第10話 騙るときこそ、堂々と

「――――――――――――」


 白狼族の大人たちは、その場で固まっていた。

 誰も動かないし、声も発しない。


 そのさまを見て――


 自信満々に現れたはずの俺は、内心ひどく焦っていた。


 おいおい、フミナ! お前さんの悪いところだぜ。頭がいいわりに推定すいていで物事を運ぶクセあるな? HAHAHA、それは戦場じゃ命取りだぜ、BOY 


 脳内の戦友ボブが、爆笑しながら肩をたたいていた。


 おっとこれはまずいか。フラウたちに天人には目立った外見的特徴はないと聞いていた。だから、いけると思ったのだが。

 もしかすると彼女たちも知らない、天人を天人たらしめる特徴があるのかもしれない。

 それを有していない俺が、「いざ、天人様でござい!」とどや顔で出て行ったのであれば、彼ら獣人族の反応も理解できるというものだ。


 ――あー、やっべ。やっちまったか? まぁ次の策もあるが……




 そう思い始めたとき。



「て、天人さま……? あなたは遥か過去に去られたご主人様であらせられると言われるか……?」


 先頭にいた、年老いた爺さん獣人が、震える声で言った。

 お、これは良い反応だ。見た感じ、彼が長老ではないだろうか? 

 こういう人間を一人説き落とせば、後は芋づる式に行けるんだ。

 

「――ふむ。いかにもである。この神獣の牙が証拠だ。われ意外に、こやつをちゅうせるものがいようか? 我は、星の海のそのまた向こう、今は天人の都となりし星から単身来たゆえ、この世界の事は何も知らぬ。であるから、まずは過去の側使そばつかえと名高き白狼族を頼ろうと思ったのである」


「そ、それは何とも光栄です。――ですが、天人さま……あなたが……」

「まだ信じられぬか?」

「い、いえいえ。めっそうもない! ですが……」


 ふむ。もう一押し必要だな。


「すまなかった……。長く待たせた」

「……は?」


「お前たちは、我のような天人の再来を心待ちにしていたのであろう? 神獣などという厄介な獣など放置しておけばよいというのに、定期的に生贄いけにえなどという苦痛を伴う代償だいしょうを捧げてまで……。もうよい。我が来たからには、生贄などという野蛮な儀式は行わなくてもよいのだ」


「そ、それは……」


 長老獣人は、フラウと、ミアをちらりと見る。

 その目に、罪悪感による揺らぎがあったことを俺は見逃さない。


 見た限り、白狼族の文明レベルは高くない。

 地球で言うところの中世よりも前のレベルである。

 フラウの話だと、大森林の外には人間の国があるというから、ある程度の政治体系が整い、経済活動が行われていると思う。

 

 だが、白狼族は違う。隔絶された暮らしを送っている。


 社会は部族単位。信仰に重きがおかれている。

 里の規模からいって、豊富な人的資源があるとも思えない。

 なのに、生贄などというシステムがある。


 フラウやミアという働き盛りの若い労働力を積極的に失おうとする。

 それには止むにやまれぬ事情があると察した。


 生贄とは、大体において、問題解決のために行われるのだ。

 例えば、人知が及ばない自然災害。それを収めるための手段とか。


 今回のパターンでは、現実的な脅威きょうい抑制よくせいだ。


 そう、あの大ワニだ。アイツ、普段は何を喰っていた?

 あの巨体である。俺が見た限り、あの周囲には動物はいなかった。

 過去、獣人たちを食い散らかしたのではないか?


 あんな危険生物の活動範囲内に住居を構えようとするなど骨頂こっちょうと思うのだが、そこは信仰あつく忠誠心にあふれる白狼族。天人の残した遺跡を守るという使命があり、離れられないのかもしれない。


 ワニは怖い。

 だが、信仰する対象が置いて行ったものだ。無下には扱えない。


 結果、定期的に餌として生贄を差し出すという文化ができたのではないか? と思うのだ。それ、家畜とか魚とかでよくないか? と思うが、という行為が信仰には必要なのだ。

 だから―― 


「もうよいのだ。苦労をかけた……」


 俺は慈愛をたたえた、アルカイックスマイルで、獣人たちを見る。

 すべてを許し、受け入れる微笑みだ。

 

 まぁ、腹の中は詐欺師で大ペテンなのだが。



 ――ずしゃ。


 そんな音を立てて、大人たちが次々とひざまずく。

 さらには、はらはらと涙を流し始めた。


「おお、おおお、この時を幾年いくねん幾百年いくひゃくねんお待ち申しておりました……」

「主人が、われらが主人がついに帰って来られたのだ! おおお、お帰りなさいませ

 ぇぇぇぇえええ!!」


 うわ、男泣きだ。

 毛むくじゃらの、白狼おっさんたちが、男泣きに泣いていた。


 こんなにも劇的な反応があるとは思わなかった。

 だが、がはは! 勝ったな!


「ふ、フミナ! すごいに!」


 息を弾ませフラウとミアが寄ってくる。

 これで彼女らも、『生贄から逃げた者』という立場から解放されるだろう。

 なんなら、天人様を案内した者として特権的な扱いを受けられるかもしれんな!


「ふっ、任せておけといったろう。これで、お前たちは大丈夫だ。これからは里でもちやほやされて、いい暮らしができるかもしれんぞ」


「それは、別に望んでないに!」


 と笑顔で言うのだが……、

 もったいない。絶対楽だぞ? 特権階級。


 その時、彼女たちを怪訝けげんな目で見る里の獣人たちがいた。

 ああ、俺と気安く話しているのが気になるのだな。俺は神にも等しい存在だものな。不敬ふけいだ! と思っても仕方ないのかもしれん。


「彼女らは良いのだ。我を案内した。彼女らは


 と、俺は軽い気持ちでいった。フラウたちがいなかったら、ここに来れてないもんな。うんうん。タメ口くらい許そうではないか。


 だが、おおお、獣人たちの中でどよめきが起こった。

 ん? なんか変な事言ったか? 反応が何か、大きい。


「え、そんな、フミナ、嬉しいにぃ……」

「フミナおにいちゃん、ぐっじょぶ……」


 照れるフラウと、ミアまでが、にっこりしている? 

 なんだというのだ一体……


「――そうと決まれば、さぁ、皆の者。宴の準備だ! 早う、早う! フミナ様を待たせるでない」


 俺の疑問は、場の熱気で打ち消される。長老(もうあの爺さんがそれでいいだろう)の号令と共に、あっという間に、里中が上へ下への大騒ぎである。


 天人さまのご降臨だ。我らの主人のご帰還だ。と騒ぎたて、女たちに宴の用意をさせる。急ぐに、急ぐに、と老いも若きも女たちが走りまわる。


 あ、その口調女の人だけなんだな。白狼族の男たちはふつうだったから、フラウたちだけかと思っていたよ。



 ◆◆◆


 ひっくり返したような大騒動は続く。

 あっというまに宴の主賓しゅひんに祭り上げられ、夕方には色とりどりの果物と、原始的だが美味そうな食べ物に囲まれていた。


「さぁさぁ、フミナさま。お召し上がりください。我ら白狼族が集めたとっておきの獲物たちで御座います」


 ご飯だけじゃない。両脇には見違えるほどに着飾られたフラウと、ミアが座った。純白の豪華な衣装でまるでウェディングドレスのようだ。


「フミナ、フミナ! すごいに。かっこいいに!」

 

 よしよし、そんな立派な服を着せてもらえるほど、立場が上がったか。

 俺と出会って良かったな。がははは。


 ごろごろと頭を擦り付けてくる、フラウに照れ、逆サイドでにこにこと笑っているミアを撫でたりして。俺は宴を楽しんだ。


 俺は浮かれていた。

 とりあえず、天人の遺跡関連の話は明日ゆっくり聞けばいいだろう。


 その後、腹いっぱいになった俺は、案内された寝所に通された。

 もとは何かの祭祀場さいしじょうだろうか。木材を用いて作られた建物は中々に立派だった。


 藁を布でくるんだものが敷き詰められている。

 ベッドのような物か。そこで寝ろという事だろう。


 ありがたいなぁ。寝袋で野宿は中々背中が痛かったんだ。

 横になった俺は、目を閉じる――――




 ◆◆◆



 荒い息遣いきづかいと、熱を感じて、目を覚ました。


 身体が動かなかった。やけに熱を持っている。頭がぼーっとし、思考が上手く働かない。何が起こったのだろうか? まさか、毒でも盛られたか?


 心は焦るが、身体がついてこない。

 霞む視界の端で何かがうごめいた。


 俺の上に誰かいる?

「や…………ぉ…………っ」


 声がかすれて出なかった。

 目を凝らす。ヤバい、ヤバい、ヤバい。天人を語ったのがばれたのか。


 灯された明かりに揺らめく影は俺の体の上からゆっくりと身を起こす。

 ゆらりと、起き上がった影は目を爛々らんらんと輝かせていた。

 大きな尻尾、耳もある。獣か? こんな場所に?


 ――いや、獣なら沢山いたな。この里は獣の村だった。


「フラ……ウ……」


 精一杯の声を振り絞って声をかけた。

 俺の意識が戻った事に気づいたのだろう。ソレは、にんまりと笑う。


 起きたに? もっと寝ててもよかったのに……と


「がお、――フミナのこと、食べにきたにぃ……」


 白き狼の娘は、野生そのままの美しき裸体を誇示しながら、俺の首筋に噛みついたのだった――

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