第5話 訪問ですって

朝日はクロビアの全身を照らし、夜の終わりと1日の始まりを同時期に主張する。

クロビアの朧気な意識の中では、出来立ての朝食や温かい紅茶の香りを存分に感じており、目を覚ますのも時間の問題だ。

さえずる小鳥や川のせせらぎも、ついさっき世界が始まったかのように鼓膜を揺らし出した。


おや?もうクロビアは起床しているらしい。

シワだらけのベッドに彼女の姿はなくなって、ベッドのすぐ横にあるドレッサーでゴソゴソと今日の準備を整えている。

いつも通りの緩やかな時間は、流れる水の如く悠々と過ぎて行き、燦々と降り注がれる斜陽もゆっくりと腰を上げ始める。


コンコン


突如部屋の真っ白な扉が鳴き出し、何やら外で雑多な音が聞こえる。

しかしこの状況にクロビアは眉ひとつ動かさず「いいわよ」とだけ軽く返事をした後、ドレッサーに視線を戻す。


ガチャリ


扉が開くといつものようにグールが部屋に足を踏み込む。


丁寧に頭を下げて「失礼します」と定型文を聞かせた彼はバツの悪そうに続ける。


「クロビア様。とある事情により、本日はこの部屋での朝食となります」


「え?」


私は単なる疑問を呈したはずが、予想より素っ頓狂な声が漏れてしまって、なんだか恥ずかしくなる。

しかしグールは淡々と冷鉄に言葉を続ける。


「本日の早朝、王国の方からクロビア様とお会いしたいと希望する男性が4名屋敷に訪問致しました」


「それならば」と言ってグールはピンと人差し指を立ててまた口を開く。


「クロビア様の自室に皆さんをお連れしてしまえば万事解決です」


「だからって朝食をここで食べる理由にはならないでしょ!?」


私は両手を広げてグールに不服を申し立てる。

彼のおかしな所はこの行動全てに善意が詰まっている点だ。


「ですがもう連れてきてしまったので......」


おずおずと申しわけ無さそうにグールが一歩右にずれると、扉の向こうに数名の青年が待機していた。


様子は三者三様......いや四者四様だ。

ニコニコしている目の細いやつは、比較的長身でコチラを上から覗き込んでいる気がする。


フレームの丸いメガネをかけた凛々しいやつは、目を閉じて何やらブツブツ言言いながらも満更でもなさそうな様子だ。


フッと何やらカッコ付けている子供?は、生意気そうなくせに背が低い。


あとはなんかムキムキな人がいる。

自分の筋肉を見せようとしているのか、力こぶで威嚇してくる。


唖然としながらも、よく冷静に彼らの特徴を捉えられたと自画自賛する。

しかし目の前の光景に言葉を忘れてしまい、言語中枢は停止してしまった。

彼らが完全に停止している私を不思議そうにみてくるのに対して、私はどうしようかと瞬時に思考を巡らせる。


「想像してたよりも王子様のお友達はクセが強いわね......大歓迎よ......」 


どうにか全力で言葉を選んでなんとか捻り出した。


グールはその間に朝食を背が低い来客とお話をする時用のテーブルの上に置き、「それでは」と言って去ってしまった。


バタンッ


扉が閉まると全員が好きな場所に位置取った。


目の細い青年はソファーに座っている私の隣りに。肩に手を回そうとして来るのを私がやんわりと避ける。


子供?は向かい側のソファーに座ってパンケーキを眺めている。


メガネをかけた青年は、子供?の近くに突っ立って何やら考え事をしている様子。


ムキムキな漢は腕を組んで背が低いテーブルの側で胡座をかいていた。


「よーし、皆んな集まったしクロビアちゃんに自己紹介から」


目の細い青年が指揮をとりだす。

前世の知識を使って表現すると、ホストみたいな青年と表すことができそうです。


「オレは」と言って指揮をとった青年が手を上げ口を動かす。


「アーサーです。隣のブリトンって国の王子をしてます。あっ、別に敬語とか使わなくてもいいからね」


「それじゃあアーサー?その肩に回している手をどけてくれないかしら?私はそこまで許容するほど優しい女じゃないの」


挨拶がわりにシッカリとジャブを入れなければ。

ココで舐められてはいけないと、女の本能的な部分が言っている。


「ええー?クロビアちゃん冷たーい」


はぁ。私は心の中でため息をつく。


終始おちゃらけた目の細い青年はアーサーという名前らしい。

私はランスロットの手紙の『チャラい男の子』という記述を思い出して、1人で呆れた表情を浮かべていた。


今度は目の前に座っている男の子が口を開く。


「おっ、おれはガレス。今日はランスロットさんに呼ばれたから来ただけだ。別にお前なんてキョーミねぇからな!」


ガレスは器用にパンケーキを頬張りながら話す。

彼の手先は白く美しく、まるで女性のような艶と魅力を持っており私はつい声をかけてしまう。


「ガレスくん、綺麗な手ね。まるでシルクみたい......ちょっといい?」


私の両手は吸い込まれるように彼の手のひらをスラリと触ってしまい、滑らかな心地と柔らかい感触に浸りながらしばしの癒しを得ていた。

しかしガレスは恥ずかしいのだろう。

頬をリンゴみたいな色に染めてからしばらく固まり、急に声を荒げる。


「やっ......ヤメロッ!おれの手にさわるなぁ......」


「うふふ......」


バッとガレスは後ろに手を引いて、私の両手から逃れる。

名残り惜しさと共に感じる彼への愛着は、母親のそれと近しいのだと本能で感じる。


「それじゃあ次はワタシだな!」


テーブルのすぐそばで胡座をかいている漢は荒っぽい声を出した。

組まれた腕には筋肉やら血管やらが浮き出ており、彼の自己愛を示している。


「ラモラックだ!趣味は見ての通り筋トレで、アーサーの護衛をしている!」


「護衛って言った?護衛の方がどうして私に会いに来るの?」


「分からん!だがワタシ自身、キミに惹かれたのかもしれない。ということでご一緒させていただく」


「まぁいいですけど......」


この時間で私は何百歩譲ることになるのでしょうか?

そもそもランスロットの手紙を読んで数時間しか経っていないのに全員が訪ねてくるなんて。しかも本人はどっかに行っちゃったし......。


「あと、お名前を聞いていないのは......」


私はそう言ってメガネをかけた青年を見る。


「......ランスロットの手紙を貰ったんなら消去法で分かるだろ。それで満足してくれ......」


ピシャリと彼は言い放ったが、私は一切納得いっていない。

だって急に部屋に押しかけられのに寛容にも受け入れたこの私に対して、消去法の自己紹介とはなんだ失礼ではなかろうか。

私が沸々としていると、アーサーが茶化すように口を開く。


「あれー?挨拶もしないなんて、クロビアちゃんに失礼だよねぇ?でもそんな人を護衛に入れている俺の責任かなぁ?」


チッと聞こえた気がするが聞こえなかったフリをする。

ランスロットの手紙では、パーシヴァルが1番気難しいと記載されていたことを思い出す。


「......パーシヴァルだ」


「よろしくお願い致しますわ」


主君の名声を保つため、なんとか捻り出した挨拶を受け取る。

私だってアンタと同じ気持ちで、訳の分からない状況に放り込まれた被害者であると、どこかで言ってやりたい。


「よーし。もう全員自己紹介が終わったことだし、冷めないうちに食べよう!」


アーサーはキラキラとした目でパンケーキを大皿から取り分ける。

彼はここに来て1番パンケーキを気にしていたらしい。


「おいアーサー!そこからコッチはおれが食べるんだ!勝手にとるなぁ!」


ガレスも負けじと手を動かして、それに応戦する。


「ガレスくんはパンケーキが好きなのねぇ。うふふ」


なんだか彼を見ていると癒される。小動物を愛でている感覚とでも表そうか......いや母性本能と改めよう。


「テメェ、子供扱いするんじゃねぇ!これでも十六なんだよ!」


「ガハハッ!ガレス殿は冗談が下手だなぁ!そんな見え見えの嘘はクロビア殿には通用せんぞ!」


「嘘じゃねぇよ!黙れゴリラ!」


「ゴリラを悪口だと思っている時点で子供だよなぁ......」


「アーサーもうるさい!人数有利な方に味方するな!」


アーサーは子供相手でも容赦なく茶化している。

だけどお口の周りに付いているシロップの量ならいい勝負になりそうね。


ワイワイ、ガヤガヤ......


早朝、私の部屋は宴会の如く賑やかになっていた。


それが非日常であることなど理解出来ぬ程に3人は溶け込んでいる。


彼らを眺めながら必然的に私とパーシヴァルの考えは共鳴する。


コイツら元気良すぎだろ......

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