第三話 近衛館

 一人、学院の奥にある広大な森。武道場の隣をまっすぐ進んでいくとあり、その森の中を潜っていくと、ポツン、いや、ドンとした館が一軒建っていた。堀と塀に囲まれ、250年の趣を感じさせる建物で、正面の館と2つの正面の館より大きな館、他に7棟ほどの2階建ての建物が建っていた。


 館の前でベルを鳴らすと


 ビンポーン


「はーい。」


 そう言って、足音が聞こえて扉が開かれた。


「おかえりなさいませ、お嬢様。」

「やっぱり、七緒さんね。」

「はい。お嬢様の事は、藤子様から頼まれてますから。」


 そう、彼女は、九重七緒さん。亡くなった母専属の戦闘メイドで、母が亡くなって以来、北京の館で唯一私を守ってくれた人だ。母が亡くなった時に、護衛して一緒に亡くなった九重八雲さんの奥さんで、私が北京から東京にくる時に、お子さんと共に一緒に東京まで私を護衛してくれた。その後、そのまま祖父母の館に転がり込んで、私の面倒を見ていてくれた。


「で、十弥君は?」

「あの子は、ギリギリ入れた口だから、何処かの寮に入っているんじゃ無い?」

「そうよね。」


 九重十弥君は、七緒さんの一人息子で、私と一緒に魔導科学科に下から二番目の成績で入った。魔力もそこそこあり、剣術も習っているが、本格的にやったのが東京に来てからなので、何とか合格出来た感じだ。新宿七小の奇跡と言われている。私は魔力が無くても余裕で受かったんですが、私はなぜか受かって当然という印象だったらしい。死ぬほど頑張ったんですけど~。


「七瀬さん。私1人相手でつまらないかも知れませんが、よろしくお願いします。」

「いえいえ、大旦那様からも、お嬢様のことはしっかり面倒見るように言われておりますし、お給金も頂いておりますので。」

「でも、七瀬さん。十弥君が学院に入ったら、ベーシックインカムと、遺族年金で、悠々自適な生活出来るんじゃ無いの?」


 そう、魔導工学と、魔導AIにより、生産に必要な人口が減少している。税制は、ベーシックインカムが整備され、学生の私でも誰でも全ての人が最低限の生活が可能な給付金を貰っている。七瀬さんは加えて亡くなった旦那さんの遺族年金があり、充分な生活可能なお金をもらっている筈だ。高負担高福祉それが、常戦時下にある帝国が取った政策で、安心して生きる環境を整備することで、命をかけてクリエイティブな事業を生み、世界最高の経済国家となった。


「そうですが、お嬢様は、私の姪みたいなものですから、うちのバカ息子と違って・・・」


 七瀬さんは、家事全般をパーフェクトに熟すが、きわめて話が長いので、すぐに遮るに限るので


「七瀬さん。ありがとうございます。」

「お嬢様。」


 七瀬さんは、話を遮り、一瞬ムッとしたが、ふと思いついた顔をして、私に向かって微笑んだ。


「お嬢様。本家から出たのですから、お嬢様のお好きな料理をお作りしますね。本家は日本料理ばかりでしたから、久しぶりに大陸料理をお作りします。」

「七瀬さん。」


 私は、七瀬さんに館を案内してもらい、私の部屋に通された。学生用の部屋は居住用の館にそれぞれ120室程あったが、私は、その中でも、近衛家直系用の5LDの部屋を貰った。5LDってって感じだが、実際には1人で住んでいるので、館全て使い放題だった。

 私の荷物は全て七瀬さんが収納してくれており、部屋の冷蔵庫からオレンジジュースのペットボトルを出し、机で学校から配布された教科書の内容をゆっくり確認していた。中学から学ぶことが出来る魔導学や魔導工学の基礎だが、楽しくてしょうがなかった。

 2時間ほどで全ての教科書を読み終えた頃、携帯にメッセージが届いた。


『お夕食の準備が出来ました。』


 私の使っている携帯は、時計型で、エアディスプレイに表示され、エアキーボードか、音声入力対応だ。


「お食事か・・・。」


 私は、勉強道具を片付け食堂に向かった。食堂には、大きな机にドンとおかれており、上座、いわゆるお誕生日席に、ロマンスグレーに髪、浅黒い肌に、190センチに近い身長に、服の上からでもわかるしまった筋肉が健在の40歳位の、スーツ姿の紳士が座っていた。


「咲夜さん。入学式問題なかったか?」

「はい、武人叔父様。この近衛寮ってことがびっくりでしたが、それ以外は大丈夫でした。」


 と、私が肩をすくめると。


「そうか、悪かったな。」

「いえ、叔父様。どうせ、お爺様のご指示なんでしょう。」

「わかるか?」

「わかりますとも・・・。」


 そう言って、二人で笑いだしたところで、七緒さんが食事を持ってきてくれた。


「武人様、お嬢様楽しそうですね。今日のディナーは・・・・」


 近衛武人。母の従弟に当たる人で、大東亜帝国東部における近衛公爵代行であり、東近衛伯爵の爵位を有している。私が東京に逃げる際に、擬装用の戸籍を用意してくれた人だ。大東亜帝国予備役中将、帝国魔導大学魔導工学部主任教授、元老院議員、複数の近衛家が持つ企業の会長職についている。祖父母宅に週に一度ミーティングを兼ねて、夕食に家族と来ていたのでよく知っている。


「そうそう、智人がこの寮に移ってもいいか?と聞いてきたんだが、どうだい?」

「えっ、」


 近衛智人。武人叔父様の長男。帝国魔導大学附属東京魔導学院魔導武士科の5年生。成績番号3番。生徒会会計係で、叔父様と同じように190センチの身長と、浅黒い肌、叔母様似の大きな瞳に、優しい顔で、昨年の学院人気トップ10に入っていたらしい。昨年の附属高校対抗戦、別名魔高戦の新人戦一種目で優勝し、二種目で入賞したことで、全国区の知名度もある。

 私が東京に逃げて来てから、月一では会っていたし、親戚なので、私的には何も感じないが、事情を知らない人が、近衛館に智人さんが引っ越して来た事を知ったら、何を言われるか、どう思われて、どんなことをされるか検討がつかない。


「そんな、リスキーなこと。やめて下さい。」

「リスキー?」

「そうです。」


 そう、声を荒げて怒鳴ってしまうと。


「リスキー?僕を男として見てくれてたんだ、光栄だな。」

「て、へ?」


 扉を開けて、智人さんが入って来た。


「智人、遅いぞ。」

「ごめん、オヤジ。」

「だからいつも、そんな言葉使いで」

「外ではしないよ。家みたいなものだろう。」

「そうだな。」

「さくら、安心しろ、玲子姉と、勇、直人も寮に入ってくるから。来年は静波も入ってくるし。」

「玲子さんと、勇さん、直人さんもですか。私だけ、魔導武士科ではないんですね。」


 近衛玲子。武人叔父様の長女。帝国魔導大学附属東京魔導学院魔導武士科の6年生。成績番号3番。叔母様と同じように180センチの身長と、真っ白な肌、叔母様似の大きな瞳に、優しい顔で、昨年の全国中学校総合体育大会の弓道の部1位。

 近衛勇。近衛家分家の人で、帝国魔導大学附属東京魔導学院魔導武士科の3年生。成績番号72番。魔剣術部中学部長。岩倉宮智仁殿下のパーティーメンバーで、戦闘力は3年生のトップ10には入るが、脳筋の為、A-2に入っている。

 近衛直人。武人叔父様の次男で、帝国魔導大学附属東京魔導学院魔導武士科の1年生。成績番号2番。背が低く、見た目小学校3年生程度。魔法の腕は、実技入試1位で、入試勉強を一緒にやってきた仲。圧倒的に後衛タイプ。本当に武人叔父様の息子さんなのか疑う感じだが、亡くなった武人叔父様の御父君というか、大叔父に似ている感じらしい。武人叔父様は、大叔母似らしい。

 問題は、4人とも魔導武士科・・。智人さん、玲子さんは、1学年に10人と居ないジョブが2つあるいわゆるダブル。直人さんに至っては、帝国内にも20人と居ないジョブが3つあるトリプルだ。直人さんは、ジョブは1つのシングルだが、ランクが高いジョブらしい。私は、魔調べの儀でジョブを得られなかった、ヌルと言われる立場だ。父も、母もダブルというのにだ。魔調べの儀は、ダンジョンに入って、1階の魔物を20匹倒す儀式。通常、シングルなら10匹で、ダブルなら15匹で、トリプルなら18匹で魔力を手にいられるといわれており、仮にジョブが4だとしても計算上は20匹で魔法が得られるといわれている。ちなみに私は23匹倒したが、ジョブを得られなかった。普通、ダブル同士の子供はダブルになる確率が高いというのに。

 ジョブは、初級、中級、上級、最上級の4つに分かれており、初級のレベルが10になると、中級に、中級でレベル20で上級に、上級でレベル40で最上級に上がれる。ジョブによっては、最上級、上級等がなく中級にも上がれないものもある。ジョブレベルが上がると、魔力、腕力、スピード、体力等が上昇する。ダブルだと2ジョブ分、トリプルだと3ジョブ分上がる為、ジョブの数が多いほど強くなりやすいが、レベルはダブルで2の二乗根、トリプルで3の二乗根分多くの魔物を倒さないと上昇しないといわれている。その為、ジョブ4つ、クオンテットは、4の二乗根つまり2倍の魔物、レベル1で最低能力の魔物を20匹倒せば上昇すると考えられている。そこで、23匹倒しても魔力を得られなかった私はヌルだと判断された。

 帝国の規定上、25歳時点で、帝国魔導大学を卒業するか、ダンジョンで一定の功績を上げなければ、華族の籍を外される。実態として、ヌルでこの規定をクリアしている者は、この規定が出来以来約100年間いない。世の95%以上はヌルだが、親のジョブを子が引き継ぐことも多かったため、華族の子弟の殆どは魔力を有し、うまくこの規定が運用されていた。過去の実験から10歳以降に魔物を倒すことで、ジョブを得ることが可能で、15歳以降になると、鑑定師系のジョブを持つ者が見ると、レベル1以上のジョブの名称がわかり、ジョブの変更が可能な状況で魔物を倒すと、頭に声が聞こえ、その受け答えでジョブ変更できる。また、ジョブの有用性に関し、国がランクを設定しており、勇さんはこのランクが高く、中級にジョブチェンジしているらしい。最上級が剣聖、上級が剣王、中級が大剣豪、初級が剣豪。戦士系ジョブ2つ分に近い能力補正らしい。うらやましい・・・。


「まぁ、良いだろう・・・。九重さん大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよ。でも、助手を1人公爵家から呼んでおきますね。」

「そうですね。お願いいたします。」


 七瀬さんは、既に知っていたかの様に即答した。


「じゃぁ、部屋を準備して頂く必要もあるから、明日、明後日の土日では難しいよね。うーん、来週末に引っ越しで。」

「智人。九重さん、咲夜さん良いか?」

「良いですわよ。」


 七緒さんが、そう答えたので、私の答えを待たずに決まった。


「七瀬さん。よろしくお願いいたします。」

「智人様、よろしくお願いいたします。」


 そういって、智人さんと、七瀬は頭を下げた。


「そうだ、さくら。」

「何ですか?智人さん」


 智人さんは、一拍間を開けて


「今日の木刀は悪かった。やったのは伊達臣人。伊達侯爵の次男だ。謝りたいと言っているので、週明け剣術部に来てくれないか?直人を迎えに行かせるから。」

「えっ・・・。武士科の人が、科学科に来ると目立っちゃうので嫌なんですが・・・。気にしてませんし剣術部も。謝らなくて大丈夫です。あの程度なら、危険でもないですし。」

「そっ・・・そうか、わかった伝えておく。」


 私は、剣術部については、それで終わると思っていた。余分な一言を言ったことに気付かずに。

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