第7話 この世界のことを教えてくれないか

「ウチたちは、白狼族はくろうぞくっていうに。フミナの言うとおり獣人やに」


「そうか。獣人は白狼族の他にもいるのか? トカゲ人間リザードや、有翼人種ハーピィ、君たちは人間9割だが、逆の狼男ライカンスロープというのも鉄板だ。もう何が来ても驚かないからドンドン来い」


「ど、どんどん……? なんのことかわかんないけど……でも、フミナのためなら、何でも答えるにっ。あと、うちの知ってる獣人族はみんなオオカミに」


「そうか……個人的に恐竜人類に憧れがあったからトカゲ人間は見たかったんだが……」


 ぐっと気合を入れるフラウと、たき火を囲んでいた。

 時刻は夜である。異世界でも太陽の運行は変わらないらしい。

 やけに派手派手しい真っ赤な夕日が沈んだあと、あたりは静寂の闇夜に閉ざされた。

 

 地球産の炭とこの世界の倒木で作ったたき火は俺たちのまわり限定で、暖かい光を提供してくれる。近くに張ったテントには、ミアが毛布にくるまって寝ているだろう。


 保護したフラウとミア。

 生贄にされかけた、白狼牙なる村にそのまま帰らせるわけにはいかない。


 どうしたい? と聞くと二人とも困っていた。

 結局行くところがないというので、しばらく一緒にいる事した。


 食料は、地球からいくらでも持ってこれるからな!

 地球の食べ物を異世界人に食べさせて大丈夫か、健康的に……、と一瞬考えないでもなかったが、これだけ環境が地球と一致しているのだ。いまさらである。


 俺は思考をチューニングすることにした。

 すなわち、細かい事は気にしない。

 ある程度の非科学的現実は受け入れるのだ、ふはははは!



 ――はぁ、しんど。

 科学の徒としての矜持きょうじが軋みをあげた。



「――ええと、神域の大森林は大昔に神様がいた場所に。今はぼろぼろの遺跡がのこってるだけに。ウチたち獣人は、その神様――天人って呼ぶに。その人達の召使いだったらしいに」


「ほお?」


「獣人はみんな天人様の召使いに。大昔に、獣と人間を掛け合わせて作ったって言い伝え。フミナみたいな人間は別に? 大森林の外には人間の国があって、そこにたっくさん住んでるに。……フミナはそこから来たんやないに?」


「む。俺は……、まぁそんなようなもんだ」


 適当に誤魔化した。

 フラウは、少し困ったような顔をしたがそれ以上深くは追及してこない。


「フミナ賢そうやもんね」

 と笑うのだ。


 こいつ……、素直な子だな! 文化水準が低めのこの世界で、こんなお人よしで生きていけるのか? 騙されたりしないのか? 


 ――生贄になったのも、この素直さが原因ではないだろうか……。


「質問だ。お前たち……、いや、君たちは、その……天人とやらに作られた存在、そう伝わっているということか?」


 そう問うと、フラウは一瞬驚いたような顔をしたが、ゆっくりと笑った。


「お前でいいに。フミナは優しい人やに。神獣様を簡単に殺してしまうほど強くて、とっても賢いのに、ウチらにそんなに気を使わなくていいに」


「…………」


「どうしてそんなに険しい顔するに?」


「質問を続ける。この地には昔、天人とやらがいた。フラウたちはそいつらに奉仕するために作られた種族。そういう理解でいいだろうか?」


「んに。多分……?」


 人類の歴史を紐解いてみても、文明レベル、科学レベルの違う人種間での待遇の差というものがある。


 代表的なのが、15世紀から始まった黒人奴隷だ。

 当時文明的優位を誇った西洋諸国家が、アフリカ大陸を中心に文明的後進地域に住まう人々を搾取した歴史がある。


 この世界でもそのようなものはあるだろうとは思っていたが、いきなりぶち当たってしまった。しかも、『作り出した』と来た。『獣と掛け合わせて』


「その天人たちは、よほど高度な文明レベルを誇っていたのか?」


「んー、空は普通に飛ぶらしいに。天気も変えるし、地のハテまでひとッとびー! 巨大な遺跡の建物も不思議な力で数日で作れたらしいに」


「ほ、お……。それはまた大きく出たな」


 頬が引きつるのを感じた。

 まるで地球で、まことしやかに語られる、超古代文明の担い手のようだ。

 そう、異星人。


 学術的にはまったく認められていないが、過去の地球にはそう言った超越者がいたという説がある。眉唾ものであるが、俺はこの件に関しては中立だ。そう言う可能性もないと断言できる証拠はない。



「で、フラウ。その天人たちはどこへいった? 話ぶりだと今はいないんだよな?」


「んに。すごく大昔、この大地から大いなる星の海を渡って、旅立ったって聞くに。でも、この星に大いなる災厄が訪れた時、天人さまが返ってくるって言い伝えが……」


 ふむ。今聞き捨てならない言葉を聞いたな。

 星、星ときたか。


「フラウは、この大地が、星……つまり宇宙に浮かぶ球体だと知っているのか?」


「んに? そんなの当たり前に。スフィア・ソフィアは丸い。常識に。それにほら、ルナ様もあるに」


 フラウが天を指す。そこには地球には無いはずの巨大な星。

 ごつごつの惑星表面が見えるほどの青白いそれ。


 あー、これ、やはりこの世界の月なのだな……。

 ルナ様と来たか。大地はスフィア・ソフィアと呼ぶらしい。


 俺は、眉間を押さえた。

 異世界は異星。そう思っていたのだが……

 そう考えるならば、つじつまが合わないことがあるのだ。


「フラウ。あれが見えるか? じっと見ていると天が回っているんだ。だが、その中で一つだけ動かない星がある。あれを知ってるか? あのあたりだ」


 満点の夜空を指さす。

 幾多の星々の海の中……、それを探すのは現代人たる俺にはたやすいがフラウにはわかるか? と思ったが……。


「んに。もちろん知ってるに。に。北の空の中心に?」


「ぐっ……」


 俺は胃が痛くなった。

 彼女が天文学に対して一定の知識があるのが分ったのは嬉しい。

 俺は宇宙が大好きだからな。


 だが、同時に俺の認めたくない仮説を裏付けてしまう。

 

 北の北極星ポラリス。

 その近くには、北斗七星。

 ほかにも星座を見れば、いくつも見知ったものがある。


 巨大な月が夜を照らす。

 人工の光が皆無の森では、それでも夜空は美しかった。


 星々の中にもやの様にかかる天の川ミルキーウェイ

 その正体は天の川銀河だ。銀河の円盤を横から見るために。帯のように見える。


 それだけではない。

 この星の太陽はは西に沈んだ。そして明日、東から昇るだろう。

 

 見知った星座がある。これは重要だ。さらに、北極星もある。

 しかも北極星がこぐま座αポラリスだ!


 これらが示すもはただひとつ――。


「最悪だ……。もはや何もわからん」


「ど、どうしたに!?」


「フラウよ。俺はここがどこかわからんのだ。最初は異星だと思った。異世界というふんわりとした表現は嫌いなんだ。だがな、星がな……」


 俺は弱々しく、空を指す。


「星が言うんだよ。……」


 天の川があるなら、ここは天の川銀河の中だ。

 北極星があるなら、地球と同じ運動を行う位置にあるべきだし、地軸と自転も同一だ。そして、こぐま座αポラリスが北極星であるならば、時間軸も西暦2000年代の前後、数千年以内である。


 フラウを見る。

 たき火に照らされたフラウはやはり可愛かった。

 落ち込む俺に、はにゃ? と言わんばかりに、焦りながらの笑顔を向ける彼女。


「俺のいた地球には、フラウ可愛い子はいなかったよ……」


 俺はがっくりと首を垂れた。

 爺さんは言った。


 俺、その天人とやらの子孫かもしれん。

 まぁ、百歩ゆずって、それはいい。


 ここは地球らしい。

 少なくとも太陽系第3惑星と同じ場所に浮かんで、同じ自転と公転を行なっている。だが、俺の知る限り、地球にこんな場所はない。もちろん獣人もいない。


 まったく、この場所は一体なんなんだ!?


「え、え、フミナ……、可愛いなんてそんな照れるにぃ……」


 可愛いと言われたフラウは顔を赤らめて身をよじっていたが。




――――――――――――――――――――


※北極星――北の空はゆっくりと星が回転しています。その回転の中心にあり、不動にして2等星の明るさを誇るのが、こぐま座α星・ポラリスです。

地球の北半球から空を眺めれば、天の中心とも思えるこの星ですが、特別な星ではありません。天において不動なのは地球の自転軸がちょうど北極星に向いているからです。また地球の自転には歳差運動と呼ばれるブレがあり、年代によって地軸の延長線上、つまり天の北極は微妙にずれます。現在は、こぐま座αポラリスが北極星ですが、2000年後では、別の星がケフェウス座γ星が北極星になる予定です。


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