9 帰還

 村での日々は穏やかに続いた。誰もが温かく、都会によくあるような、無関心を装いつつ向けられる奇異の目も、土足で踏み込んでくる余計な干渉もない。それはとても居心地の良いもので、いつまでもいられたらと、そう願わずにはいられなかった。

「賑やかだろう?」

 村長が隣に並んで言った。満面に笑みを浮かべている。

「そうですね」

 カズトは答えて、丸太で組み上げられた櫓を見上げた。その櫓から四方に紐が伸び、その紐から等間隔でぶら下がった灯籠の光が、広場をやんわりと包み込んでいた。櫓の周りには、村人達が集まって、軽快な明るい音楽に合わせて、時折飛び跳ねたり、手を打ったりなどして、ぐるぐるとその周囲を巡り回っていた。そして、その外側には、テーブルがいくつも並んで、料理や果物、飲み物などが並べられていた。村人達は、そうして踊ったり、おいしい料理に頬を膨らませて、酒を飲み、おしゃべりをするなどして、思い思いに愉しんでいた。

「今年も無事に収穫を終えることが出来た。これで今年の冬も安心だ」

 村長はほっとした様子で言って、辺りを見回して続けた。

「アイの姿が見えんようだが?」

「彼女は女の人たちを手伝ってます。腕を振るうんだって、張り切ってました」

「そうか」

 村長は笑顔になって、少し間を開けて尋ねた。

「彼女の様子はどうかね?」

「もうだいぶ落ちつきました。あんなことはもう起きないんじゃないかって思えるくらいに。村の雰囲気がいいんでしょうね。皆さんすごく良くしてくれます」

「相手を思いやって尊重しあえるのが、この村のいいところだ。造った甲斐があるというものだよ」

 テーブルの一つから、村長を呼ぶ声が聞こえた。彼はそれに応えて言った。

「さて、皆をねぎらわねばな。君も楽しんでくれ」

「はい」

 立ち去ろうとしたとき、村長は立ち止まって振り向き言った。

「ああ、そうそう。君たちも遅くまで起きていて構わないぞ。今日だけは特別だ」

 村長はウィンクをして去って行く。カズトは苦笑して、その後ろ姿を見送った。そうしていると、お前も何か食べたらどうだ、と手招きされて、彼はテーブルへと歩いて行った。

 広場のベンチに腰を下ろして、こんがりと焼き上げた、魚介の入った、玉みたいな形の食べ物を食べていると、アイがやってきて隣に腰を下ろした。

「向こうはいいの?」

「うん。あとはいいから楽しんできなさいって」

 カズトは頷いて尋ねる。

「なにか食べる? なにがいい?」

 アイはカズトが食べているものを見て言った。

「同じのでいい」

 カズトはテーブルから料理と飲み物を持ってきて手渡し、隣に座る。アイはふうふうして一つを口に運んだ。

「おいしい」

 カズトは彼女の頬張る様子を眺めつつ、しみじみと言った。

「いい所だね」

「うん」

 彼女は答え、広場を見渡した。皆とても陽気だ。手を取って踊り、肩を組み合い、大声で歌などを歌っている。この場にいる全員が、この村で生まれ育ったわけではない。しかし、そんなことなどどうでもいいというように、誰彼ともなく抱き合い肩を叩き合って、笑い合っている。こんな穏やかな雰囲気の中で過ごすのは、いつ以来だろうか。

「ここでならずっと暮らしていけそうだね」

「うん。そうだね」

「これが終わったら、じきに冬が来るんだって」

「冬?」

「そうか。アイは初めてだったね。すごく寒くなるんだ。雪が降ることもあるらしいよ」

「雪って?」

「水が凍って、雨みたいに空から降ってくるんだ。綿みたいにふわふわとしてて、触るとすごく冷たいんだけど、すぐに溶けて水になっちゃう。地面に積もると、辺り一面が真白になるんだって。実は僕もまだ見たことないんだけどね」

 アイは目を閉じて微かに空を見上げた。その光景に思いを馳せているのだろう。

「綺麗なんでしょうね」

 カズトも同じように空を見上げる。

「きっとね」

 彼は目を開けて続ける。

「その時は、村の子供達と一緒にみんなで遊ぼう。雪の上を滑ったり、玉にしてぶつけあったり」

 アイは目を開けて微笑んだ。

「楽しそう」

「うん。きっと楽しいよ」

 カズトは夜空を見上げた。雲一つなく快晴で、月はまん丸笑顔で浮かび、星はキラキラと瞬いている。吐く息が微かにうっすらと白く立ち上った。


「人が多くなった感じがするね」

 通りを歩きながら、アイが感想を述べた。

「畑で出来る仕事はもうないからね。冬の間は家の中で出来る仕事をして過ごすらしいよ。だから必然的に、村にいることが多くなるんだって」

 通りを駆け抜けていく子供の姿を目で追いながら、カズトは答えた。

「私たちはどうするの?」

「僕たちは何でも屋だからね。あまり関係ないよ。これまで通り、頼まれればなんでもやるさ。薪割りとかね」

 後方から子供達の声が近づいてくる。先ほど駆け抜けていった子供達だろうか。暑かろうが寒かろうが、子供には関係ない。どんなときだって遊びに全力投球だ。

 その子供の一人が、よそ見でもしていたのか、ドン、とアイにぶつかった。結構な衝撃だったので、心配になって、カズトは腰を折って子供の様子を確かめた。子供は右手に、木の板を貼り合わせて作った銃を握っている。あまりに精巧に作られていて、瞬間、本物かと見間違えるほどだ。彼らは泥棒と警官役に別れて遊んでいたのだろう。警官役と思われる他の子供達は、少し離れた所で立ち止まっている。その子供達が、目をパチパチとさせて、ほっぺをつねられたかのような顔でこちらを見ている。おもちゃの銃を持った子供などは、あんぐりと口を開けて、まん丸と目を見開いて、真っ直ぐ前を見つめていた。

 カズトはその視線の先へと目を向けた。アイの両腕が、大砲へと形を変え、背中からは、蜘蛛の足のようなものが無数に伸びて、拳銃の先端みたいなものが、子供に狙いを定めていた。子供らには、それがなにかはわからないだろう。しかし、通りを行く大人達には理解できたはずだ。彼らはすぐに駆けつけて、子供達を庇うようにして下がらせた。

 人々の視線がアイに注がれた。だがそれは、恐怖によるものではなく、ただ驚いて、その”奇怪”な姿に目を丸くしているだけだった。しかしアイの脳裏には、王都での出来事が鮮明に蘇っていた。彼女はあえぐように呼吸を繰り返したのち、くるっと向き直って走り出した。村人達は飛び退いて道を空けた。

「アイ! 待って!」

 カズトはあとを追いかけた。しかし、彼女の足は驚くほどに速くて、すぐに見失ってしまった。どこに行ったのかと辺りを見回していると、村人が、あっちの方へ向かったと教えてくれた。カズトは礼を言って、村を抜けて小道へと駆け込んだ。

 アイは村近くの池の畔に腰を下ろして、うつむき、背中を丸め肩を震わせていた。姿は既に戻っていた。

「アイ……」

 カズトは隣に腰を下ろそうとして躊躇した。拒否されるかもしれないと思ったからだ。しかし、拒まれようとも、側にいて寄り添ってやるのがいま彼がすべきことだ。彼は静かに腰を下ろした。

 カズトは無言で湖面を見つめた。数匹のアメンボが次々と水面に波紋を残し向こうへと跳ねていく。その小さな波が消えるのを待って、口を開きかけたその時、アイは縛り出すように言った。

「もう、あそこにはいられない……」

 カズトは喘ぐように息を吸う。そしてそれを吐き出すと同時に言った。

「そんなことはないよ。きっと村の人も理解してくれるよ。だからニーナさんも、この村を勧めてくれたんだと思う」

 アイは僅かに顔を上げた。

「でも、怖がるわ。あんな変な姿……」

「でも、今はいつもの君だよ」

「いつ、また起きるかわからないわ」

 カズトは深く息を吸い込んだ。

「僕がもう少し気をつけておけば良かったんだ。次からはもっと気をつけるよ」

 アイは潤んだ瞳でカズトを見つめた。

「あなたが悪いわけじゃないわ。私が変なだけ」

「アイ……」

 カズトはアイの背中にそっと手をおいて続けた。

「自分をそんなふうに言わないで……。僕たちが失ったものを、ただ君が持っているだけかもしれない。わからないことが多いんだ」

 アイは視線を落とした。鏡のような水面に自分の顔が写る。どこも変わったところのない、普通の女の子の顔だ。

「私……どうしたらいいの?」

 カズトは息を吐き、アイを引き寄せた。彼女は彼の肩に頭を乗せた。

「今は、わからない。でも、きっとなんとかする。なにか出来ないか、考えるよ」

 アイは目を瞑ってカズトに寄りかかる。二人はしばらくの間、そうやって、揺蕩う水の音と、揺れる木々の葉音に耳を傾けた。


 その日は二人とも仕事がなく、暖炉の前で椅子に腰掛けて本などを読んでいた。すると扉をノックする者があって、扉を開けると、村長とダリオが立っており、二人とも、神妙な面持ちを浮かべていた。

「入っても構わんかな?」

「どうぞ」

 言い知れぬ不安を覚えつつ、カズトは二人を招き入れた。

「今夜は冷えるな。雪が降るかもしれん」

 村長は手をこすって、ふうっと息をつく。二人はコートを脱いで腕にかけた。

 アイは振り向いて軽くお辞儀をする。二人は頷き返して笑みを浮かべた。

「だいぶ元気になったようだね」

 村長が言った。

「はい。皆さんのおかげです」

 カズトが答える。

「それはよかった」

「どうぞ。適当に掛けてください」

 カズトは着席を促し、キッチンへと歩いていって、振り向いて尋ねる。

「なにか飲みますか?」

「そうだな。それでは、お茶でもいただこうか」

 村長が椅子に腰掛けて答える。

「私も同じものを貰おう」

 ダリオが答えて着席する。

 カズトは慣れた手つきでお茶をいれ、アイがトレイにそれを乗せて運んでいく。彼は更に自分とアイの分を準備し、それを運んでテーブルに並べた。カズトとアイは、村長とダリオの正面に腰掛けた。

 村長とダリオはほぼ同時にお茶を飲み、相当、外は寒かったのだろう。長々とため息を吐き出した。カズトはその様子を見守って、一息ついたところで尋ねた。

「それで、どんな用件でしょうか?」

 村長は振り向いて、ダリオと目を合わせ頷き合う。ダリオが話し始めた。

「実は昨日、用事があって、とある街まで出かけたのだが……」

 ダリオはそこで、アイに目を向け、続けた。

「妙な様子の者がうろついていてな。少し気になったのであとをつけてみた。するとどうやら、ある少女を捜しているようだった」

 カズトは、ぞわぞわと電流が走ったように感じて、カッと目を見開いた。

「少女って……まさか……」

 ダリオはゆっくりと頷く。

「噂を聞きつけたのだろう。なりは普通の格好をしていたが、あれは間違いなくトマ王国の軍人だ」

 村長は申し訳なさそうにあとを継ぐ。

「気をつけてはいたのだが……。すまんな」

「いえ。仕方のないことです。気にしないでください」

「ただ、幸いなことに、今のところ場所の特定までは出来ていないようだ。しかし。いずれはここにも探しに来るかもしれない。その前に冬が来てしまえばなんとかなるかもしれないが、しかし……」

「わかってます」

 カズトは覚悟を決めた顔で首を縦に振り続ける。

「お世話になった村の人たちに、迷惑は掛けたくありません。明日にでも村を出ます」

「まあ、そう急くな」

 ダリオが制した。

「出て行くと言っても、行くところなどないだろう?」

「それは、そうですけど……」

「そこでだ。提案がある。船に戻るというのはどうだ?」

「船に? アーチ号に、ですか?」

 ダリオは首肯して説明する。

「船の方が、知らない街で知らない人に囲まれて過ごすよりは、ずっと落ち着いていられるだろう。それに、船は常に移動しているから、そう簡単には軍には見つかるまい。身を隠すにはもってこいだ」

「でも僕たちは、その船から逃げて来たんです。チコさんだって、きっと怒ってますよ」

「かもしれんな。しかし、理由があってのことだ。きちんと説明すればわかってくれるだろう。なんなら私から話してみよう。話しのわからん奴でもないからな」

 カズトは目を伏せた。迷っているようだ。ダリオは言った。

「迷惑になるかもしれない、と考えているなら、そんなことは気にする必要はないぞ。お前達はアーチ号の船員なのだ。その船員が、元いた船に戻るだけだ。なんの遠慮がいるものか」

「その通りだ」

 村長が同意して、言い聞かせるように言った。

「彼らもきっと、君たちの事を心配しているだろう。戻ってくると知れば、きっと歓迎してくれるに違いない」

 ダリオは頷いた。

「そうだ。あいつらはそういう連中だ。今度は私も一緒に戻るぞ」

「えっ?」

「多少、気まずさはあるが、まあ、いい機会だろう」

「きっとみんな喜びます」

「お前達が一緒なら、もっと喜ぶさ」

 ダリオはそう言って笑った。吹っ切れたような表情をしている。カズトも腹を括るべきだろう。

「そうですね。でも、アイにも聞かないと……」

「私はカズトについていく」

 アイはすぐに答えた。

「あなたとならどこにでも」

 カズトは思わぬ告白に顔を赤くした。

 ダリオは村長と顔を見合って、微笑みを浮かべて言った。

「では決まりだな。だが少し時間を貰おう。まずは船に連絡を取らねばならないからな」


 冷気がチクチクと頬を刺す中、まだ夜の明けやらぬ頃、彼らは村の出口にいた。

「さあ、これを持って行くといい。必要になりそうなものを入れてある」

 村長はバックパックを差し出した。吐く息が白く立ち上る。

「ありがとうございます」

 カズトは受け取り、片方をアイに手渡す。

 村長は顔をしかめて言った。

「なんだか追い出すような形になってしまって、申し訳ないな」

 カズトは大きく頭を振る。

「そんなこと、気にしないでください」

 彼はバッグを両手に持ち直して続けた。

「皆さんには良くして頂きましたから、ご迷惑をおかけするようなことがあっては罰が当たると言うものです。ですから、これで良かったんです」

 ダリオが茶化したように言う。

「随分と大人なことを言うではないか」

 クスクスと笑い合う声が重なり合う。

 冷気が少し和らいで、村長は空を見上げて、父親のような顔になって言った。

「道中、気をつけるんだぞ」

「はい。いろいろとお世話になりました」

「いや、こちらこそ世話になった。短い間だったが、君たちのお陰で村は大いに助けられた。ありがとう」

「いえ、僕たちの方こそ、皆さんには助けて頂きました。お陰で村での生活はとても幸せでした。感謝していたと、お伝えください」

 村長は首肯する。

「必ず伝えよう」

 ダリオが言った。

「では、行こうか」

 二人はバックパックを背負った。そこまで重くはないので、それほど負担になることはなさそうだ。

 ダリオは村長と握手を交わす。

「私も世話になった」

「この子達のこと、くれぐれも頼むぞ」

「任せてくれ。では」

 ダリオが先頭に立って歩き出す。カズトとアイはもう一度、村長にお辞儀をして、親に見送られる子供のような感情を抱きながら村をあとにした。


 チコは喫茶店に入ると、店内を舐めるように見回した。そして見覚えのある、懐かしい顔が振り向いて、手を上げているのを見つけた。彼は怒ったような足取りで歩いて行く。

「話したいことが山ほどある」

 チコは父親の無事の姿に安堵しつつ、憮然と言って隣に座った。

「それはそうだろうとも。私もそうだ」

 ダリオはなんともない様子で答えた。

 チコはやれやれとため息を吐き出して、正面に座る少年と少女を舐めるように見つめた。

「用意がいいな」

 二人とも着ている服を替え、帽子を被るなどして変装していた。

「近くの村で連中と鉢合わせになってな。なんとか撒いたが、ここも安全とは限らない。用心に越したことはないだろう」

 チコは頷き、優しい口振りで問いかけた。

「体は大丈夫か、二人とも」

「はい」

 カズトが顔を上げて答えた。顔を伏せておくようにと言われていたから、少し上目遣いになった。

「そうか。それは良かった」

「船のみんなは……」

「あの程度でやられる俺たちではないさ。心配するな」

「はい……」

 カズトとアイが安堵して、同時に息を吐いた。

「船は近くに来てるのか?」

 ダリオが聞いた。

「街の外に泊めてある。良ければもう出発したいが?」

「もちろんだ。この子達も早く彼らに会いたいだろう」

「父さんはあとで俺の所に来てくれ」

「再会を喜び合う時間もないのか?」

「母さんへの言い訳を考える時間くらいならやるさ」

 ダリオは、おっという様子で顔をしかめた。

「それじゃ、行こうか」

 チコは苦笑して立ち上がる。三人もそれぞれ立ち上がり、チコのあとについて店を出た。そして人の視線に気をつけながら、街路を歩いた。


 車はゆっくりとタラップを登り、格納庫へと入った。そこでは大勢の船員達が彼らの到着を待っており、四人が姿を現すと、感激の声を上げ、驚きと喜びの表情を浮かべた。カズトは思わぬ歓迎振りに胸が熱くなった。

「ダリオ!」

 グレゴリーが両腕を広げながら歩いてきた。彼らはがっしと抱き合って、互いに肩を叩き合った。ダリオは背後の人物に目を向ける。

「ヨーセフ!」

 今度はヨーセフと抱擁する。互いの無事を確かめるように背中を叩き合った。

「連絡もよこさんで、なにをしておった?」

「いろいろとな。まあ、事情があるんだよ」

「そうか。ならその事情とやらを聞かせてもらおうか」

「いいだろう。だが今はまず、こうして再会できた事を祝おうではないか」

 三人は肩を組むようにして輪を作り、互いの無事を喜んだ。

 バートが、その様子を眺めながらやってきて、カズトとアイを確かめるように見つめて言った。

「元気そうだね」

「うん。いろいろあったけどなんとか……。君たちは大丈夫だったの?」

「まあ、こっちも大変だったよ。墜落しそうになったし」

 バートは苦笑いを浮かべた。

「ごめん。僕が逃げたせいだ」

 カズトは顔をしかめて謝った。

「お前が謝る必要はないよ。俺が勝手にやったことだからね。まあ、お陰で、暫く反省室行きになったけど」

「当然だ」

 チコが刺すような口調で割り込んだ。彼は続けた。

「お前の身勝手のせいで、船と船員に危険が及ぶ羽目になった。責任は取ってもらわないとな」

 続いて彼はカズトに目を向けた。

「お前もだ。二、三日入ってもらうぞ。わかるな?」

「はい」

「待って!」

 アイが異議を唱える。彼女は詰め寄った。

「私のせいよ! 私がこんなだからいけないの!」

 チコは驚いた表情を見せたのち、微かに顔をしかめて言った。

「それについてはあとで話そう。お前はまずシャルの所に行け。こいつのことなら心配するな。なにもしやしない。俺たちは軍隊じゃないんだ」

「そうだよ」

 カズトは言って、落ち着かせるように続けた。

「ちょっと休みを貰ったと思えばいいんだ。出たらすぐに会いに行くよ。だから安心して」

 アイは尚も不安そうだったが、やがて納得して頷いた。

 チコが指示を飛ばす。

「エレオノーラ、アイを頼む。フランツはカズトを反省室へ。さあ。仕事にかかれ!」

 船員達はガヤガヤと何事かを言い合いながら、それぞれ持ち場へと戻っていった。

「ララ。出発するぞ」

 ブリッジに入ると、チコが言った。

「その人がお父さん?」

 ララは振り向いて言った。手の爪にマニキュアを塗っているところだった。

「似てないかね?」

 ダリオが言った。彼女の指先を見て、奇妙そうな顔をしている。

「ううん。そっくり」

「そうか」

 ダリオは苦笑いを浮かべた。チコはため息をついて、父親に着席を促す。ダリオは座席を見下ろして首を振る。

「私は遠慮しよう。そこはもうお前の席だ」

 チコはじっと父親を見つめ、やがて頷くと、今ではすっかりと身に馴染んだそれに腰掛けた。ほどなく、エレオノーラとフランツがブリッジに入ってきた。

「よし。出発だ。バート!」

 船は始動し、ゆっくりと浮き上がる。そして徐々に加速し、青い空へと昇っていった。

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