時点で、魔法的拘束が解かれ、恨む黒装束達を襲ったのではないかということになり、魔石については後日色々な実験を行うことになった。
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直人「殿下、大丈夫でないのは分かってますが、大丈夫ですか?」
義仁「直人、お前は・・・。」
直人「お気を悪くされたら大変申し訳ございませんが、殿下は宮家。我が公爵家を含め、常に狙われる立場にございます。」
義仁「そうだがな、だがな。」
直人「心の整理がすぐにつかないのは理解しますが、最終的には出てきていかなければなりません。」
義仁「そうか、そうだな。そういえば、咲夜さんには、弟が世話になったな。」
直人「咲夜さんがいたから何とかでしょうけど、普通の学生兵では、無理だったでしょうね。」
義仁「そうだな、直人、お前は彼女に勝てるか?」
直人「魔力やレベルアップ恩恵のおかげで何とか、自力では無理でしょうね。どうやっても。多分、1,2年生の9割は相手にならないと思いますよ。咲夜さんが本気でやることはないでしょうけど。」
義仁「そうか、史上最年少の皆伝。しかも、近衛流。末恐ろしい限りだ。無能なのが惜しい限りだ。」
直人「無能・・・。神の手と、戦闘中にあった、魔物を懐かせる能力。共に使いこなせるものであれば、魔導武士科の生徒でも、相手にならないでしょうね。我々のパーティーに入れますか。」
義仁「そうか・・・。考えておこう。」
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