第5話 秘密結社結成だよ

 出生大革命。人類の歴史上、五本の指に入る有名な出来事である。

 今では想像も付かないが、かつては男女で恋愛し、結婚し、子を産んでいたらしい。それも胎児を母体に宿すという極めてリスクの高い方法を取っていたのだからより驚く。


 確かに医療技術の発展と共に母子の安全性は極めて高くなった。しかしそれでも女にとって出産は命懸けの仕事。出産前後でスタイルだって変わるし、食の好みすら変化する事もある。

 時代が進み、体外での胎児の育成及び出産をという声が大きくなったのは至極当然の成り行きだったと言えよう。


 これが凡そ九百年前のお話。


 そこから百五十年掛けて科学の粋を結集して出来たのが、今ある胎児カプセルの元となった胎児ポッドだ。

 体外受精により受精した卵子をポッドの中で管理し、胎児を育成するというものである。

 この発明により、女性が命を懸けなくても気軽に子供を産むことが可能となった。


 そしてその発明の恩恵としてもう一つ。ある種のシンギュラリティが発生した。

 それが同性間での子作り。


 精子と卵子を人の手で受精させる手段はすぐに過去のものとなり、新たに登場したのが人の遺伝子情報を掛け合わせて子供を作るいわゆる情報子生殖だ。

 友情の延長線上で子を作る流行が生まれ、次第に根本的に生き方と考え方の違う男女で子を作るのは非効率という考えが蔓延した。


 しかし、やはり自然な形での生殖でないとどこか歪みが生まれるのか。生まれる子供の性別に著しい偏りが生じるようになる。

 男親の子供は男に、女親の子供は女に。ますます性別間の垣根は深まった。


 結果、犯罪や戦争ばかり起こす男に嫌気が差した女は女だけの国を作り、男はそれに対抗して残った女を奴隷にし始める。男女の間には修復不可能な溝が生まれ、男と女はそもそも全く別の種族だったなんて学術論文まで発表された始末。もう後戻りは出来なくなった。


 女は生き残る為、そして奴隷となった同胞を救うために男に戦争を仕掛け、男はより多くの奴隷を獲得する為にそれを受けた。

 そんな戦争が五十年程続き、遂に人類の愚かさに怒りを抱いた神の一柱は人の住む大陸を真っ二つに切り裂き、男女を別々に住まわせる事に決めた。


 男の住む大陸をヒラリオ大陸、女の住む大陸をミィル大陸とし、両大陸の周囲を大嵐と大渦、大量の雷で完全に封鎖してしまったのである。


 とまぁ、ここまで歴史の教科書よろしく人類の過去を長々と語って来て僕がなにを言いたいかというとだ。



 ――僕は僕自身と結婚したい――



 ハッキリ言って僕は自分が大好きだ。愛していると言っても良い。

 くりっとした大きい緋色の瞳も、吸い込まれそうな漆黒の長髪も、お人形さんのような顔の造形美も、鈴のような可憐な声も。どこを取っても完璧で非の打ち所がない。

 僕は僕以上に可愛い人間は存在しないと確信している。


 だからこそ! 僕は僕と結婚したいのだ!!


 あぁこの世にもう一人僕がいたら良かったのに。大人になった絶世の美女の僕ともう一人絶世の美女の僕。きっと子供もそれはもう可愛い子が生まれて来るはずだ。

 僕だけが親で子供を作っても構わないだろうか? いやそれだとクローンになって大陸法に引っ掛かるな。


 まぁ僕が将来どんな美人さんと結婚するかはさておき。僕には昔からの野望があった。

 世界一の美貌を持つが故、自分を愛するが故の大きな野望だ。


 それが――――――  



~~~~~~



 カチャ キィー


 夜も更け真っ暗な僕の自室。何者かがコッソリと扉を開けて侵入して来た。

 それを受けて僕はすぐさま照明を付ける。


「んな!? リ、リリアお嬢様起きていらっしゃったのですか!?」


 やって来たのは予想通り僕の侍女――メルト。

 彼女は幽霊でも見たかのように床に正座している僕の姿を視界に収めると飛び上がって驚く。


「逆に何故主人が寝ている部屋に忍び込んでいるのか小一時間問い詰めたい所だけど、今日は眠いからいいや」

「し、心臓が止まるかと思いました……。眠いならいつもみたいにぐーぐー寝ててくださいお嬢様」


 確かに寝るのを我慢するなんて極めて僕らしくないが、今日は長めのお昼寝っていうか気絶があったため、まだなんとか起きていられるのだ。

 まぁあと三十分以上は起きられないからサッサと話してサッサと寝るけどね。


「よく来たね我が侍女メルト――いや我が第一の眷属エインスよ」

「……熱でもあるのですかリリアお嬢様。意味不明でございます」


 僕は大量にあった自分の服を改造した真っ黒な闇のローブを身に纏っていた。昼に見たアイシャママの学院ローブを大変参考にした作りだ。

 いらぬ装飾は一切無し。全身黒一色のローブは月が隠れた闇夜がよく似合う。


 困惑するメルトを尻目にローブをバサッと広げてカッコつけ、勝手に話を続ける。


「僕は昔から思っていた。どうしてこの世に僕は二人いないのだろうと。僕みたいな美幼女が二人いればもっと世界は幸せになれるのにと」

「そりゃいないでしょうね。こんなナルシスト中二病幼女」


 うちの侍女がご主人様に酷く失礼な物言いをしている気がする。

 まぁ心の広い僕は笑ってそれを聞き流そう。


「ただでさえ一人しか存在しない僕の美貌が、老いによって衰えるのは酷く悲しい。世界の損失だ。エインスもそう思うよね?」

「いえ、それが人間ですから。きっとリリア様は老いても美しいですよ。あとわたくしはメルトです」


 人は成長する生き物だ。子供から大人になり、いつかは衰え死んでいく。

 これは貴族だろうと平民だろうと、皇族だろうと逃れられぬ運命さだめ。でも天才である僕はそこに抗う。


「僕はね、不老不死になりたいんだ。自らの美貌を永遠のものとして、ついでに絶世の美女も自分のものとしたい。ここまでは分かるね、エインス?」

「物語の魔王みたいな事を口にしますねお嬢様。そして全然分かりません、わたくしはメルトです」


「よし分かった。ぶっちゃけて言うと、美女ハーレムを作った上に欲望の限りを尽くして明るい家庭を作りたいんだ。当然エインスもハーレムメンバーの一人だよ」

「欲望の限りを尽くしたら明るい家庭は作れない気がします、わたくしはメルトです」


「皆で不老不死を目指す闇の秘密結社を結成する。組織名は【漆黒ノ星団ブラックスターズ】。君はその最初の構成員に選ばれたのだ、おめでとうエインス君!」

「選ばれたって言うか同年代の知り合いがわたくししかいらっしゃらないから消去法ですよね? わたくしはメルトです」


 確かに僕が現状友達が少ない。てかメルト一人しかいない。

 本来ならば四才という僕の年頃は保育園や幼稚園に通っていて然るべき。けどどうしても公爵家という貴族の立場が邪魔をしてしまうのである。


 この年代の子供は貴族とか分かんないし、もし万が一自分の家の子が貴族の子に怪我なんてさせたら――という不安からどこの親御さんも施設側も貴族を受け入れたがらない。

 貴族側としても幼い内から専属の家庭教師を付けてみっちり勉強させたいので、双方の思惑が一致した結果この年代の貴族はどこもかしこも皆ボッチなのだ。……そうだよね? 僕だけじゃないよねボッチ?


「世の中にはあらゆる伝説が存在する。その中には当然不老不死関連だってある。まずはそこから探ってみようじゃないか」


 僕はそう言ってベッドの下に隠していたメルト用の闇のローブを手渡す。

 これを着れば誰も僕達が暗躍してるなんて気付かない。


「どうしましょう、未だかつてない程にお嬢様が人の話を聞きません。このままでは犯罪の片棒を担がされそうです」

「そこは安心してよエインス。いざとなったらアイシャママの権力で全てを揉み消す」

「このお嬢様ったら公爵家の人間という立場を最大限活用するつもりです! こんなにカッコつけてるのに親に頼りまくりです!」


「僕は枕が代わると眠りが浅くなるタチだからね。牢獄なんて絶対耐えられないから涙を呑んでママに抱き着くよ」

「泣きつくんじゃなくて抱き着くんですね。ただの甘えん坊さんでは?」


 それはしょうがない。だってママ大好きだし。

 とは言えアイシャママを頼るのは本当に最後の最後の手段だ。それまではちゃんと【漆黒の星団ブラックスターズ】だけで事を運ぶつもりである。


「実際に行動を起こす前に力を溜めるんだ。毎日寝る前に僕の部屋で魔法の特訓をしよう。あと有能そうな子がいたらスカウトもしよう」

「すいません今すぐ脱退したいのですけど。あとお母様にこの件を報告しても構いませんか?」

「ダメダメダメ! メルトは第一の眷属エインスなんだから。明日お風呂で背中流してあげるから抜けないで?」


「――……背中だけでございますか?」

「うーん……じゃあお腹も?」

「ぶはっ! は、鼻血が――。コホン、かしこまりました、わたくしメルトはこれより闇の秘密結社【漆黒の星団ブラックスターズ】のエインスとしてリリアお嬢様に生涯の忠誠を誓いましょう」


 いや生涯の忠誠までは誓わなくて良いのだが……。

 まぁせっかく乗り気になってくれた事だし訂正しなくても良いか。


 僕は再びローブをバサッと広げる。


「組織の活動中は僕の事はリリアではなくナルと呼ぶように。あと闇のローブも着用必須だ」


 よぉーし、明日から楽しくなるぞー!

 でも今日はもう眠いからおやすみなさーい。

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