第2話 四才だよ
「……知ってる天井だ」
朝、目が覚めて早々僕はそう呟く。
すると慎ましいノックの後に部屋に入って来る者が一名。
「そりゃそうでございますお嬢様。いきなり知らない天井に変わってる方が大事件ですよ」
メイド服を着て紅茶セットを載せたカートを押すメルトは相変わらず早起きだ。
僕と同じく腰まである長い髪を仕事の邪魔にならないよう後ろでビシッと纏め、鋭い目付きと端正な顔立ちは美人さんになる将来をこれでもかと想起させてくる。おまけに五才という年齢にしては高い身長と大人びた雰囲気も相まって、僕がこれまで何度お姉ちゃんと呼んで怒られてしまった事か。
僕やママ達からしたら彼女達使用人も立派な家族という認識なのだが、そこは侍女として一線を引いておきたいらしい。真面目だよねぇ。
それはそうと、毎日僕が寝た後に侍女としての修行を受けていると聞くメルトが、何故いつも僕より早く起きているのだろう。
うんうん、僕が特別怠惰なだけだよね。
一日平均十二時間睡眠は伊達じゃない。
昨晩も十八時に寝たのだが、我が家のルールである朝七時起床は四才の僕には辛すぎてあくびが出る。
なので、メルトが熱々の紅茶を入れてくれている所悪いけど、僕は二度寝を敢行するよ。
「改めましておはようございますリリアお嬢様。本日の紅茶はお嬢様のお好きなアールグレイ――ってなに寝てるんですか紅茶掛けますよ?」
「うーんそれはやめて欲しいな。僕の綺麗なお顔が火傷しちゃう」
僕はまさに絶世の美幼女。
長く伸ばした黒髪。白い陶器のような素肌。目も真ん丸でくりくりしてるし顔の造形はこれこそ黄金比率とでも言うように全てが完璧に整い過ぎている。
生後二週間くらいの頃、初めて鏡を見た時は驚いたよね。
こんな可愛い生き物がこの世に存在しても良いのか、と。
アイシャママから受け継いだこの黒髪も、ツバキママと同じ緋色の瞳も、我が身体ながら全てが愛おしい。
そしてそれは当然ママ達含むこの屋敷の人間全ての総意でもあった。
僕はウェザーズ公爵家のアイドル。間違っても顔に傷なんて残す訳にはいかないのだ。
「はいはい分かりましたから。ちゃんと朝食を食べないと身長が伸びませんよ?」
「その分たくさん寝てるから大丈夫。ツバキママは背高いし、その遺伝子を受け継ぐ僕ならどうせすぐにボンキュッボンのモデルさんみたいになる」
おっぱいの大きいアイシャママとスタイルの良いツバキママの遺伝子を僕なら良い具合に受け継いでいるに違いない。
だから四才児の平均より大分ちっちゃくてもなにも問題はないのだ。
「リリアお嬢様は相変わらず自意識過剰でございますね……。いえ中身が伴ってる分、正当な自己評価と言えるのでしょうか?」
「まぁたとえ背が伸びなかったとしても『可愛いは正義』だから」
「よくそんな出生大革命以前の大昔の格言をご存知で。ですがそれはあの野蛮で凶悪な男という種族が発祥の言葉らしいですから信用してはなりませんよ? 噂では男は今も隣りのヒラリオ大陸で共食いして生きているらしいですから」
「なにそれ男超怖い……!」
なんとなく格言は知っていたものの、そんな生態系は初めて聞いた。
ありがとう神様、そしてママ達。僕を今という時代に産んでくれて。七百年前なら平気で男と女という二つの種族が同じ大陸で暮らしていたかと思うと寒気がする。
僕は何があってもヒラリオ大陸にだけは行かないぞ。それどころか一生皇国からも出ずにママ達やメルトと一緒に暮らしてやる。
「なにはともあれサッサと起きて下さいませ。当主様もツバキ様も待っておられます」
「大丈夫、アイシャママもツバキママも僕に甘いから……むにゃむにゃ」
「だ、め、で、す! 当主様が許されてもわたくしがお母様に叱られてしまいます! 当然リリアお嬢様もですからね?」
「それは……勘弁して欲しい。ヘイル怒ると怖いしお尻ぺんぺんしてくるし。でも寝たい。……僕が二度寝している内に怒りが収まっててくれないかな?」
メルトの母――ヘイルはアイシャママの侍女をしている。
なんでもメルトの家は代々ユーゼアン皇国の公爵家であるうちで当主のお付きをしている家系らしく、例に洩れずヘイルはアイシャママに、そしてメルトは次期当主である僕の侍女として、五才という若さで働かされているという訳だ。
さらにメルトの家は生涯ウェザーズ家当主と共に成長し仕え、死んでいくために子供を作るタイミングまで合わせているのだから驚く。
一体うちにどんな弱み握られてんの君達……。
そんな血を引く彼女だから仕事には超忠実。でもね、ちょっとくらいサボった方が良いと僕は思うんだよ。なんなら一緒に寝る?
「こらそこ、全てを諦めて寝ようとしない。はぁー、本日もお勉強の予定がギッシリ詰まっているのですからしっかりしてください」
「それこそ気にする必要はないよ。だって僕天才だし。教えて貰えば一発で記憶出来る――っていうよりも教わる前から全部理解してる?」
「何故疑問形……。そして『メルトもこっちにおいでよ』みたいな安らかな顔でベッドに空間を開けないでください。わたくしは寝ません。寝ませんからねー!」
~~~1時間後~~~
「はぁー。それで二人揃って仲良く寝ていたと? メルト貴方、皇国随一の名家であるウェザーズ家侍女としての自覚が足りないのではなくて?」
「も、申し訳ございませんお母様……」
「リリアお嬢様も! そんなに毎日寝てばかりだと立派な大人になれませんよ? なんですか十二時間の睡眠に加えてお昼寝までして。赤ん坊でももうちょっと起きてます!」
「いや赤ん坊の時は僕二十時間以上寝てたし……」
「言い訳は結構です! 全くアイシャ様とツバキ様が甘やかすからこうなるのですよ。そもそも子育てと言うものは――――」
ご覧のように僕とメルトはメルトの母――ヘイルにお説教されていた。正座で。
いくら僕の可愛らしいキュートなお尻だろうと朝っぱらから、それも朝食前に尻は見たくなかったのか。お尻ぺんぺんは免除されたのがせめてもの救いである。ラッキー。
おまけに途中からアイシャママとツバキママにお説教の矛先が向いたおかげで、僕とメルトは大分楽が出来ていた。
代わりにアイシャママとツバキママが『なぜ私達が怒られる!?』みたいな顔でシュンとしていたのが面白い。
「まぁまぁーヘイルちゃん。この通りリリアちゃんもメルトちゃんも反省してる事だしーご飯食べよ?」
「そうそう。あぁ腹減った。リリア達はちゃんとお代わりしろよ? 栄養取らなきゃずっとちみっこいまんまだぞ?」
「もうアイシャ様もツバキ様も甘いのですから! というか今はお二人に話している最中でしょう!? もうもう!」
ママ達はヘイルと長い付き合いなだけあってお説教の切れ間を見付けてすぐそれを切り上げさせるのが上手だ。
その証拠として幾度となく『もう! もう! もう!!』と地団駄を踏んだヘイルは、怒り疲れたのかスッと気持ちを切り替えて朝食の席に着く。
侍女と主人が同じ席で食事をするなぞユーゼアン皇国広しと言えどもウチくらいなもの。
聞いた話によれば、ヘイルと一緒にご飯を食べたかったアイシャママと、主人と同じ席に座るなどトンデモないという考えのヘイルが昔行った過去最大の大喧嘩の結果らしいのだが僕はこの風習がとても好きだった。
だってこうして一緒に座ってるとやっぱり僕達は家族なんだなぁって実感出来て心がポカポカするからだ。
僕はこの幸せなひと時を噛みしめつつ、今日はどんな方法で勉強をサボってやろうか考えながら大きな声で言う。
「「「「「いただきます」」」」」
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