第6話 トレーニングだよ
「ハァハァハァ、ナ、ナル様ぁ。もうわたくしは限界でございます……」
「もうちょっと。あともうちょっとだけだから。ハァハァハァ。僕はまだまだ元気なんだからエインスもあと少し付き合って」
照明を消した真っ暗な部屋。そこでは幼女二人が息を荒くして抱き合っていた。
かなり疲労しているのか息が荒く、頬も紅潮している。おまけに互いに腰まで伸ばした髪が乱れ合っており、今この部屋に飛び込んで来た者はすわ地縛霊かと腰を抜かすこと請け合いな光景だ。
……もしかしたら心の汚れきった大人だと二人の声だけでいけないシーンを想像してしまうかもしれない。
まぁ四才の僕と五才のメルトがそんな爛れた夜を過ごしている訳もなく。僕らは今、二人で魔法の訓練をしている最中だった。
【
「ナル様の魔力どれだけ底無しなんですか。わたくしもう本当に限界で倒れそうです。魔力がすっからかん」
「うーん、それじゃあこの辺で終わろっか。いや待てよ? 時魔法をエインスに直接掛けたら魔力がある状態に戻せるのでは?」
僕達の行っていた訓練方法はこう。
メルトが魔力を練り爆破魔法の行使を試みる。それに対し僕は時魔法で爆破魔法を片っ端から元のただの魔力に戻していく。ただこれだけだ。
こうすることでメルトは僕の時魔法に負けないくらい高速で爆破魔法を発動する訓練になるし、僕は魔法を無効化する訓練をこれでもかと積める。おまけに訓練で魔力を使えば使うほど超回復で魔力量が向上するというおまけ付きだ。
ちなみにもし本当に爆発しても僕とメルトの身体にはヘイルの結界魔法によるバリアが常時展開されてるから問題無し。
「絶対やめてくださいね!? 間違ってわたくしが赤ちゃんに戻ったらどうするのですか!」
「……それはそれである種の不老?」
「なにちょっと試してみたそうな顔をしているのです! 絶対上手くいきませんからね!? そんなんで不老になれるのだったら初代女皇陛下は今もご存命です!」
なるほどそりゃ確かに。
僕の時魔法では未だ時間の流れを緩やかにする事と、近い未来か過去へ飛ばす事のみ。それだって対象は小さいものに限定する必要があるし、消費する魔力量も半端じゃない。
魔力量が増大していけば能力もドンドン拡大していくだろうが、今の状態で人間相手に直接魔法を行使したら悲惨な結果になるのは火を見るよりも明らか。
やはり千里の道も一歩からというように、不老不死への階段も慎重に一歩ずつ登っていく必要があるらしい。自由に遠出できる年齢になるまでは時魔法を極める事を最優先に考えよう。
というかそもそも、まずは人間相手ではなく動植物で実験してからだよね。うんうん、万が一メルトが胎児にでもなったら優しいママ達も怒るだろうし、メルトの母であるヘイルは卒倒してしまうかもしれない。それは困る。
明日のお昼にでもアイシャママが大切に育てているお花を対象に実験してみよう。
「ところで組織に勧誘できそうな有能そうな人は見付かった? 僕は庭師のミゴナなんて良いと思うんだけど」
「ミゴナ? あの方は庭師としての仕事しか取り柄が無いと記憶しておりますが?」
「そこが良いんだよ! 外見も中身も平凡な定年間際のおばさんが実は闇の秘密結社の一員で、夜な夜な人目を避けて組織のアジトのガーデニングをしている。くぅ~胸が熱くなるね!」
「これっぽっちも熱くなりませんよ? ていうかガーデニングなら別に人目を避ける必要ないでしょう。秘密結社に庭師は不要です」
「エインス違うよ? 秘密結社じゃなくて闇の秘密結社。闇が無ければ魅力半減だから気を付けてね」
闇、漆黒、隻眼、虚無、鳳凰、刹那、紅蓮、蒼穹etc.
こういった単語が付くだけで名称も二つ名も技名もグンとカッコよくなる。それをわざわざ省略するなんて愚行、僕は見逃せないね。
「この中二病お嬢様め……! コホン。わたくしは組織に勧誘できそうな方に心当たりはございません。ナル様は他に候補がいらっしゃいますか?」
「あとは料理長のクレール。アジトで美味しい料理を出してくれたら嬉しい」
「だから裏方はせめてアジトを作ってからにしてください。次」
「メイドのグリン。闇のローブを洗濯してくれる人が必要だし」
「お嬢様の衣服は今まで通り全てわたくしお洗濯します。絶っ対、誰にも譲りません。次」
「組織を運営するにはお金を稼がなくちゃいけないよね。中央銀行総裁の娘とかどう?」
「なにトンデモない所からお金を引っ張っぱって来ようと企んでるのですか。公爵家ご令嬢なんですからお嬢様――いえナル様がなんとかしてください」
いやだって僕のお小遣い月三百円だし。三百円でどう闇の組織動かせって言うんだ、新種のマジックかな?
アジトの賃貸料金だって払わなくちゃいけないし、構成員の給料だってある。当然僕の給料はボスとして一番高額だ。
考えれば考える程、やはりパトロンは必要だろう。お金持ちのそれでいて気風の良いメンバーを一人は受け入れる必要がある。誰かそんな子いるだろうか。
「第七皇女殿下が我々と同世代でございます。彼女をスカウティングしてはいかがでしょう」
「殿下ねー。僕会った事ないから知らないけど、皇女って肩書きから既に性格の悪さが滲み出てない? 悪女はちょっと怖いんだけど」
「公爵家令嬢もイメージはそこまで変わらないですよ……。遠い親戚なんですから変に人見知りしないでください」
皇女様に会っていきなり闇の秘密結社に入りませんかとか言ったら正気を疑われないだろうか。疑われるだろうな。むしろテロリストとして投獄されるまである。
さて、こうして話している間も僕は魔力を使用し続けていた。
お気に入りのクマのぬいぐるみに意味もなく時魔法を行使しているのだ。
僕と同じくらい大きな体格をしているクマさんの経年劣化を進ませたり、ほとんど新品状態に戻したり。
おかげで体内の魔力が空になって眠くなってきた。今日はこの辺にしておこう。
「んじゃ僕寝るね、おやすみなさい」
「もう! お嬢様ったらいつも急なんですから。せめて闇のローブは脱いだ方がよろしいですよ? ちゃんとパジャマに着替えて下さい」
「うぅん、脱がせて―。あと着替えさせてー」
既に半分寝ている状態で僕は布団をどかせて万歳する。
「う、うへへへへ、了承取りましたからねお嬢様。汗をかいているので全部脱いじゃいましょう。こういう時の為にお嬢様の下着はダース単位で持ち運んでおります」
慣れた手付きで次々と服を脱がされすっぽんぽんにされた僕は寝ぼけたまま考えていた。
ダースって何個だっけ? てか持ち運ぶまでもなく僕の部屋なんだからクローゼットから取り出せば良くない?
だがまぁ睡眠は全てにおいて優先される。ちょっとした疑問なんか眠りの前では無力となりすぐに吹き飛んでしまうのだ。
「ハァハァハァ、リリアお嬢様もそろそろ五才ですし、ちょっと大人びた下着に挑戦しても良いと思うんです。いえ挑戦しましょう! まずは第一弾としてティーバックから――」
翌朝、鼻の穴両方にティッシュを詰め込んだメルトが僕を起こしに来た。
『どうしたの? 鼻血?』と尋ねると『全力疾走してたら壁にぶつかりました』との返答が返って来た。
やれやれ、相変わらずおかしな侍女である。
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