閑話 宵闇の魔女は神域に飛来する

 その魔女は、箒に乗っていた。


 もし、フミナが見れば卒倒そっとうするかもしれない。

 地球人類が想像する魔女のイメージ通りに、彼女は掃除のための道具で飛ぶ。


 吹きつける夜風を魔法で防ぎながら飛ぶ彼女は、闇夜にも似た漆黒の衣装を身に包んでいた。その身はまだ若く、衣装と同じ漆黒の髪が流れる。


 少しきつめの風貌だが、美しい娘である。

 唇を一文字に結び、厳しい視線を眼下の森に落とした。


「はぁ……。神域ってどうしてこんなに暗いの。目印の一つもあればいいのに。探すこっちの身にもなってよっ。学術院バベルもここがスフィア・ソフィアの中心だっていうなら、獣人たちに任せてないで、直接管理すればいいじゃないの……」


 叡智の天球儀スフィア・ソフィア


 この星に住む人々は、自らの大地の事をそう呼ぶ。

 それは、はるか過去に存在した旧支配者、天人種エマーシアンがそう呼んでいたからだ。


 天人種がこの星を支配した時代が遥か過去のものになって久しい。

 

 今の支配者は人間種ヒューマンである。

 天人種エマーシアンから直接文明を受け継いだゆえの地位だ。


 その中でも、彼女の所属する大魔導学術院、通称『バベル』はスフィア・ソフィアの管理運行を一身に担っていた。乱立する人類種のどの国とも一定の距離を置き、悠久の時間を独立機関として、星の営みを見守っていた。


 そのバベルが所持する天人の遺構、汎未来演算機クロノスフィア、これが重大な警鐘を鳴らした。


 3年以内の


 どうして滅びるのか。

 何が原因なのか。


 汎未来演算機クロノスフィアは答えてくれない。

 ただ、滅びるという結果だけをはじき出し続けている。


 そのため、大魔導学術院バベルは、今も手付かずの天人種の遺跡である神域の大森林を暴く事に決めた。


「あのホワイト獣人たち、ちゃんと門番獣ガーディアンの対策、したんでしょうね。古の奉仕種族だかなんだか知らないけど、あいつら受け身なのよ。言わなきゃ何にもしようとしないし、文明にも興味がないなんて変なの」


 彼女がさがしていたのは、この森に住まう白狼族の集落『白狼牙』


 天人の遺跡の中央に至る道は、彼らしか知らない。

 また盗掘者をことごとく殺戮さつりくする、屈強な強化生命体が守っている。


 遺跡の守り人である獣人たちに協力を仰いだのは数日前の事だ。

 言い伝えでは、天人の側使えであった彼らだけが、遺跡の中心への道を知っている。


 星の運行を司る学術院バベルの正式な依頼だった。

 遺跡を恒久永遠にそのままの姿で守り続けるという使命を帯びた獣人たちも嫌とは言えない。白狼牙の長老たちは、苦虫をかみつぶしたような顔をしていたが。


「ちゃんとやってるわよね? 数日後には調査団が来るのに……」


 そんなわけで、学術院の誇る特1級大魔導師マギウスツゥツィミトラ・アルマは嫌々ながら白狼牙の里に、進捗確認に向かっていたのだ。


「あー! 里どこか、わかんないぃぃぃ!! あいつら松明くらいともしときなさいよ! もうっ、暗いの大っ嫌い! 早く帰ってお風呂入りたい!」

 

 スフィア・ソフィアの正統後継者 人類ヒューマン

 天人の残した人為種族にして奉仕種族 白獣人族ブリリアント


 そして、異世界より現れた天人種エマーシアンの後継、クサナギ・フミナ。


 二つの世界の命運を握る彼らが、神域の大森林に集おうとしていた。



 

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