12 無力

「そいつはそっちだ。それはここに頼む」

 ヨーセフの声が格納庫に響き渡る。その指示に従って、船員達がテキパキと動き回っていた。カズトは、木箱を床に降ろして、額の汗を拭いながら、ふうっと息を吐いて見回した。運ばなければならない荷物はまだまだたくさんあった。

「差し入れです」

 ゴロゴロとカートを押して、アイが格納庫へと入ってきた。

「よし。休憩にしよう」

 ヨーセフがバインダーから顔を上げて言った。船員達は海老反りになって腰を伸ばしたり、拳を突き上げて背を伸ばすなどして、それぞれなんとも言えない声を上げた。

「どれでも好きな物をどうぞ。それと、お茶も」

 アイは言いながら、カップにお茶を注いだ。船員達はぞろぞろとやってきて、おにぎりとカップを取って、木箱や床に腰を下ろして小腹を満たし、喉を潤した。

「大変そうね」

 カズトがやってくると、アイが言った。

「うん。今日はだいぶ多いからね」

 カズトは答えておにぎりを眺めながら聞いた。

「どれがどれ?」

 アイは指さしながら答える。

「シャケ、おかか、梅干し」

「うーん、それじゃあ、これかな」

 カズトは真ん中から一つを手に取る。

「はい。お茶」

 アイがカップを手渡した。

「ありがとう」

「おう、なんだよ。見せつけてくれるじゃないか」

 どこからか声が言った。そして、その声に呼応して、やんやと囃し立てる声が上がる。皆がニヤニヤと二人の様子を眺めていた。

「やめてくださいよ!」

 カズトは顔を赤く染めて、少し裏返った声で言った。

「別に遠慮なんかしなくていいんだぞ。みんなわかってることなんだからな」

 男は言って、意地悪に笑う。

 するとヨーセフが、同意の声を上げた。

「そうだぞ。若いときというのはみんなそうだ。楽しくて仕方がないのだ」

「あんたにもそんなことがあったのかよ。部屋に閉じ籠もってばかりなのかと思ってた」

「私にだってそういうときくらはある。馬鹿にするな。そもそも、生き物というのは互いを求め合うものなのだ。なにしろ互いに中途半端だからな」

「なにやら哲学的な話になってきたな。難しいことはよしてくれよ」

 男は顔をしかめた。

「なにも難しくはない。本能に従えばよい、というだけのことだ。お前達だって覚えはあるだろう」

「そりゃあ、まあな」

 男は答え、目を細めて遠くを見つめた。そしてため息混じりに言った。

「暫くないなあ」

「少しくらい、バートを見習ってはどうだ?」

「バート? あれは度が過ぎるだろう」

「そういやあ、念願叶ったらしいぞ」

 別の男が思い出したように言った。

「本当か? 親父さんは知ってるのかよ」

 男は目を丸くした。

「しらねえだろう。知ったらどんな顔するか……見てみてえな」

「ほんとだな」

 ガヤガヤと笑いが起こる。

 ひとしきり笑い終えると、ヨーセフが言った。

「アイも少し休んでいったらどうだ?」

 アイが同意を求めるようにカズトを見ると、彼は、いいんじゃない、と頷いた。

「それじゃ」

 アイはカズトと共に歩いて行って、木箱の上に並んで腰を下ろした。

「すごい荷物ね」

 ずらりと並ぶ木箱の数々を眺め見て、アイは驚いた顔つきで言った。

「宝の山だって言って、みんなすごく張り切ったからね」

「そんなにすごかったの?」

「そうみたい。僕にはどれも、価値がよくわからなかったけど……。ただ、金ぴかに光ってるのとかは、そうだろうなって想像はつくね」

「経験を積めば、ある程度はわかるようになるぞ」

 仲間の男がもごもごと言った。彼はカートの方へと歩いて行き、お代わりのおにぎりを手に取って、元の場所に戻りながら続けた。

「これは金になりそうだ、これは金になりそうもない、とかな」

 男はご飯を飲み込んで、お茶で流し込む。そして床に腰を下ろし、また一口かぶりついた。

 別の仲間が得意げに補足する。

「いわゆる目利きという奴だな」

 ヨーセフがすかさず指摘する。

「いや、真の目利きには経験だけでなく、知識も必要だ。知識を得て、その知識を得た目で物を見、経験と合わせて判断する。それが重要だ。儲かるか儲からないかだけでは、真の目利きとは言えん」

 仲間達が顔を見合って、苦笑を浮かべて肩をすくめた。その様子がおかしくて、カズトとアイは、くしゃっと破顔した。ほどなく、アイが言った。

「でも、ヨーセフさんも、失敗することはあるんでしょ?」

 よくぞ聞いてくれた、と言う顔で、仲間達が答えを待っている。

 ヨーセフは、ちらりと彼らの様子を窺って、ため息をつく。

「まあ、確かに、そういうこともあるな。だが、しかし、それも経験というものだよ。人は失敗から多くを学ぶものだ。次に成功するためにな」

 仲間達は不満そうな顔をした。

 ヨーセフは咳払いをして言った。

「さて、そろそろ仕事に戻ろう。今日中に済ませないとな」

 仲間達は立ち上がり、ごちそうさん、と言いながら、ぞろぞろとカートに空きカップを置いて仕事に戻っていく。

 ストン、とカズトは床に降りた。アイもそれに続いて、彼女はカップを彼から受け取った。

「頑張ってね」

「うん。ありがとう。おにぎり、おいしかったよ」

「うん」

 アイは笑顔で頷いて、カズトが仕事に戻っていくのを見送った。そして、テキパキと働き始めた仲間達を眺めてから、カートを押して戻っていった。


「状況は?」

「異常なしよ」

 エレオノーラは答えて、船長席から降りてチコと入れ替わる。彼女は隣に立って、背もたれに肘を掛けて言った。

「だいぶ落ち着いたみたいね」

「ん?」

 チコは顔を上げて、問いかける眼差しをエレオノーラに向けた。やがて、その意味するところに気がついて、彼は頷くと、パネルを操作しながら言った。

「気持ちの整理がついたんだろう。いい傾向だよ」

「でも複雑な気分ね。私たちのために戦おうなんて」

 チコはエレオノーラをちらりと見て言った。

「今は連中に抵抗できるだけの力が必要だ」

「それが彼女って事ね。頼らざるを得ないってところが悔しいわ」

「ああ。そんなことにならなければいいけどね」

 チコは言ってぽんとパネルを叩き、前方へと目を向けた。筋のような綿雲が、ゆっくりと流れていくのが見える。

 エレオノーラも暫し窓の外を眺めて、やがて、意を決したかのように口を開いた。

「アイと私たちって、なにか関係があるのかしら?」

「関係って、なにが?」

 チコは振り向いて怪訝な目を向ける。

「浮島って、私たちの祖先かもしれないって、言われてるのよね?」

「らしいな」

「グレゴリーが、浮島と例の洞窟で見つけた文明は、互いに敵同士だったのかもしれない、と言っていたのを覚えてる?」

「ああ。確かにそんなことを言ってたな」

「それが本当なら、アイは私たちの祖先の敵だったって、事よね」

「何を言いたい?」

 ブリッジの面々の、刺すような視線がエレオノーラに注がれた。彼女は首を振って言った。

「勘違いしないで。今のあの子を見ている限り、そんな風には思わないわ。ただあの子がそれを知ったら、辛いでしょうと思って」

 うん、とチコは頷いた。

「そうだな。だけど、そんなものは遠い遠い昔の話だ。俺たちにはもう関係ないさ」

 その通り、と面々は頷いて仕事に戻る。エレオノーラも自席に戻った。その彼女を、バートがもの問いたげな目で見つめた。なによ、という顔でエレオノーラは睨み返す。その様子に、ララがクスクスと笑った。

 それを、フランツの声が破った。

「チコ! 船だ! こちらに向かってきている!」

「どこの船だ?」

 チコはさっと振り向いた。

 フランツは顔をしかめて答える。

「トマ軍だ」

 チコは眉間にしわを寄せた。

「モニターへ出してくれ」

 まだ遠いが、ポツリと船影が見える。

「諦めてなかったか……」

 チコは映像を眺めて呟いた。前回の戦闘から暫く時間も経っていたから、もしかすると、という淡い期待もあったが、儚くもそれは泡となって消えてしまった。

「どうするの?」

 エレオノーラは聞いて顔をしかめた。

 フランツが情報を補完する。

「足はあっちの方が速いぞ。追いつかれるのも時間の問題だ」

 チコはぎゅっと唇を噛んで、やがて言った。

「やるしかなさそうだ」

「アイを出すのか?」

 フランツは確かめつつ、表情を曇らせた。暗に反対を示しているのだ。

 チコは顔をしかめて黙した。迷っているのだろう。その様子を見て、エレオノーラが代弁する。

「出したくはない?」

 チコはこくりと首肯する。

「ああ言ってはくれたがさすがにな。誰だって子供に危ない真似はさせたくない」

「なら私たちが頑張らないとね」

 チコは大きく頷く。決意は固まったようだ。彼は指示を出す。

「よし。皆に準備に入るよう指示を出してくれ。俺たちでなんとかしてみせよう」

 数分後、アーチ号は敵船と対峙した。四隻が横一列に並んでいる。

「一隻足りないな」

 チコはモニターを見つめて眉をひそめた。

「どうしらのかしら? 逃げた、なんてことはないわよね?」

「まさかな」

 チコは肩をすくめる。

「いずれにしても、簡単にはいかなそうだ」

 ほどなく、敵船は前進を始め、じりじりと、獲物を狙う肉食獣のように間合いを詰めてきた。

「準備は?」

 チコはモニターに目を向けたまま聞いた。

「いつでも」

 エレオノーラが答える。

 よし、とチコは頷く。

 ほどなく、射程圏内にアーチ号を捕らえると、敵は否応もなく攻撃を始めた。

「警告もなし?」

 エレオノーラは眉をひそめた。

「なり振り構ってられないって事だろう」

 チコは答え、命令を下す。

「よし! こっちも出すぞ!」

 ハッチが開いて、戦闘機が機関銃のように飛び出して、敵船へと向かって飛んでいく。敵船はそれに応戦しつつ、嵐のように砲撃を繰り出してくる。

 アーチ号も、戦闘機での攻撃に加えて、自船からも砲撃を加えた。しかし、やはり四対一では分が悪い。なんとかしてみせよう、とは言ったものの、無論のこと、どうにか出来るような相手ではなかった。

「くそっ!」

 チコは肘掛けを拳で叩き付けてその言葉を吐き出した。そして吠えるように叫んだ。

「なんとかならないのか!」

 大きな爆発音があり、船体が大波に押されたように傾いた。その時、スピーカーから声が聞こえた。

「私が行きます!」

「アイか?」

 チコは椅子から落ちないよう、手すりをしっかりと掴んで言った。彼は船体が姿勢を戻そうとするのを感じながら続けた。

「戦うと言うのか?」

「そう決めたんです。知ってるでしょう?」

「しかし……認めるわけにはいかない」

「だけどこのままじゃ、みんな死んじゃうわ。それは嫌。だから行かせて!」

「死ぬと決まったわけじゃない」

 チコがそう言ったところで、再び船が激しく震えた。

「あながち間違ってないかもね。このままじゃ本当にそうなりそうよ」

 椅子に掴まり、両足を踏ん張って、エレオノーラが言った。

「不本意だが、今のところ彼女に頼るしかない」

 フランツが振り向いた。彼は顔をしかめつつ、続けて言った。

「こちらからも援護しよう。それでどうだ?」

 今度は小さかったが、それでも振動が船を揺らした。チコは僅かに思案し、言った。

「わかった。出撃を許可する。ただし、無理はするな。足止め程度で十分だぞ」

「はい!」

 ほどなく、アイは船を飛び出して、隼のように飛び回って敵を攻撃した。それは的確に敵船を捉え、確実にダメージを与えていった。しかし、前回の反省もあったのだろう。そうはさせてなるものかと、敵は攻撃をアイに集中させた。それによって、彼女の動きは鈍化したが、そのお陰で、そこに隙が生まれた。

「バート! 今だ! 全速後退!」

「了解!」

 アーチ号は転進し、全速力で囲みを抜け出した。アイは船が十分に離れた所で、戦闘機と共に戦線を離脱した。

「敵は追ってきてるか?」

 チコが聞いた。

「いや。連中も無傷って訳にはいかなかったようだ」

 フランツが答えた。

「こちらの被害は?」

 エレオノーラが答える。

「怪我人が数名。船体の損害は、軽微とまでは言えないけど、航行に問題はないわ」

「わかった。シャルに怪我人を見るよう伝えてくれ。それと、手の空いている者は修理に回るように」

「了解」

「アイは?」

 フランツが答える。

「無事だ。全員こちらに向かっている」

 チコは頷くと、目を瞑り、ふーっと長く息を吐き椅子に身を沈めた。被害がそれほど大きくなかったのは幸いだ。しかし、敵は体制を立て直し、いずれ再び攻めてくるだろう。それにいつまで耐えられるか……。

 フランツが報告してきた。

「アイが帰ってきた」

 チコは目を開け、マイクに向かって言った。

「アイの様子は?」

 マイクの向こうから声が答える。

「だいぶ疲労しているようだ。怪我もしているが、本人は大丈夫だと言っている」

「怪我の程度は? 酷いのか?」

 やや間があって、声が言った。

「普通に考えれば……かなりの怪我に見えるが……しかし……」

「わかった。すぐに医務室に向かわせてくれ。シャルに看てもらおう」

「彼女は他の怪我人を看てるわ」

 エレオノーラが指摘する。

「船員の中に医療に明るい者は?」

「何人か」

「そいつらをそっちに回してくれ。アイの様子が心配だ」

「わかったわ」

 チコは眉間を指でつまみ、暫く考え込んでいたが、間もなく立ち上がるとブリッジを出て行った。


 チコが懸念したとおり、アーチ号は敵の追撃を受けては逃げ、受けては逃げてを繰り返した。敵の追跡は執拗で、どこにいても必ず見つけてやってくる。なんとか撃退できてはいるが、船体も船員もアイも、限界が近づいていた。このままではいずれ、抵抗する力を失って、敵の手に落ちるのは時間の問題だろう。

「様子はどうだ?」

 力なくベッドに横たわるアイを見つめて、チコは聞いた。

「これ以上、彼女に戦わせるのは反対ね」

 シャルロットは腕を組み、反論は許さないというように続けた。

「絶対に認めないわ」

「体の調子を聞いてるんだ」

「疲労は極限状態よ。そのせいで治癒も鈍ってる。次は死ぬかもしれないわ」

「そんなのだめですよ!」

 ベッドのそばで、椅子に腰掛け、不安そうな目でアイを見つめるカズトが、素早く振り向いた。

「これ以上、彼女が傷つくのを見てられません!」

 エレオノーラが指摘する。

「だけど彼女がいなければ、太刀打すら出来ないのが実情よ」

 彼女は机に寄りかかり、腕を組んで立っている。

「だからってこれ以上、彼女に……」

 カズトは反論を試みたが、それは尻つぼみになった。エレオノーラの言うとおりであることは、彼も理解していたからだ。カズトは唇を噛みしめてアイを見つめた。胸が苦しげに上下動している。シャルロットが言うように、傷もまだ完治していない。どう見ても、これ以上の出撃は無理だ。

 ダリオが発言する。

「しかし彼女に頼れないとすると、別の方法を考えるしかない」

 チコは顔をしかめた。方法を考える、とは言っても、それがあるなら初めから苦労はしない。方法など思い当たらないから困っているのだ。

 カズトはふと、顔を上げて言った。

「あの人達は、戦争を優位に進めたくて、アイを欲しがってるんですよね?」

「おそらくな」

 チコが答える。

「それなら戦争が終われば、その必要も無くなりますよね?」

「それはそうだが……それが難しいのはお前もよくわかっているはずだ」

「ヤンさんに、お願いしてみてはどうでしょうか」

「ヤン?」

 チコは首を傾げる。

「ハイネ王国の王子って言ってました」

「ハイネ王国の?」

 チコはエレオノーラと顔を見合って尋ねる。

「知り合いなのか?」

「アイと……その……逃げ出したときに、森で会ったんです」

「森で? ハイネ王国の王子と? 王子がそんなところでなにを?」

「狩りをしてたって、言ってました」

「狩り? こんなときにか?」

「休戦中でもないと、出来ないからって」

「悠長なことを……」

 チコはやれやれと首を振る。そして言った。

「その王子様に、戦争を終わらせてくれとでも頼むか? 頼りになるとは思えないな」

「ヤンさんは戦争終結を望んでます。それに僕たちを助けてくれました。追われていることを知っていてです」

「だから信頼できると?」

「他に頼れる人はいません」

「私も信じてよいと思うぞ」

 ダリオが同意を示す。

「直接会ったことはないが、悪い噂は聞かない。むしろ聞こえてくるのはいい話ばかりで、国民には愛されていると言った印象だ」

「あえてそうなるように仕向けている、ということかもしれない」

「疑い深いな」

 ダリオは苦笑を漏らした。

「トマ王国と戦争をしている相手だぞ。同じことを考えていたとしても不思議じゃない」

「あの人はそんなことを考えるような人じゃないですよ」

 カズトが反論する。

「随分と信用しているんだな」

「会ってみればわかります」

「私もそう思う」

 ダリオがカズトの意見に支持を表明し、続ける。

「まずは会ってみてから判断してはどうだ? いずれにしても、このままではいかんともし難いわけだからな」

 チコは思案を巡らせて、やがて言った。

「わかった。そこまで言うなら会ってみよう。しかし、どうやってコンタクトを取る? 相手は一国の王子だぞ」

 するとダリオが、胸を張って請け合った。

「それは私に考えがある。伊達に何年も、あの国で過ごしていたわけではないからな」

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