最終話 遥か上空より愛を込めて


太陽はもう既に沈んで、空の主役を交代していた。

今は月が悠々と世界を眺めて、星の淡い光をまぶした夜空の中で1番目立っていた。


私は現在、アーサーの屋敷に泊まっている。

与えられた部屋は2階の一室で、広さは以前の自室とあまり変わらない。

フカフカの床。部屋にはベッドと机に椅子が一脚。入口の反対側に窓が設置されて、レンガ造りの街並みが広がっている。

 

街中を歩いてみたい。


そんなことを考えながら私は今机に向かっており、お父様に手紙を書いていた。

書き留めているのは、近況とこれからのこと、あとはついさっきアーサーが話していたこと。

それらを大まかにまとめ上げて綴っていく。




拝啓お父様


「私、円卓の騎士になりました」


......




書き出しからエンジンマックスな手紙を読んで、父はどんな反応を示すだろうか。


ちなみにアーサーやランスロットたちはここからわざわざ屋敷まで出向いたらしい。

ここから自宅までは飛んで来た?のだが、現在の私はかなり疲弊している。きっと彼らとて同じであろう。

ではなぜ私にそれほどまで執着するのかは、これからの会議で語られるとアーサーが言っていた。


すごく気になるわね。


ギィィ


扉の開く左手側から聞こえた。

私が一度万年筆を置き体をその方向に向けると、アーサーが手招きをして私を迎えに来た。


「クロビア、会議始まるって」


ーー数時間前


私の部屋が賑やかになってからもう2時間ほど経過していた。

ただでさえうるさかったアーサーとガレス、ラモラックの面子にランスロットが合流してしまう。

するとそれはそれは楽しそうに騒ぐし喧嘩するし。

完全にパーシヴァルはスリープモードに移行して、私の拠り所がなくなっていた。

しかしながらこの盾の後ろが安全地帯なので、状況はあまり変わっていない。


「そーだ。ボクはクロビアにようがあったんだよー」


床に座って談笑しているランスロットが突然こんなことを言い出した。

なんだろう。これは悪意が分かる私でなくとも、嫌なことを言い出しそうだなと理解できる。

それほどまでにニヤニヤと邪悪な笑み。嫌な予感がします。


「そこから動かないでね。話くらいは聞くから」


「はーい。それじゃあ話すけどいい?」


ランスロットは床に座って体だけを私に向ける。

私はパーシヴァルの裏に入り、牽制をしながらも話くらいは聞くつもりだ。


この時の心理は大体みんな共通してて、何事もない話を聞かされることを望む。

そうやって安心したいのだ。


「あのね」とランスロットは口を開く。


「さっきお父様とお話しして、クロビアを隣の国に連れて行ってもいいって許可を貰ったんですよ」


「は?えっ?どうして......?」


「ボクがここに来た理由はね、クロビアをアーサー達の騎士団に配する為だったんだ」


嘘はついていない。


つまりランスロットの本当の目的はこれ?でも......


「でも...昨日会った時は婚姻を結ぶ為って、王国の為って言ってたじゃない」


「それも目的のひとつ。ボクは全くもって嘘をついていなかっただろう?キミなら分かるはずだぜ?」


「そりゃあ...まぁ...嘘はついていなかったわよ」


私はてっきり勘違いしていた。

彼は王国を後ろ盾にするとは言っていたのだが、どの国であるかを明言していなかったというわけだ。

最初から最後まで何かを隠している気がしたが、何重にも嘘が重なっていたとは。

天敵。その言葉が頭を通り越す。


ランスロットは立ち上がり、窓の方まで歩くと勢いよく窓を開ける。


「それじゃあ契約は成立してるんだから早く行こっか!」


バンッと開かれた窓からは塞き止められていた風が淡く吹いている。

カーテンは踊るように揺れ、その彼らに手招かれている気がした。


「待って!まだ何も知らない!どこに行くの!?」


「知ってたって変わらないから教えないよ。さぁさぁおいで?」


ランスロットは手を広げてこちらを向いている。

赤い瞳にキラリと光る八重歯。後ろから吹き込む風は次第に強くなり、吹き飛ばされてしまいそうなほどだ。


「クロビアちゃん行くよ?」


突如後ろから抱き抱えられ、思考が追いつかない。なぜか私はアーサーにお姫様抱っこされている。

ふわりふわりと体は浮き、アーサーの温もりを直で感じる。


「えっ?えっ?」


「アーサー、おれが先に飛ぶからチョット待ってろよ!」


ガレスは1番に窓へ走り込み、空を飛んだ。比喩ではなく、本当に飛んでいた。

ガレスの背中にはさっきまで無かったはずの翼が生えている。

窓から見えるこの光景は、私の常識なんて無かったことにした。


「すごいでしょ?クロビアちゃんびっくりした?」


「そうね...。心臓が...止まると思ったわ」


「私も行こうか!とうっ!」


ラモラックにも翼が生えている。ガレスのとは異なり、筋肉質な...。

魔法なんかではない。彼らはきっと生まれつき羽の生えている種族なのだ。


ああそうか。

私は今までいかに小さな世界を見てきたか。人の心が多少読めるくらいで驕り、他人を見下し......。

この窓の外の世界へ向かうことを拒んでいた。


ガレスとラモラックは空でバサリバサリと待っている。

きっと次は...。


バサッ


近くで音がする。視界の端にはチラチラと白いものが見え隠れして、大方の覚悟が決まってきた。

空へ飛び立つなんてファンタジーの世界にしかないと思ってたし、私が飛ぶなんて考えてもいない。


アーサーはふわりと抱き締める。

暖かく、がっしりとした腕に包まれる私はトリップしていた。


「それじゃあ...クロビアちゃん。一緒にいこっか」


「......」私はコクリとうなづいて、窓の外を見る。


アーサーも私をギュッとより抱き抱えると、窓に向かってどんどん加速していく。


正直、恐怖なんて微塵もなかった。

ただ心の中にあった常識が壊され、今までどこかに溜まっていた人の膿がドバァッと排出される。

その感覚を味わっているこの時間を大切にしようと一心だったから。


バサァッ


アーサーは空に羽ばたく。

下にみえる街並みはどんどん小さくなり、雲にどんどん近づいてゆく。

びゅうびゅうと風は耳を切り裂き、アーサーの翼はそれを掴んで上昇する。

私の身体は、経験したことのない感覚に震えていた。


太陽はこんな私を静かに見守り、温かい目で道を指し示す。


「どう?クロビアちゃんは初めてでしょ?空ってこんなに気持ちいんだよ」


「頭...おかしくなりそう...」


バサリ


絶頂に似た感覚。空気は全身に触れる。足をパタパタしても地面はない。

ズーンと落ちる。フワリと上がる。空に溶け込む。

足の指先から頭のつむじに至るまで、全ての神経に電流が流れているみたいに身体はビクビクする。


この果てしなく広がる景色は、私の世界なんてちっぽけなんだと身体全体にわからせたいようだ。


ふと...


空を飛ぶ人がいるなら、水中で生活する人もいるのかな?

地下帝国だって存在するかも。

雲より高いところに王国があったり、移動する要塞みたいな城が今も世界を彷徨っているかも。

お菓子の家...空飛ぶ絨毯...。


流れ込んでくるのは、いつの日か夢見ていた気がすること。


ああ。世界が広がってゆく。

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悪役令嬢に転生したけど『相手の悪意が分かる』から死亡エンドは迎えない 七星点灯 @Ne-roi

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