第7話 王子様はワガママなんですね

「「オレだよなぁ?」」


アーサーとランスロットに壁ぎわまで詰められている私は、頭をフル回転させながら次の一手をどうにか見つけようとしていた。

当然ですが、どっちか片方を選ぶなんて論外。


もしかすると刺されるかもしれないから。

常に最悪を想定しながら生きている私にとって死とは、そこら辺に転がっている石ころと同じくらいの希少価値なのだ。


正しく一手ずつコマを進めて行かなければ、将来幸せになることなんて出来ません。


ふと思い付いて、私は彼らの後ろで壁に寄りかかっているパーシヴァルを見る。

彼も私の視線に気が付いたのか、傍観しているような姿から体制を整えて、生気を宿した深緑の瞳で私の瞳を覗く。


部屋の端と端で目を合わせる男女という構図は、第三者から見ると愛情たっぷりなカップルと思われるかもしれない。

しかし私は今更になって、この第三の選択肢を捨てて誰かに助けを求めるなんて出来ないのもまた事実。


どうにか私は目線だけでパーシヴァルに「助けて」と伝えているが、彼は理解しているのだろうか。 

相手の悪意が分かると言っても、それすなわち万能であるとは限らない。

特にこのような相手が善意で動くことを期待する場面においては、一切の情報をとることが不可能であるし、むしろ心が分からない点が余計に不安を引き立てるのだ。


「クロビアちゃん、早く決めなよ」


「クロビア、さっさと話をさせてね」


窮屈な状況下と助けを求める感情は、時間と共に比例して大きくなる。

私の弱いココロはもう、「頭の中のコインを弾いて、表か裏かを確認してしまえば良いじゃないか」と妥協に妥協した考えを提案してくる始末。


「あっ...あっ...その......」


「......」


パーシヴァルは一向に動く気配がなく、静かに、冷淡に私を助けるでもなく静観していた。

パーシヴァルにすがりつく私の視線は弱々しく、もう彼の所まで飛ぶことが出来ずに、その手前で墜落しているのだと私は若干の想像をする。

私とパーシヴァルの距離にしてたったの数メートルが、今では途方のない距離に感じていた。


「......はぁ」


しかし聞こえたたったひとつのため息。

表現は大袈裟かもしれないが、曇天に差す一筋の光のように希望に満ちている。

パーシヴァルがようやく私の要請に対して答えを示した。


「おいアーサー、ランス。ヤメロ......」


よく説教を落雷と表現することがあるが、パーシヴァルの口調に対して使うのは不適切だと思った。

なぜならば、私が1番に感じたイメージが、雪山に突如として吹き荒れる吹雪だったから。


ほら言いえて妙だと思うの。

その証拠に二人とも凍らされたみたいにカチコチになっている。


「ひぇー。パーシヴァルさんこっわ。関係ないおれまで寒気がしたんだけど」


「あぁ。主君にまでピシャリと言い放つその姿は、それもまた騎士道と言えよう。パーシヴァル殿あっぱれ!」


外野が盛り上がってやいのやいのと言い出している間に、私は壁と二人の隙間から脱出する。

向かう先はもちろん今回の最優秀選手であるパーシヴァルの元だ。

小走りで彼に近づき、彼がもたれかかってる壁と彼の背中の間にスッポリと侵入して、パーシヴァルを盾に見立てた体制にチェンジ。


「...クロビアさん?なんでワタシの背後を取るんです?」


私は氷状態から復帰したアーサーとランスロットを警戒しつつ眺める。


「あぁ!パーシーがインチキしてるぞ!許していいのかランス!」


「おいおい。いつからオマエの護衛はボクの妻を誑かすようになったんだい?」


「私を困らせない方がいいわよ。私にはパーシヴァルが付いているから」


「「うっ!」」


争いを起こさない方法なんて大体決まっている。

私はただその方法の一つ、強大な力を持つパーシヴァルを抑止力として運用することによる、パーシヴァル抑止力を行使しているだけだ。

これでは彼らも下手に手を出すことは出来まい。


私はパーシヴァルの背中から、彼だけに聞こえるように呟いた。


「ありがと......」


「......」


うーん。悪意しか分からないから、喜んでいるのかさえ観測できない。

こういう所はきっと、私は他の誰よりも不器用だ。


太陽は一連の流れを体温で包み込んでいた。

しかし彼は一点しか観測できぬような存在ではない。


ワルワーラ・ユージニアの屋敷から北西に数十キロ離れたとある王国。

その真ん中にドッシリと鎮座する城の一室。

そこには円卓と、それを囲むように座っている数名の鎧を着た人物。


厳かな雰囲気を纏っているのは、彼ら彼女らが騎士であるからなのか、この部屋に一切の日光が差していないからか。

この部屋の明かりは円卓の上で見守るシャンデリアのみで、どうやっても部屋の隅は暗くなってしまう。

円卓を囲う椅子は十二脚あることから、本来ならば出席している人数も同数であると伺える。


本来ならば。


「さて、今日は7人集まってるね」


円卓の12時の方向に座っている青年が厳かな空気を一刀両断する。

察するところ、彼はこの面子の中でも上層部に位置しているに違いない。

彼の一言は今後の会話の引き金を引くことになる。


「アーサーの野郎どもが遠征に行ったきり帰ってこねーんですよ」


1時の方向に座っている青年が口を開く。

彼は足を組み、指を組ませた手に後頭部を乗せて、退屈そうに答える。


「私ギモンがあるのですが、この人数集めて話をしたところで二度手間だと思うのです」


6時の方向に座っている少女は疑問を呈する。

彼女の風貌は周りと比べて明らかに未成熟な少女そのものであり、恐らく特注の真っ白な鎧は小柄な彼女にぴったりだ。

また特筆すべきは彼女が白いクマのぬいぐるみを抱えてこの会議に出席している点で、しかしながら誰も咎めることがないということだ。


「それがね、緊急事態なんだ。なんでも最近ここ周辺で凶暴化したモンスターが現れるとかなんとかで...」


「モンスター?おいおい、どうしてそんな案件が俺たちにまで回って来るんだよ?」


10時の方向の席から発言に被せるように声がした。

声の主は彼であろうことは大方予想がつく。

力強い声に見合った大男は人一倍大きな槌を右手で杖のようにしてドッカリと椅子に腰を乗せている。

この場合同情すべき椅子である側も特注で、周りの椅子に比べてひと回り大きい。


「冒険者共はどうしたんスカ?アイツらなら喜んでこんな依頼引き受けてくれると思うんですけどね」


「そうですそうです。やっぱりギモンです」


1時の青年はシャンデリアを眺めながら聞く。

少女はお尻でピョンピョンと椅子の上で軽く跳ねている。


「どうやら原因は根深くなっているらしいんだ」


今日の会議は難航しそうだなぁと皆一同に思い浮かべて、話を聞くだけになっていく。




燦々と注ぐ太陽はこの事実さえ知っているのだ。

彼だけがこの世界で唯一の神であり、人々を正しい道へと導く主であると誰もが賛同してくれるであろう。



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