13 王子

「いらっしゃい」

 宿屋の店主はハキハキと言って、エプロンで手を拭きながら奥から出てきた。懐かしいその顔に、カズトもアイもすぐに飛びつきたくなったが、店主は彼らをちらりと見ただけで特段の反応を見せなかった。店主は営業的スマイルで続けた。

「宿泊かい? 大人数だね。相部屋でよければ二部屋用意できるけど?」

「いや、宿泊ではないのだ」

 ダリオが答える。

「泊まるんじゃないとすると、食事かい?」

「食事でもない。実は、ちょっと困ったことがあってね。ここの店主が相談に乗ってくれると紹介を受けたのだ」

「なるほど。まあ、乗れるかどうかは話によるね。で、話しってのは?」

「ここではちょっと……個人的なことなのだ」

「そうかい。それじゃ、あっちの部屋で話を聞くよ。あんた一人?」

「いや。彼も一緒だ」

 ダリオは振り向いてチコを指さす。店主はチコを見遣り、品定めしてから頷いた。ダリオは振り返り、言った。

「お前達はここで待っていてくれ」

 カズトとアイと、仲間二人は頷いた。

 十五分ほどのち、ダリオとチコは部屋から出てきた。渋柿を食ったような顔はしていないので、交渉は上手くいったようだ。

「一旦戻るぞ」

 チコが言った。カズトは本当なら駆け寄ってひしと抱きつきたかったが、店主はただ頷いてにこりと微笑むだけだった。

 宿屋を出て、街路を歩くカズトとアイに、ダリオが言った。

「どうした?」

「久しぶりだったのに、挨拶も出来ませんでした」

 カズトは答えて、残念そうに項垂れた。アイが同意と頷く。

「客達の目があったからな。目立つようなことをしてはあとあと面倒になる。そう考えてのことだろう」

 ダリオはカズトの隣に並ぶと、肩に手を置いて続けた。

「すぐにまた戻って来られるだろう。その時に挨拶すればいい」

 カズトは頷いて、続けて尋ねた。

「ヤンさんには、会えることになったんですか?」

「それはまだわからんが、話してみる、とは言ってくれたな」

 チコが振り向いて言った。

「話してみる、というが、この国の王子様はそんなに気安いのか?」

 カズトが答える。

「確かに王子様って感じじゃなかったですね。自分でも、見えないだろうって言ってました」

 彼はその時のことを思い出して、愉快そうに笑った。

「だからって、どこぞの平民が、そうそう軽々しく口を聞けるような相手じゃないぞ」

 チコは言って、訝しげな顔をする。

 するとダリオが、遠くを見るような目で言った。

「まあ、気安い、というのは正しいな。だからこそ国民に愛されているのだろう。そのあたりは、カズトやアイに対する態度からも窺える。余所者にも寛容なようだからな」

 チコは肩をすくめて、カズトの肩を叩いた。何故叩かれたのかわからず、彼は怪訝な顔でチコを見つめた。チコはただ笑って、カズトの頭をくしゃくしゃと鷲掴みした。

 数日後、彼らは再び宿屋を訪れた。先方からの指示があり、今回はチコとダリオ、カズトとアイの四人だけだ。この日は客の姿はなく、店内は彼らと宿屋の主人だけだ。

「会ってくれることになったよ」

 宿屋の主人が言った。

「ありがとう。尽力に感謝する」

 ダリオは頷いて言った。

「あたしはたいしたことはしてないよ。まあ、王子様が少し変わった人でね。なんていうのかな。フレンドリー?」

 ダリオは思わず破顔する。

「なるほど。そうだろう。そうやって、あんたの話を聞いてくれるんだからね」

「あたしらだけじゃないよ。余所者のあんた達にも会ってみようって言うんだから。しかも非公式にね」

「よほど懐が広いんだな」

 チコが感想を述べた。

「そう言えば聞こえはいいけどね。まあ、あたしらからすれば、ただの酔狂さ」

 宿屋の主人はそう言って、困ったような顔をした。

「心配なのか?」

「そりゃそうさ。あたしらの国の王子様だよ。なんかあったら困るさね」

「そのなにかがあるかもしれないぞ。会わせてもいいのか?」

 チコは言って、探るような目を向けた。

 宿屋の主人は肩をすくめた。

「この子達が信頼してるんだろう? 心配してないよ」

 そしてここでようやく初めて、彼女は二人に懐かしげな目を向けた。二人は我慢できなくなって、駆けていって抱きついた。彼女は言った。

「村を出てからどうなったか、ずっと心配だったんだ。でも、元気そうな顔を見て安心したよ」

「ずっと会いたかったよ! ニーナさん!」

 カズトが言った。

「私も!」

 アイが同意して、胸に顔を埋めた。

 ニーナは満面に笑みを浮かべて、少年と少女の顔をじいっと見つめて言った。

「暫く見ないうちに、二人ともいい顔つきになったね。嬉しいよ」

 彼女は二人をぎゅっと抱きしめた。久しく感じることのなかった温もりに、カズトとアイは心身が安らかになっていくのを感じた。ニーナは二人を離すと、ダリオとチコに厳しげな視線を向けた。

「この子達に危ない真似なんかさせてないだろうね」

 まるで母親に叱られているみたいに、二人は互いを見合って目を点にさせた。

「僕たちが頼んだんだ」

 カズトがすぐに擁護した。

「僕たちのせいでこんなことになってるんだ。それなのに僕たちを助けてくれてる。だから僕たちも力になりたいんだ。チコさん達はなにも悪くないよ」

「そうよ、おばさん。みんな私をよくしてくれてるわ。私が……あんなだと知っても」

 アイが潤んだ瞳でニーナを見上げた。

「あんた達……」

 ニーナの表情が柔らかくなった。彼女はもう一度、ひしと二人を抱きしめた。

「わかったよ。それならあたしはもう何も言わないよ」

 彼女はカズトとアイの頭を撫でた。そしてなんだかばつが悪そうに、子供みたいに突っ立っている男二人に向かって言った。

「ただ、これだけは約束しとくれ。絶対に、この子達を護るって」

「もちろん、そのつもりだ」

 チコはシュッと姿勢を正して頷いた。そして続ける。

「そのためにここに来たんだからな」

 ニーナは頷いて、言った。

「さてと、名残惜しいけど、もう行った方がいいね。あんまり待たせちゃ失礼だからね」

 彼女は改めて、カズトとアイを見つめて続けた。

「事が済んだら、いつでも遊びに来な。待ってるからね」

「はい」

「うん」

 二人はもう一度、抱きついた。ニーナは暫く抱きしめて、二人の背中をぽんと叩いたあと放して、ポケットからメモと硬貨を一枚取り出して、チコに渡した。

「そこに書いてるところに行って、その硬貨を見せな。それで話は通じるから」

「わかった」

 チコは頷くと、紙面に目を走らせて、何の変哲もないように見える硬貨と共にポケットにねじ込んだ。

 ダリオが改めて言った。

「世話になったな」

「いいってことさ。この子達の役に立つんならね。上手くいくことを願ってるよ」

 ニーナは本当に、そう願いを込めて言った。

 カズトとアイは、いつかの再会を約束して、彼らは宿屋をあとにした。


 その雑貨屋は王都の街外れ、入り組んだ路地の一角にあった。そうした場所であったから、客の入りもそれほど多くはないだろうと思ったが、店構えは立派で大きく、中に入ると、客の姿もちらほらとあって、結構繁盛しているようだった。

 一行は品々を眺めつつ、カウンターへと向かった。客達は品定めに夢中で、彼らには目もくれない。

「いらっしゃい。なにかお探しで?」

 客が手ぶらでやってきたのを見て、店主はそう言った。店主は小太りの男で、洋梨のような体つきをしている。ニコニコとして、人当たりは良さそうだ。

 チコはポケットから硬貨を取り出して、それを男の前に置いて言った。

「頼んで置いたものは用意できているかな?」

 男はその硬貨を見て、ちらりと、チコと背後に控える面々を素早く見遣ってから、硬貨を手に取って、手でもてあそぶようにして、表と裏を確かめて言った。

「ええ、もちろんですとも。あちらに用意してあります。どうぞこちらへ。直接お確かめください」

 店主はカウンターの奥、扉の先へと彼らを誘導した。四人は店主に従って、扉から更に奥へと進んだ。

 扉を抜けた先には短い廊下があり、突き当たりにまた扉があった。扉を開けて先へと進むと、そこには地下へと続く階段があって、彼らは薄明かりの中を一列に並んで降りていった。

 階段を降りきるとすぐに扉があり、店主に続いて彼らは中へと入った。そこは少し広めの部屋で、中程に、テーブルと数脚の椅子が置いてあり、右奥には、別の部屋へと続く扉があった。

「そこで待っていてくれ」

 店主は言って、その扉から隣室へと姿を消した。数分後、店主が戻ってきた。彼は四人の方へと歩いてきて言った。

「じきにいらっしゃる。そのまま待て。店番があるから俺は戻るが、くれぐれも失礼のないようにな。それと、ここのことは他言無用だぞ」

 チコは黙って頷いた。男は良しと首肯して、部屋を出て扉を閉めた。階段を上っていく足音が遠ざかっていく。

 間もなく、奥の扉が開いて、男性が二人現れた。二人とも若く、気品のある風格を放っている。一人が椅子に腰を下ろすと、もう一人は後ろに立って、警戒心露わな視線を来訪者に向けた。椅子に腰掛けた男性は、カズトとアイに微笑を向けた。

「久しぶりだね」

「はい。お久しぶりです。ヤンさん」

 カズトはぺこりとお辞儀する。アイが続く。

 ヤンは頷き返して言った。

「宿屋の店主から話しは聞いてるよ。いろいろと大変だったようだね」

 彼は二人の苦労の程を思って、憂慮の表情を浮かべた。

「はい……」

 カズトはそれらの出来事を思い起こして続けた。

「いろんな人に助けていただいて、おかげさまでなんとか……。本当に、ありがとうございました」

 改めて、カズトとアイは頭を下げた。

「僕はなにもしてないよ。君たちがいい子だから、みんなが力を貸してしまうのさ」

 ヤンはそう言って優しく微笑む。彼はチコに目を向けて続けた。

「そうだろう?」

 チコは苦笑して、肩をすくめた。

 ヤンはクスッと笑って言った。

「それで、僕に話があるって?」

「はい。まずは、我々のような者の為に、お時間を割いていただき、ありがとうございます」

 チコは丁寧に頭を下げた。

「そんなに畏まらなくていいよ。王子って言っても、ぐうたらだから」

 ヤンは自嘲気味に笑う。

「ぐうたら、ですか?」

 チコは困ったような顔をする。

「そうさ。好き勝手やって、放蕩三昧さ。王子なんてそんなもんだろう?」

 チコははにかんで、なんとも言えない表情を浮かべた。

「噂通りの方ですな」

 ダリオが笑いを噛み殺しつつ言って、続けた。

「しかし、国民には大変に慕われているようで」

「そう感じてくれているなら嬉しいね。父上なんかは城の奥に閉じ籠もって、顔も見せもしない。日がな一日おしゃべりをしたり、ゲームなんかをして過ごしてるんだ。国民の中には自分の国の王様がどんな顔をしているか、知らない者もいるんじゃないかな」

 ヤンは呆れたような表情を見せる。後ろに控える男性が、咎めるような視線を向けたが、当然、王子には見えていない。

「それだけ、あなたに期待を寄せていると言うことでしょう。我々もそうです」

「それは買いかぶりだよ」

 ヤンは目を伏せて苦笑する。ほどなく、短く息を吸って続けた。

「それで、ぼくに話しというのは?」

 チコはダリオと見合い、頷いて口を開いた。

「お願いがあって参りました」

「お願い?」

「単刀直入にお話ししても?」

「もちろん」

 ヤンは頷いて微笑む。

「では、率直に申し上げます」

 チコはそこで言葉を切り、一呼吸置いて続けた。

「戦争を終わらせてください」

 ヤンは驚いたように目を見開いて、怪訝な顔で見つめ返した。そして、後ろを振り向いて、背後の男性と顔を見合わせた。男性は苦悶のような表情を浮かべている。ヤンは視線を戻して言った。

「本当にストレートだね」

 彼は苦笑を浮かべて続けた。

「だけど、それをわざわざ言いに来たってことは、よほどの事情がありそうだね。理由を聞かせてくれるかな?」

 チコは頷いて言った。

「アイのことはどこまでご存じですか?」

 ヤンは、言ってもいいものかとアイに目を向けた。彼女は意図を理解して言った。

「大丈夫です。もう、全て受け入れていますから」

 そうか、とヤンは頷いた。

「兵器に姿を変えるということ。そしてその能力は、トマ軍を撃退出来るほど強力だということ」

 チコは首肯する。

「既にそこまでご存じでしたか」

「彼女のことは宿屋の主人から聞いているからね。それに、あれだけドンパチしていれば、否が応でも噂になるよ。ただ、なにか妙なことが起きている、という程度で、どの国も、詳しいことは掴めていない。まさかその原因が、兵器に姿を変えた女の子だとは、思ってもいないだろうね」

 なるほど、とチコは頷いて、アイをちらりと見遣って言った。

「連中は、どうしてもアイが欲しいようなのです。彼女の力を使って、戦争を優位に進めたいのでしょう」

「彼らの考えそうなことだね」

 ヤンはそう言って渋い顔をした。

「あなたはどう思いましたか?」

 ヤンの背後に控える男性が、険しい顔つきで一歩を踏み出した。それを、ヤンは手を上げて制した。

「なるほど、確かに、彼女の力を使えば、戦争を終わらせることが出来るかもしれない。だけど僕は、彼女の力を利用しようとは思わないね。彼女はまだ子供だし、その子供に人殺しをさせるなんて、大人のすることじゃない」

「それは耳が痛い」

 チコは顔をしかめた。

「君がそうしろと言ったのかい?」

 するとアイが、すぐさま発言した。

「いえ、違います。私が自分でそうしたいって言ったんです。チコさんには責任はありません」

「だが、そうも言ってはいられない」

 チコは小刻みに首を振り、ヤンに向かって続けた。

「本来であれば、我々がこの子を守ってやるべきなのに、実際には、我々の方が守られています。我々では、軍に太刀打ちできないのが現状なのです」

「それはそうだろう。彼らは戦うべく訓練されてる。一方で君たちは、ただのトレジャーハンターだ。刃が立たないのも無理はない」

 チコは頷き、アイを見つめて言った。

「この子のお陰で、今はなんとか撃退できていますが、それもいつまで持つかわかりません。体も今は回復していますが、戦う度に深く傷ついています。この状況が続けば、いつか、彼女は死んでしまうかもしれない。それはなんとしても避けたい」

 チコはヤンに目を向けて続けた。

「この戦争が続く以上、連中はアイを追い続けるでしょう。そして、アイは、我々を守るため戦い続けるでしょう」

「だから戦争を終わらせたい?」

「動機が不純でしょうか?」

 チコは言って、唇をきゅっと引き絞る。

「いや。そんなことはない」

 ヤンは首を振って続ける。

「誰かを守りたいと思えるのは、とても素晴らしいことだ。僕だって、国民を守りたいと思ってる」

「それならば……」

「もちろん、それが出来るなら僕だってそうしたい。だけど、この戦争を終わらせることがどれほど難しいことか、わかっているはずだ」

 ヤンは険しい表情を浮かべた。

「もちろんです。わかっていてお願いしているのです。それが困難なことであることも……。ですが、それが出来るとしたら、あなたを置いて他にはいません」

 チコは力の籠もった眼差しをヤンに向けた。

「それは少し、過大評価に過ぎないかな」

 ヤンはそっと視線を反らし、困惑気味にはにかんで肩をすくめた。

 意外そうな顔つきで、チコは問いかける。

「戦争終結を望んでいると、聞きましたが」

 ヤンはチコを見つめ返して、心外だという顔つきで言った。

「もちろんだよ。戦争なんて、百害あって一利なし、だからね。中には戦争のお陰で科学技術が発展した、なんて言うのもいるけど、そんなのは結果論でしかない。そもそもの動機は不純で愚かだし、それによって多くの命が奪われたことを考えれば、とてもそれを肯定する気にはなれないね」

「ならばこそ、一刻も早く戦争を終わらせるべきです」

 チコはもう一押しと、後ろを振り向いて、カズトに目を向けて続けた。

「こいつも戦争で両親を失いました。そういう者が大勢いるのをご存じでしょう。そうした子供を、これからも増やしたいですか?」

 ヤンはカズトを見つめたあと、続いてアイを見遣り、腕を組んで目を瞑り、思考を巡らせた。のち、目を開けて、一つ息を吐いて言った。

「これはチャンスなのかもしれないね。我々にとっての」

「我々?」

 チコは怪訝な目を向けた。

 ヤンは頷いて言った。

「この際だから話しておこう」

「殿下?」

 背後の男が耳元で注意を促す。

 ヤンは振り向いて言った。

「いいんだ。彼の話すことが僕たちにとって意義のあるものなら、話しておこうと思っていたからね。互いの信頼関係を築くためにも」

 彼は振り返り、続けた。

「僕たちはね。ずっと地下で活動を続けてきたんだ。いわゆる、レジスタンスと呼ばれるものだね」

「レジスタンス? 王子が?」

 チコとダリオが、目を丸くして顔を見合う。カズトとアイは、キョトンとした顔で首を傾げた。ヤンは苦笑して言った。

「一国の王子がレジスタンスだなんて、おかしいだろう? でもね。誰も僕の話を聞いてくれないものだから、そうするしかなかったんだ」

「だからといって、王子自らがレジスタンスになるなど……」

 チコはそこまで言って、ニーナの言葉を思い出して続けた。

「宿屋の主人が、あなたを変わった人だと言っていましたが、なるほど、納得しました」

「それはなにより」

 ヤンは苦笑いを浮かべた。

「しかし、国王はあなたの意見に耳を貸そうともしないのですか? 実の息子ですよ」

「国の政策は国王の一存で決まるわけじゃない。もちろん、僕の発言で全てが変わるわけでもない」

 なるほど、とチコは頷く。

「それでレジスタンスに?」

「そう。とは言っても、武力に頼るようなことはしない。僕たちはあくまで、言論による力で変えようと活動してるんだ。もっとも、それでもなかなか上手くはいかないんだけどね」

 ヤンはそう言って、自虐的な笑みを浮かべた。

「それが今度は上手くいくと?」

「そう。彼女の力を借りればね」

 ヤンはアイを見つめた。アイはピクリと体を震わせた。

 チコは彼女をちらりと見遣り、ヤンを振り向いて、咎めるように言った。

「たった今、武力には頼らない、と言いましたが?」

「もちろん、そのつもりはないよ。重要なのは、彼女の存在だ。彼女が控えてるぞってね」

「脅しをかける……というわけですか」

「気に食わない?」

「いえ。ただ、相手は面白く思わないでしょうね」

「だろうね。でも、彼女の存在は、最後の切り札として有効だろう」

「それで上手くいくでしょうか」

「やってみないことにはね。ただ、こうして君たちがここに来たのも、天啓と言えるかもしれない。僕も覚悟を決めないとね」

「どうするんです?」

「それは僕に任せて貰おう。いいかな?」

 チコは大きく頷いた。

「もとよりお願いするより他ありません」

 ヤンが頷き返す。

「準備が整ったら連絡しよう。それまでは大人しくしていた方がいい。船は今どこに?」

「郊外の上空に待機させています」

「それならどこかに停船させた方がいいね。隠れるのに丁度いいところがあるよ」

 ヤンは背後の男性を振り向いて続けた。

「彼から場所を聞くと言い。それと、なにか必要なものがあったら遠慮なく言ってくれ。仲間に用意させよう」

「ありがとうございます。助かります」

 チコはぺこりとお辞儀した。

「それじゃ、善は急げだね。早速準備に取りかかろう」

「よろしくお願いします」

 改めてチコは頭を下げる。他の面々も、お願いします、とあとに続いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る