第9話 白狼牙の里へ行こう

 白狼牙はくろうがの里へ行こう。

 そうフラウに言うと、とても驚いた顔をされた。


「そ、それだけは嫌にぃ……」

「――ふむ。君たちもいつまでも俺と一緒にキャンプ生活というわけにもいかないだろう? 一度、里に戻るのも選択肢のひとつだと思うんだが?」


「うに、でも……」


 目を伏せ、言いにくそうに口ごもる。妹のミアも、同じような顔をして――いや、目に涙を溜めていた。駄目だもうすでにグスグスと泣き始めている。


「んに……、フミナがウチたちを要らないっていうなら、しょうがないに……。生贄いけにえとして神獣様に差し出されたのに、おめおめと生き残って、反対していたおばあ様まで巻き込まれて死んじゃって……。きっと村の長老たち怒ってるに。ウチたち戻ったらどんなひどい目に遭わされるか分からないに。でもフミナがそうしたいっていうなら仕方ないに。ごめんねミア、お姉ちゃんミアの事守れなかったにぃ……」


「ああーん、あーん……やだよぅ、死にたくないにぃ……」

「ごめんねごめんね。大丈夫、大丈夫。最後のその時まで、お姉ちゃん一緒にいるにぃ……」


 サーっと血の気が引いた。

 凄いな。これは凄い。吐き気がするほどの罪悪感だな!

 帰るのを嫌がるだろうなとは思っていたが、ここまでの反応をされるとは想定していなかった。思わぬところで心に大ダメージだ。

 

「ま……、待て待て待て!! 勝手に盛り上がるな! 誰がお前たちを突き出すといった! 大丈夫だ! そんなことはしない!」


「「――――本当に?」」


 パタンと倒れていた、ふたりの耳と尻尾がピンとたつ。

 さっきまで、目に涙を溜めていたはずが、今は期待に満ちた目で俺を見るのだ。くそ。この姉妹、意外とやり手か? さては、相手をコントロールするすべを本能で知っているタイプだな!


「フミナおにいちゃん……」


 さらにフラウの妹、ミアがすすすっと俺の横に来て、袖を引いた。おにいちゃん? いきなりそう呼ばれて、鼓動が早くなる。


「ね、ちょっと内緒の話しよに?」


 姉のフラウは中々に肉感のある健康的な体格をしている。

 一方この妹、ミアは、年齢を加味したとしてもずいぶん小柄で、はかなげな印象を受けた。姉よりも癖の少ない銀髪はすらりと背中ほどまで伸び、少したれめの耳が乗っている。表情も伏し目がちだが、線の細さと相まって神秘的な美しさがある。成長すれば、姉をも越える超美人になるだろうと強く予感させるポテンシャルがあった。それに、現在の年齢、姿でもあってもかなり庇護欲ひごよくをそそるのだ。好きな人はトコトン好きなタイプで……、いや俺はロリコンではない。断じてない。ないのだが。


 そして、そんな美少女がくいくいと袖を引き、耳を貸せとジェスチャーをする。

 これは、無条件で従ってしまうな。

 うむ、はい。耳をどうぞ、と膝を折った。


「――にぃ……、私たちは、白狼牙の里でいい思い出がなかったに。だからあそこへは帰りたくないに……、それにお姉ちゃん可愛いに? 朝どうだったに? あったかかったと思うに。おにいちゃんのお嫁さんにぴったりだと思うに。今なら、私も一緒についてお得に。ぜひぜひ、おにいちゃんのものにしてほしいに……」


 いきなりえぐい事を言われた。


「っ――、いきなり何をいうんだっ、……フラウに聞こえるだろう。子供が変な事を言うんじゃない。どこでそんなことを覚えたんだ」


 明らかに10歳程度の女児が言っていい台詞ではないだろう。

 ひそひそ声でミアを叱りつけるが、逆にミアは目に力を込め力説する。


「お姉ちゃんはああ見えて、料理もできるに。昨日のスープだってもう覚えたって言ってたに。私たち白狼族は、天人様の側使そばつかえに。外見もいい種族に? その中でもお姉ちゃんは、かなりおっぱいもおおきくて、サービス精神旺盛で――」


「ええい、やめんか!」


 延々と続きそうな妹のセールストークを引きはがす事で無理やり終らせた。

 フラウパス! と妹を放り投げ、息を整える。

 駄目だ。彼女らは危険だ。天性の魔性に満ちている。妹のミアまでもがそうだとは思わなかった。


 俺はじりじりと二人から距離を取りながら宣言する。

「言っておく! 君たちを里に置き去りにしたりはしない! 生贄にされた人間が運よく戻って来たとしても、その共同体でどんな扱いを受けるか、俺にだって想像はつく!」


 彼女らがこんな風に、自分を対価にしようとしてまで、俺と一緒にいようとする。そこにどんな悲壮な思いがあるか……。

 申し出は嬉しいが、俺はそんな後ろめたい関係は嫌だ。


「いいか。俺が村に行くのは、一つに、情報収集の為。そして、今後の君たちの生活の為だ」

「ウチたちの生活……?」

「ああ、生贄の風習があるんだろう? そもそも俺はそれが気に入らない。だからぶっ潰す。そして、君たち姉妹が安全に暮らせるようにしてやるのだ」

「そんなこと、できるに? だって、生贄は何百年前からあるに。そんなにすぐに変えられないに……」


「いいや。出来るね。俺は天才だからな」


 俺は不敵に笑う。これから、ちょっとした芝居をうつつもりなのだ。

 仕込みが少し大変だがハマれば大きな効果が得られるだろう。そのためには準備が必要だが。

 俺は巨大ワニ、彼女らのいう神獣アーマーンの死骸を指さして言った。


「そのためにもだ。アイツを解体するのを手伝ってくれないか」



 ◆◆◆

 


 白狼牙の里は、神獣の住む水場から、しばらく森を進んだ先にあった。


「フラウ、ミア、お前たち! 帰って来たのか!?」

「し、神獣様が死んでいるんだ! お前たち……なぜ生きている」


 案の定、里は動揺していた。

 俺たちがいない間に、神獣の死骸を見たのだろう。あの大ワニが死んだ事は分かったが、原因も何もわからず、混乱しているという所か。


 複数の大人たち――意外と歳がいったものが多い。白くふさふさの毛を生やした男の獣人たちだ。ふむ。髭とつながるのか。ぱっと見、ライオンのようにも見えるな。


 そいつらが、フラウとミアに詰め寄る。

 彼女たちには村の入口正面から、普通に歩いて入ってもらった。

 二人は嫌がったがな。どれだけ嫌われてるんだ村のやつら。だが、必ず助けてやるからと言い含めたのだ。


 フラウはよってたかって、問い詰められていた。しどろもどろになりながら、懸命に話している。自分たちは何も知らない。気が付いたら朝だった。と。


 やはりこうなるな。

 大丈夫だ。予想通りである。


 その間、俺は何をしていたのかというと――、里の中央、開けた場所まで家影に隠れながら来ていた。お供は、ビッグドンキー。機械仕掛けの無頭のロバだ。そしてその背には、巨大なワニ、神獣アーマーンの牙。


 俺は、物陰にしゃがみ込み。息を整える。

 俺は天才だ。出来ない事などない。自己暗示は大切だ。望めば叶う可能性が生まれる。望まなければ可能性も生まれないのだ。


 大丈夫だ。出来る。出来る。出来る。

 今までやったことなど一度もない、大ペテンの大博打おおばくち

 それでも、俺ならできるのだ。天才だからな。


「――よし」


 俺は、手元のM4カービンの引き金に指をかけた。


 ガガガガッ!!


 銃を天に向けて乱射する。

 突然の銃撃音に、フラウたちを取り囲んでいた、獣人たちが身をすくめるのが見えた。


しず、まれぃ…………っ!」


 次に使うのは、拡声器である。米軍の装備にあった古めかしいものだ。出力は最大にしてある。押し殺した重い声であったが、ビリビリと音が割れるほど拡声される。この拡声器、あまり性能が良くない。音が歪んでしまっている。だが、今はその割れ方が良い効果を生んでいた。


「――愚かなる白狼の民よ……。我は、この地に降り立った新たなる天の民。天人の末裔である。我は捧げられしかの娘たちの願いに応え、再びあまくだった。我が下僕、白き狼の末裔たちよ。もはや生贄は不要であるぅ……」


 獣人たちに動揺が広がる。きょろきょろと回りを見回すものもいる。

 おっと、ちゃんと広場の方を向いていてくれよ、と俺は最後の仕上げとばかりに、手に持った筒状のものからピンを抜き放り投げる。すぐさま耳を塞いで伏せの態勢。見れば、打合せ通り、フラウとミアも狼耳を押さえてしゃがんだところだった。


 俺が投げ込んだもの。それは、M84スタングレネード。

 起爆と同時に180デシベルもの爆発音と、強力な閃光をまき散らす、非致死性兵器だ。


 広間の中央で、凶悪な光と音が獣人たちを襲う。爆発が収まった後、哀れな彼らは地にうずくまって、怯えていた。


 俺はそれを尻目に、アーマーンの牙を担ぎ、悠々と広間に出るのだ。

 俺の事は誰も見ていない。それどころではないからな。


 アーマーンの牙に地に転がし、その上に座る。思い切り尊大な態度で、いかにも支配者然とした態度でもって。


「――顔を上げるがいい。白狼の民よ」


 ちらほらと、視界が回復してきた獣人が俺を見た。彼らには、俺が雷鳴と共に現れたとでも見えるだろうか? 見えてほしいものだ。そう演出した。そうならなくとも、いきなりのスタングレネードで心を折ったからな。ハッタリで優位は得やすいだろう。


「我が名は、天人、フミナ・クサナギである。神獣アーマーンは我が機嫌を害したため殺した。我は生贄を望まぬ。だがその娘たちの心のありようは気に入った。白狼の民よ。この愚かなワニのようになりたくなければ、我が意にそうがいい」


 ――交渉開始。ネゴシエーション・スタート


 目指すは、天人の情報とフラウたちの安全だ。

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