第3話 魔法だよ
「ふふふー! 今日は二人に魔法を教えまーす!」
皆で昼食を取った後、僕とメルトは屋敷の中庭に呼び出されていた。
そしてどこから取り出したのか、皇立魔法学院の制服を着たアイシャママがニコニコと杖を片手に宣言する。
流石は僕のママ。今年で二十一歳なのに現役の学院生と言っても通用しそうな着こなしである。
「アイシャママ可愛いー! 回って回ってー!」
「ふふふー! 良いわよー、それー! 卒業して六年経つけど意外と着れるものねー!」
魔法使いの正装である深手の紺のローブに、皇国のシンボルであるドラゴンの胸のワンポイント。
肩口には学生の頃に獲得したであろう褒賞リボンがいくつも付けられており、どれだけアイシャママが学生時代優秀だったかを思い知らされる。
極め付けは各世代で最優秀だった証――首席だけに与えられる魔力伝導率が極めて高い深紅の手袋。
聞くに、広大な皇国でも年に極僅かしか取れない希少な素材で出来ているため、それを入手する手段はたった二つ。魔法分野において国内最高峰の学術機関である皇立魔法学院で首席を取るか、とてつもない功績を打ち立てて女皇陛下に下賜されるしか無いのだと言う。
僕はアイシャママの可愛いくるくるを見てテンション爆上がり。隣りにいるメルトも感嘆の声を挙げながら一緒になって手を叩いている。
そんな光景を見ながら遅れてやって来たのはツバキママ。
こちらは普段通りの動きやすい恰好で剣を携えていた。見るからに業物。
「やれやれ、我らが首席様はいい歳してなにやってんだか。その杖ヘイルのだろ? 返してやれよ」
「もうツバキちゃんったらー! 可愛い娘の前なんだからもう少し良いカッコさせてよー! はいヘイルちゃん、貸してくれてありがとう」
「とんでもございません。しかしアイシャ様のこの格好を見ると学生時代を思い返しますね。お二人が問題行動ばかり起こすのでわたくしは大変苦労致しました」
こちらは珍しくメイド服を脱ぎ、アイシャママと同じ学院のローブを着ているヘイル。よく見ると褒章リボンの数が一個だけアイシャママより多い。
なるほど、どうやら僕のママ達は学生時代相当やんちゃしていたらしい。そしてそれを宥める役目をヘイルが負っていたと。
きっと教員達から心証が最も良かったのはヘイルなのだろう。
「いやそう言うヘイルだって一年の時、あたしに滅茶苦茶突っかかって来たろ。『アイシャ様に近付かないでください』って魔法まで撃って来たのあたしは覚えてるかんな!」
「はて、そんな事ありましたか? 記憶にございません」
「お前なぁー……!」
と思ったが前言撤回。やっぱ三人共はっちゃけてたみたい。若さゆえの過ちってやつだよねきっと。
若ければなにをしようと大概許される。それがこの世の中だ。権力があれば尚好し。
僕が魔法学院に入学した暁にはメルトと一緒にママ達を超える伝説を作ってやろう。
そして学院敷地内に秘密基地を作って、闇に潜み魔を狩る謎の秘密結社を結成するのだ。秘密基地やアジトの中でならチョコレートを一杯食べても怒られないし完璧な策と言える。
今日も僕は冴えてるなぁ。
「リリア様。今凄い悪寒が走ったんですけど、またなにか良からぬことを企んでるのではありませんよね? おやつのクッキーを粉々に砕いてお出ししますよ?」
「まだなにも言ってないじゃん! 直感だけでクッキーを砕くなんて酷過ぎる」
「わたくし達が学院に行ったら絶対品行方正に淑女らしく過ごしますからね。リリア様が首席でわたくしが次席です。お母様と同じ過ちを繰り返す訳にはいきません」
メルトったらなんだかママ達のやり取りを見て変な方向にやる気が入ってしまったみたい。
まぁそんな覚悟を決めても僕が無理矢理お菓子食べ放題結社の道へ引きずり込むんだけどね。
ママ達の話もひと段落付いたらしく、アイシャママが咳払いして場を仕切り直す。
「コホン。ウェザーズ家は代々強力な魔法使いを輩出している家柄です。なので我が愛しの娘リリアちゃんも魔法を持って生まれている可能性がひっじょーに高ーい!」
「ウェザーズ家程ではありませんがわたくし達の家系もそういう傾向にあります。今後の為によくお話を聞くのですよメルト」
僕とメルトは遂に魔法が使えるようになるかもしれないと期待に胸を膨らませていた。ちょっぴりニヤついちゃってるかもしれない。
でもそれくらい魔法とは子供にとっては夢のある話なのだ。
おとぎ話でも英雄譚でも歴史の教科書でも、そこに登場する人物の多くは魔法使い。特に魔女と呼ばれるまで魔法を極めた人物ばかり。
自分達もそこに並びたい、近付きたいと誰しもが一度は憧れ夢を見る。
「とは言えー魔法が使えなくても落ち込んじゃダメよー? 私だって魔法が使えないけど魔法省の大臣だしー! 魔法使いを顎で使ってるし―!」
「ひでぇ言い様だな。まぁ、アイシャは魔法学院史上初の【
「アイシャ様は例外としても、魔法がなくとも立派な人物は多くいます。我々もきちんと指導いたしますからご安心を」
確か魔法を持って生まれる確率は凡そ十パーセントだったかな?
優れた遺伝子を取り込み続けている貴族だともっと確率が上がって四十パーセント。皇族ともなれば九割が魔法を持って生まれて来るはずだ。
炎魔法、水魔法、回復魔法、土魔法、雷魔法、操作魔法etc.
なにを持って生まれるかは神のみぞ知る所。
でも天才であり世界一の美幼女である僕ならばきっとスペシャルな魔法をこの身に宿しているに違いない。くっ、魔法神が僕にこの世界でもっと輝けと囁いている……。
「まずは二人に魔力があるかを調べるわー! ツバキちゃんとヘイルちゃんが外から身体の内側に無理矢理魔力を流すから二人は慌てずにジッとしててねー」
「魔力を排出する器官を活性化させる。辛かったらあたしらに攻撃してきな。パンチでもキックでも頭突きでも良い。そうすりゃ自然と魔力が消費されて楽になる」
「人によってはその攻撃が知らず知らずのうちに魔法になるケースもございます。とは言え、どんな魔法だろうと全て受け止めますから手加減は無用です。これでもわたくし達、かなり強いので」
ツバキママが僕の両肩に手を置き、ヘイルがメルトの頭の上をよしよしと撫でる。
うぅ、僕もよしよしされたい。
そんな僕の思いが表情から伝わったのか。ツバキママはニッコリとこちらに微笑んでよしよししてくれた。えへへへ。
「あー! ズルいツバキちゃんもヘイルちゃんも! 私も二人をよしよしするー!」
「お前は距離を取って外から観察する役割だろうが……」
そして僕らの小さないたいけな身体に、強烈な魔力が注ぎ込まれた。
ゴォォオオオオッ
決して大きい音では無いが、自分の身体から出る魔力の放出音はまるで掃除機みたい。
しかし聞いていたような辛さをまるっきり感じないので、ふと隣りのメルトの様子を伺う。
するとメルトにもしっかりと魔力があったらしく、目を閉じて湧き出る魔力をコントロールしようと懸命に集中していた。
「ふぅー、ふぅー、ふぅー。落ち着いて。落ち着くのよわたくし。リリア様の服を脱がせる時のような慎重さと繊細さを持ちつつ、リリア様の寝室に忍び込む際の凪のような心と丁寧さを心掛けるのです」
えっ、なに言ってんのこの子!? 集中しすぎてて心の声が外に駄々漏れだよ!?
着替えを手伝ってもらっている手前、僕の服を脱がせる云々はさておくとして、寝室に忍び込むって一体なんだよ。僕が寝てる間になにしてんの君?
「そうですよメルト! 辛いでしょうがリリア様のパンツの匂いを思い出して頑張るのです。昨日あんなに嬉しそうに語っていたお風呂場でのリリア様の裸体を思い浮かべても――――コホン。精神集中が一番ですよメルト」
いやもう手遅れだよ!!
なに僕の視線に気付いて即座に誤魔化そうとしてるのさ! バッチリ聞いちゃったからね!? 母娘共々滅茶苦茶な事言ってたからね!?
僕のパンツの匂い? お風呂場での裸体?
ヤバい、もしかしたら僕が姉と思って慕っていた五才児と叔母のように思っていた二十一歳児は犯罪者なのかもしれない。
衝撃の事実が発覚し、思わずアホみたいに口を開けたまま眉を下げる僕。ドン引きってやつだ。
「あちゃー。リリアも遂に知ってしまったかこの変態共の真の生態を。ま、まぁ気にすんなよ、人は未知を知って大人になっていくもんだ。……ドンマイ」
ツバキママがすぐさま慰めてくれるが、これは果たして慰めになっているのだろうか。
僕こんな子を侍女として一生側に置くの? 大丈夫? リリアちゃん襲われない?
それもツバキママの発言から察するに、メルトとヘイルの家系は代々うちの当主様をそういう目で見ているみたいだ。もしや何世代にも渡って献身的にウェザーズ家を支えてくれているのはそれが理由じゃないだろうな。
「しかしリリア。お前随分平気そうだな。息苦しかったりしないのか?」
「うーん全然平気。でも魔力の放出音がうるさくて耳がキンキンするー!」
「へぇ、魔力が多い体質なのかね。よっし! じゃあツバキママが思いっ切り魔力を吐き出させてやろう。にししし」
ツバキママはそう言うと両手に大量の魔力を掻き集める。
そしてあまりにも濃い魔力により拳が見えなくなった辺りでそれを僕に向かって近付けて来た。
「え、ちょ! ツバキちゃーん? なにしてるのかなー? 計画にない行動はやめてくれるとアイシャちゃん助かるんだけど―?」
「心配すんな、荒療治ってやつだ。あたしらの娘を信じろ!」
「私達の娘だから心配してるんだけどー!? 血筋的に絶対大変な事に――」
ツバキママの魔力が僕に触れた瞬間、僕から噴き出る魔力が先程の数十倍いや数百倍に膨れ上がった。
魔力の放出音は数百メートル離れているお隣さんへの騒音被害を考えなければいけないほど大きくなり、金色の厚い魔力が僕を包み込む。
しかし魔力の放出はまだ止まらない。湧き出る魔力は刻一刻と指数関数的に増加する。
「お! あたしと同じ金色の魔力じゃん! へへ、やっぱ親子だな――ってげっ、まだ増えんのか? これ以上はちょっとマズいんじゃ――」
そして僕の魔力は両腕を広げても収まり切らない範囲にまで広がり、充分な距離を開けていたハズのメルトの魔力に触れた。
すると――――
ズドォォォオオオオオオン
――それはもう見事に爆発した。
「あ、あっぶねー! 屋敷が吹っ飛ぶ所だった……! 相変わらずのナイスバリア! ヘイル!」
「ナイスじゃありません! わたくしが反応出来なければどうするつもりだったのですか」
「にししし、ヘイルならなんとかしてくれるって信じてたぜ!」
「全く、わたくしはいつまで貴方の尻拭いをさせられるのでしょうね……。後でお説教ですから。配偶者の暴走を止められなかったアイシャ様も同様です」
「なんで私まで!? うわーん完全にとばっちりだよー!」
魔力が限界まで広がった瞬間に全て分かった。
魔力の制御の仕方も、僕の持って生まれた魔法についても。
こんな簡単に理解してしまうとはやはり僕は……天才だ。
この魔法なら僕は生まれた頃からの野望を叶えられるかもしれない。
全てを思いのままにコントロール出来てしまうかもしれない。
早速調査に乗り出す必要がある。
でも今は――魔力がすっからかんで眠いから、おやすみなさい。
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