第4話 時魔法だよ

 目を覚ますと既に日は沈みかけていて、僕は自室のベッドに寝ていた。


 うーん、良いお昼寝だったー!


 いつも以上の快眠で頭も身体もスッキリリフレッシュ。三時のおやつを食べ損ねたのは痛いが、それでも実りあるお昼寝であったと言えよう。

 寝ていて凝り固まった身体を伸ばすため上体を起こすと左右からガシっと抱き着かれた。


 アイシャママとツバキママだ。


「うわーん! 起きて良かったよー!! 大丈夫リリアちゃん? どこか痛くない? 苦しい所は? 痒い所は!?」

「ママ達の事が分かるか? 自分の名前は? どうして寝てたか覚えてる?」


 余程心配していたのだろう。ママ達はぎゅうぎゅうと僕を強く抱きしめて新生児時代並に僕を気に掛ける。


 やれやれ、モテる幼女は辛いぜ。


 嬉しいやらむずがゆいやらそんな気持ちになりながらママ達の言葉に返答。


「うん、痛い所はないよ? ママ達の事も分かる。どうして寝てたか……お昼寝?」

「「うわーリリア(ちゃん)が記憶喪失になっちゃったー!!」」


 いや別に記憶喪失じゃないのだが。

 半ば錯乱状態のママ達を落ち着かせに掛かるのは同じく僕のベッドの脇に座っていたヘイルだ。


「落ち着いてくださいお二人共。誰がどう見てもただの魔力欠乏だったではありませんか。受け答えはキチンとしてますし、リリア様も起きたばかりで少し混乱しているのでしょう」

「ホントにー? リリアちゃん平気? 欲しいものあるならすぐに買いに行ってくるわよ――メイドさんが」

「食いたいもんはあるか? 今ならなんでも好きなもん作ってやるぞ――料理長が」


 貴族らしく他人任せ極まりない両親の姿がそこにはあった。


「あぁそう言えば魔力が無くなってなんか眠たくなっちゃったんだった。うーんおやつで食べるはずだったメルトのクッキーが食べた――」


 ダッダッダッダ ガチャン


「お、お待たせいたしましたリリアお嬢様。はぁはぁはぁ。わたくし特製のクッキーでございます」

「メルト、貴方扉の向こうでずっと様子を伺っていましたね? 勉強しておけとあれほど言っておいたのに……」


 僕が言葉を言い終わる前にメルトがクッキーを持って部屋に現れた。キッチンへ全力疾走したためか息が荒い。

 どうやら彼女も僕を心配してくれていたらしい。あむあむ、美味しい。そしてありがとう。


「それにしても僕の魔法が時魔法だなんてビックリだね。聞いた事ないよ。メルトも希少な爆発魔法だし二人共レアなんて凄い!」

「ふふふー! 流石は私とツバキちゃんの娘ねー! そんな珍しい魔法が使えるなんて――――」

「四才にして既に大人顔負けの魔力量だしな。その上時魔法だなんて将来有望――――」


 僕の部屋に沈黙が流れる。

 そしてアイシャママ、ツバキママ、ヘイルの三名が壊れたおもちゃみたいにギギギと頭を動かし視線を交わす。


 十七時を知らせる鳩時計が『くるっぽーくるっぽー』と元気に鳴くも大人達は気にも留めない。完全に僕とメルトは置いてけぼりだ。


 一分程そんな状態が続き、ようやく平静を取り戻したアイシャママはこう宣言した。


「緊急! 第百二十四回ウェザーズ家、家族会議を始めます!」



~~~~~~



「まずリリアちゃん。時魔法って本当なのー? メルトちゃんの爆発魔法もそうだけど、どうして分かったのかなー?」


 一度落ち着いて魔法に関して話し合おうという事で、僕達は家族が使う居間に集まって紅茶を飲んでいた。

 情報が洩れぬようにとメイド達は遠ざけられ、ここに使用人はヘイルとメルトしかいない。 


「うーんなんかねー! ビビッてきたの」


 魔力を限界まで使った事でまるで既知の情報の様に、僕の脳裏にあらゆる知識が過った。

 魔力の制御方法、僕の魔法について、そして僕の魔力に触れて爆発を引き起こしたメルトの魔法。


 魔力というのはその持ち主の魔法の特性を僅かながら有しているものだ。

 炎魔法使いの魔力は燃えやすく熱を持ち、氷魔法使いの魔力は冷気を有している。時魔法使いである僕の魔力はほんの少しだけ時間の流れを歪ませる。


 意図した事ではなかったが、僕の魔力がメルトの爆発性を有する魔力に触れ、爆発魔法へと変換される未来に時を進めてしまった。

 結果、僕もメルトもあの時点では魔法を使えなかったのにも関わらず、お互いの魔力の化学反応で爆発魔法が暴発したという訳。


 いやぁ驚いたよね。後で隣りの家には騒音のお詫びとして茶菓子を持って行かなければ。今回ばかりは僕にも非があるから泣く泣く好物のいちご大福を差し出す所存である。


 以上のような事を、拙い言葉ながらママ達に説明するとなんだか遠い目をしながらこう反応する。


「ま、まさか初代女皇陛下と同じ魔法をうちの娘が持って生まれるとはねー。確かに血は流れてるけど―、うん。流石はリリアちゃん、ママ誇らしいわー! 後で新しいお洋服買ってあげるー!」

「これがマジだとするとちょっとヤベーんじゃねぇか? 恐らくってかほぼ確実にリリアを担ぎ上げようとする馬鹿が現れるぞ。ま、それはそうとリリアは本当に頭が良いなぁ。アイシャの頭脳とあたしの魔力量、見事に良いとこ取りだ可愛い」


 ママ二人が揃って僕の頭をよしよしと撫でてくれたりほっぺたをむにむにしてくれる。


 むふふふー! やっぱ僕って凄い!


「アイシャ様もツバキ様も現実逃避して親バカに逃げないでください。下手をすると暗殺なんて手段を取る愚か者も――メルトはメルトで初代女皇陛下の奥方様の魔法ですしよくやりましたねメルト」

「なんだかよく分かりませんがありがとうございますお母様」

「ヘイルちゃんもしっかり親バカしてるじゃないのー」


 さて、頭では隈なく理解しているつもりでも実際にやってみなければそれが正しいのかは分からない。

 という事で、先程から魔法を行使してみたい気持ちに襲われまくっている僕は、机の上に置かれている自分のティーカップを手に取りそれを宙に優しく放る。

 そしてすかさず時魔法を発動。魔力が僅かに身体から抜ける感覚を感じた。


「ふーむ。……確かにこれは専門家としても時魔法と認めざるをえないわねー」 

「ティーカップという無機物に影響を与えられる点。そして紅茶が部分的に水と茶葉に戻されている点。確定だなこりゃ」


 あとはこのゆっくり下降していっているティーカップをメルトが爆破してくれれば僕の証言の正確性が立証できるのだが。


 チラッとメルトへアイコンタクトを送ると、メルトは青い顔をしながらフルフルフルと全力で首を横に振る。

 それに対し僕は、『大丈夫、メルトならきっと出来る!』とサムズアップしてアピール。

 なんだか泣きそうな顔になったメルトが渋々爆発魔法を行使しようとしたその瞬間、アイシャママが手を叩いて立ち上がった。


「取り敢えず二人の魔法についてはこの場だけの秘密にしてねー! ちょっとアイシャママはやる事が出来たからまた夕飯で会いましょー!」


 そうして風のように去っていったアイシャママ。侍女であるヘイルもその後ろをピッタリと付いてこの場を後にした。

 残されたツバキママは紅茶をグイっと豪快に飲み干して口を開く。


「まぁそういうこった。今後あたしらのいる場以外では魔法の使用禁止。たぶん今の魔法学の家庭教師もクビになるからしばらく魔法はお預けだな」


 頭を撫でてくれるのは嬉しいが、魔法の使用禁止は嬉しくない。

 将来の為に、そしてなにより可愛い自分自身の為に魔法の上達は必須条件なのだ。

 僕は自室でコッソリ練習しようと心に決め、先程から気になっている疑問を口にする。


「ツバキママ。魔力ってどうすれば増えるの?」

「あん? 魔力? そりゃお前魔力を使うしかねーだろ。限界まで使って超回復で増やすんだ。筋肉と同じだな」


 ツバキママはそう言うとそのまま部屋を出て行く。そして扉を閉める直前になにかを思い出したように振り向いた。


「とは言え、今はまだ訓練とかしちゃダメだからな。もしどうしてもやりたかったら――バレないように・・・・・・・、だぜ。んじゃーなー!」


 机の上ではまだ落下しきっていないティーカップと紅茶がふわふわとしている。

 それを見て僕は思った。


 ママ達に爆破シーンを見せてあげられなかった……。


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