2 浮島

 近づくにつれて、迫り来るようなその威容にカズトは圧倒された。浮島は一つの街がすっぽりと入るほどにも大きく、山のように盛り上がった中心部へと向かって、放射状に伸びた街路に沿って街並みが広がっている。建物は全てが白一色で統一されており、雲一つ無い青空の中、太陽の光を受けて眩しく輝いて美しい。かつては、ここに多くの人が暮らし、大いに賑わっていたのだろう。それを想像すると、ワクワクとドキドキが止まらない。

 船はゆっくりと接岸した。後部ハッチが開いて、その大きな音に驚いた鳥たちが、バサバサッと羽音を響かせて木々から飛び立った。ほどなく、スロープが舌を伸ばすように接地して、上陸班がぞろぞろと降りてきた。彼らは五人一組となって、探索へと向けた準備を始めた。カズトは、チコ、グレゴリー、ヨーセフと共に同じ班に編入された。

「各班、準備はいいか?」

 チコは面々を眺めつつ確かめた。各々が頷いて、チコは、よし、と首肯する。そして、号令を発しようとしたところで、仲間の一人が叫んだ。

「チコ! あれっ!」

 男の指さすその先に目を向けると、円盤形の小さなドローンが、空中をゆっくりと飛んでくるところだった。仲間が銃を構えて銃口を向けた。

「待てっ!」

 チコは素早く手を挙げてそれを制した。

 ドローンはチカチカと黄色い光を点滅させながら、音もなく静かに近づいてくる。上陸班の面々は、引き金に指を掛けて警戒を続けたまま、照準をドローンに向けてその動きを追う。ほどなく、ドローンは彼らから少し離れた所で停止した。それは、行くべきか行かざるべきか、迷っているかのように、上下左右に体を揺らして浮遊している。やがて、ドローンは戻ることを選んだ。黄色い光が青色に変化して、くるっと向きを変えると、飛んできた方へと去って行った。彼らは銃を下ろして、ほっと胸を撫で下ろした。

「なんだったんだ?」

 仲間の一人が、小首を傾げて、息を吐きながら言った。

「偵察だろう」

 チコが答える。

「誰も住んでないはずなのに、か?」

 チコは、わからない、と言う顔で肩をすくめた。

 あとを引き取って、グレゴリーが答える。

「故障しているのでなければ、動力がある限りは動き続けるだろう。そうプログラムされているだろうしな」

 なるほど、と仲間は納得の表情を浮かべた。

 チコは然もありなんと頷いて、号令を下す。

「よし。それでは各班、行動に移ってくれ」

 それぞれ、事前の計画に従って、目的の場所へと足を向ける。カズトは、チコ達と共に、島の中心部へと向かった。

 島は数千年もの歳月が経っているにもかかわらず、建物はどれもがおおよその姿形を留めていて、街路や街並みは整然と整えられたまま残っており、かつての様子に思いを馳せると、目と耳に、当時の賑わい振りがありありと浮かんでくるようだ。

「これって、本当に大戦前のものなんですか?」

 辺りをキョロキョロと見回しながら、カズトが聞いた。

「ふむ」

 ヨーセフが頷いて答える。

「分析の結果、これらがいずれも、三千年ほど前のものであるとわかっている」

「分析って?」

「人間の遺骸などから、それがどのくらい前に生きていたか、調べる方法があるのだよ」

「お墓を掘り返したんですか?」

 カズトは目をぱちくりとさせた。

「まあな」

 ヨーセフは軽く微笑む。

「そうしないと調べようがないからな。数千年後には、お前の墓が掘り返されて調べるられるかもしれないぞ」

「えー。それは嫌だな」

 カズトは梅干しのように顔をしかめた。

 ヨーセフはクツクツと笑う。

「死んでしまっているのだから、気にする必要も無いだろう。それに、のちの世の人のために役立つと思えば、それほど悪いことでもないぞ」

「でも、その人も、死んだ後で体をいじくり回されるなんて、思ってもいなかったでしょうね」

「ははは。くすぐったいと思っているかもしれんな」

「死んでるんですから、何も感じませんよ」

「それはそうだ」

 ヨーセフは尚も快活に笑う。そしてあることに思い至って続ける。

「そうだ。お前さえよければ、分析の方法を詳しく教えてやろう」

「はい。ぜひ」

 カズトはそう答えて目を輝かせた。

 今ではただ空虚でおぼろげな、かつては道行く人で溢れていたであろう街路を進んで、彼らは浮島の中心部へとやってきた。そこには大きな広場があって、その中心に、円柱形の建造物が鎮座していた。それは飾りも窓もなく、ただのオブジェのように見えた。

「なにもないところですね。ここが島の中心なんですか?」

 怪訝な顔のカズトが聞いた。

「なにもないと言うことはないだろう。真ん中にあるではないか」

 ヨーセフが答えた。

「あれってただの置物ですよね?」

「あれがただの置物であるものか」

「そんな風にしか見えないですけど……。たまにあるじゃないですか。これ何っていうのが」

 チコや他の面々が苦笑を漏らす。

「それはそうだが」

 ヨーセフもたまらず吹き出した。

「その置物に見える物が、この島の重要な場所へと繋がっていると考えられているのだ」

「重要な場所? これが、ですか?」

 カズトは丸く目を見開いて、キョトンとした顔をした。それも当然だ。目の前にあるのはどこをどう見てもただのオブジェにしか見えない。重要な場所に繋がっていると言われても、とてもそうは思えなかった。

「他にはそれらしき物が見当たらないからな。ここは街の中心部だし、そう考えるのが自然だろう」

 へえ、とカズトは言って、訝しげにそれを見つめた。

 その、重要な場所へと繋がっているとされる建物は、近づいてみると意外にも大きくて、そう称されるだけのことはあってか、不思議と、得も言われ得ぬ威容を放っていた。

「それで、なにをどうするんだ。正直なところ、俺もカズトの意見には賛成だが……」

 チコが振り向いて、肩をすくめて言った。

「ふむ」

 ヨーセフは歩み寄り、それを見つめた。

「どこかに入り口があると思うのだが……」

「入り口?」

「ここがその重要な場所へと繋がっているなら、当然、入り口があるはずだ」

 ヨーセフは答えながら、その建物をぐるりと巡りながら、その、あるはずの入り口を捜した。しかし、結局は、目当てのものは見つからなかった。

「おかしいな。どこかにあると私は踏んでいるのだが……」

 ヨーセフは顔をしかめてため息をついた。

 その時、仲間の男が、慌てたように銃を構えて、鋭い声を上げた。

「チコ! ドローンだ!」

 銃口の先へと目を向けると、先ほど見たのと同じ型のドローンが、彼らの方へとやってくるところだった。ドローンは青い光を放ちながら、ゆっくりと飛んでいる。

「待て! 撃つなよ!」

 チコは手を上げて急ぎ制した。こちらが敵対的な行動を取らなければ、ドローンも反撃はしてこないだろう。そうすれば、先ほどと同じように、引き返していくはずだ。

 しかし、ドローンにそのつもりはないようで、ゆっくりと、迷うような素振りも見せず、彼らの方へとどんどんと近づいてきた。仲間の男は、銃を握る手に力が入って、思わず引き金を引いてしまいそうになった。チコはその様子を認めて、彼を見遣り、ゆっくりと首を振った。男は頷いて、静かに息を吐いて、引き金から指を放した。

 ドローンは尚も真っ直ぐ進んで、とうとう、彼らの目前まで迫った。いよいよかと、彼らは身構えた。しかし、ドローンは、そんな訪問者の存在など気にもしてもいないかのように、彼らを素通りして、真っ直ぐ建物へと進んで、その手前で静止した。チコと男は怪訝な顔で互いを見合った。

 ドローンは、そうして暫く漂ったのち、瞬きでもするように、数回、青い光を点滅させた。すると、建物の壁の一部が、ふっと掻き消えるようにして、長方形の、ドアほどの大きさの、膜のような物が現れた。それは霧のようにモヤモヤと、そして波のようにうねっており、どうにも奇妙な様子の物だった。

 間もなく、ドローンは動き出し、その膜のような物へと向かって飛んで行き、そのまま突っ込んで、溶けるように消えた。

「おい! 消えちまったぞ?」

 仲間の男が銃を下ろして、唖然とした表情で言った。

「論理的に考えて、その建物の中、ということになるだろうな」

 淡々とした様子で、グレゴリーが答えた。

「だとすると、ドローンについて行けば中に入れそうだな」

 ヨーセフが、顎を撫でながら言った。

「本気で言ってるのか?」

 男は困惑の表情を浮かべた。

「そんな訳のわからないところに入って行けって?」

「訳がわからんから試すのだ。それに、いつまで口を開けているかわからんぞ。今を逃せば、こんな機会はもう二度と無いかもしれん」

 チコは、その、開いた口を見つめて頷いた。

「よし。行こう。他に方法はなさそうだ」

 男はため息をついた。船長がそう言うなら、彼に異存などありようもない。

 チコは膜の前で一度立ち止まると、少しの躊躇を見せたのち、えいやと足を踏み入れた。続いて、各々が飛び込んで、建物の中へと飲み込まれていく。間もなく、それは消えて、元の壁が現れた。

 気がつくと彼らは、直径が十メートル程の円筒形の部屋の中にいた。

「なんだここは?」

 男がぐるりと首を巡らせながら言った。

 部屋の中心には四十センチ四方、高さ一メートルほどの台座があって、その天辺は斜に切り落とされて、その上面に、以前、洞窟で見たのとは異なる文字がびっしりと書き込まれていた。そして、高さが一メートル、幅はそれに満たない程度の四角い仕切りのようなものが、壁から二メートルほど離れた所に、ぐるりと等間隔に並んでいた。部屋を囲む壁には、浮島の各地の様子と思われる映像が映し出されており、ドローンはそれらの映像をチェックするかのように、一つ一つを巡りながら飛び回っていた。

「なにかの管理室?」

 男は怪訝そうに言った。

「あるいは制御室、と言ったところかな」

 グレゴリーが答えた。

「このドローンはいつもこうしてここにやってきているんでしょうか」

 カズトが聞いた。

「プログラムされたことをするだけの機械だからな。これからもそれを続けていくだろう。この浮島が存在する限りはな」

「それで、何かわかりそうか?」

 チコが言った。

「ふむ」

 ヨーセフは頷いて、顎先を指で撫でた。

「おそらくは、その台座が重要なのだろう。書かれている文字を調べれば、なにかわかるかもしれん」

 彼はそう言って、台座に近寄ろうとした。すると、ドローンがものすごい勢いで飛んできて、行かせてなるものかと、ヨーセフと台座の間に割って入った。ドローンは、黄色の光を瞬くように点滅させている。何らかの警告を発していることは明らかだ。

「近づくな、と言っているようだな」

 チコが言った。

「それだけ、それが重要な物であるという証だろう。是非とも調べたい」

 ヨーセフは、蟹のように歩いて横に移動してみた。すると、ドローンは彼に合わせて向きを変えた。

「うむ。通すつもりはないらしい。なんとか方法はないものか」

 ヨーセフはそう言って、ドローンを睨んだ。機械に感情などないから、そんな風にしても効果はないが、しかし、そうしたくなるのも無理はない。

「例えば誰かが囮になるとか?」

 男が提案する。

「引きつけてる間にパパッとすませちまえば……」

 そこまで言って、彼はまずかったと思ったらしく、渋い表情を浮かべて訂正した。

「今のは聞かなかったことにしてくれ」

 グレゴリーがため息をついて言った。

「ともかく、下手に動けば攻撃されるかもしれん」

「うむ。諦めるより他ないか」

 ヨーセフは、恨めしげにドローンを見つめ、数歩、後退した。すると、ドローンのランプは青色に変わって、再び映像のチェックを再開した。

 そのドローンの動きを目で追いながら、チコが言った。

「ともかく、ドローンを刺激しないよう注意を払いつつ、もう少し辺りを調べてみよう」

 彼らはぐるりと巡りながら、壁に触れてみたり、周辺を注意深く観察してみたりした。しかし、結局、これと言って目立った成果は得られなかった。やはり、例の台座を調べる必要がありそうだ。が、それはドローンが許さないだろう。

「引き上げるしかないか……」

 チコは残念そうに言って、腰に手を当て、ふうっと息を吐いた。

「引き上げるって、どうやってここから帰るんだ? ドローンに頼んでみるか? 言葉が通じれば、だけど」

 男は言って顔をしかめた。

「こいつもずっとここにいるわけじゃないだろう。いつかはここを出て行くはずだ」

「それはいつ?」

 チコは眉根を寄せた。彼にもそれがいつかはわからない。しかし、自力でどうにか出来そうもない以上、今のところはそこに掛けるしかない。なにか事態を動かす変化でも起きない限りは。

「チコさん! あれ!」

 カズトが声を上げて指さした。目を向けると、ドローンが、赤い光を激しく点滅させていた。

「誰かなにかしたか?」

 チコは仲間を見回しながら問いかけた。誰もが首を横に振る。島内を映す映像に目を向けると、そこに映るドローン達も、同様に赤い光を点滅させていた。

「なにが起きてるんだ? まずくないか?」

 男は顔をこわばらせた。そして肩から銃を下ろして脇に構えた。

 映像を見る限り、地上の仲間が攻撃を受けている様子はないから、彼らも含め、なにかドローンを怒らせるようなことをしたわけではなさそうだ。しかし、彼らが関知しないどこかで、ドローンの注意を引くような何かが起きているのかもれない。

 間もなく、ドローンは緑色の光線を、彼らの方へと向けて照射した。驚いた仲間が銃を向けようとしたが、それをチコは手を上げて制した。

 光線は、扇の形を描くように広がって、ゆっくりと上下に、彼らを舐めるように、何度も往復を繰り返した。そしてその光がすっと消えると、赤いランプは点灯へと変わり、ドローンから、ペンライトに似た形状のものが、腕が生えるように、にょきっと左右から飛び出した。島内を映す映像内の、他のドローンも同様に、形態を変化させていた。良くない状況であることは、火を見るより明らかだった。

 チコはドローンに向けて銃を構え、急ぎ後退しつつ叫んだ。

「隠れろ!」

 言うが早いか、ドローンはそのペンライトのようなものの先端から、黄色い光線を発射した。チコはぐるんと横転して、なんとかそれを躱すと、すぐさま起き上がり、銃の引き金を引いた。放たれた銃弾は、ドローンに命中することなく、その手前でなにかのバリヤのような物に弾かれて、どこかに飛んでいった。

「くそっ! どうなってるんだ!」

 チコは近くの仕切りの裏に潜り込んだ。

「これは興味深い。彼らの方が科学技術は発展しているようだ」

 グレゴリーがうんうんと頷いた。

「感心してる場合じゃないぜ」

 男は不服そうに顔をしかめた。

「このままじゃ全員やられちまうぞ」

「その通りだ。なにか方法はないのか?」

 チコは意見を求めつつ、仕切りの縁から顔を覗かせた。ドローンがすかさず光線を発射して、彼は慌てて首を引っ込めた。光線は仕切りに当たって、雀が大声で鳴いたような音を上げた。

 グレゴリーは仕切りからそっと目を覗かせて、すぐに顔を引っ込めて言った。

「あの赤く光っているところを狙ってみろ。他には急所と思えるようなところが見当たらん」

「だとしても、さっきみたいに、命中する前に弾かれちまうんじゃないのか」

 男が懸念を示した。

「攻撃するときには、ドローンもバリヤを解除しなければならないはずだ。そこにチャンスが生まれるだろう」

 チコはドローンの様子を確かめた。赤いランプを光らせて、ぐるりと回転しながら周囲に警戒を向けている。確かに、グレゴリーの言うとおり、他に急所と思えるような所は見当たらない。

「試してみよう」

 チコは言って、続けて指示を出す。

「俺が奴の注意を引きつける。攻撃してきたら、その隙にお前はあの光っているところを撃て」

 わかった、と男は頷く。

 チコは片膝立てになって銃を構えると、男に目を向けた。男も既に準備が完了しており、よし、と頷き返した。チコは、一呼吸置いてから、いくぞ、と頷いて、半身を乗り出し弾丸を数発放った。そしてすぐに身を隠す。応戦するドローンの放った光線が、すぐ横を通り過ぎていく。彼は何度もそれを繰り返し、ドローンの注意を自分へと向けさせた。

 男はその様子を仕切りの影から観察し、ドローンの意識がチコへと向けられているのを確かめると、チコが攻撃を行うタイミングで、同時に身を乗り出して、ドローンへと銃口を向けた。すると、ドローンはくるっと向きを変えた。驚くべき反応の早さに、男はハッとして撤退を考えたが、しかし、この時を逃しては、もう二度と機会は来ないかもしれない。彼は怯まず、ぐっと足を踏ん張って、引き金を引いた。同時に、ドローンも光線を放った。銃弾は、光線とすれ違うように飛んでいき、見事、赤い光の部分に命中した。男は、うっとうめきを漏らして後ろに倒れ込み、ドローンは、ビリビリと雷光の様なものを放ってポトンと床に落ち、陸に打ち上げられた魚の様にビクビクと震えたのち、赤い光が力なく消灯して、やがて動かなくなった。

「おい! 大丈夫か!」

 チコは男に駆け寄った。

「ああ、ただのかすり傷だ」

 男は答えて起き上がり、右の上腕へと目をやった。ナイフで切ったみたいに服が破け、少し焦げたような匂いがした。幸いにも大きな怪我ではなかったが、切り傷から血が滲んでいた。チコはハンカチで傷口を縛り、男が立ち上がるのに手を貸した。

「よくやった」

「危ないところだった」

 男はそう言って、やりきったという様子で笑った。

 チコは頷いて、男の肩を力強く叩いた。彼は振り向いて言った。

「しかし、ここからどうやって出る?」

 ヨーセフは台座へ歩み寄り言った。

「これを解読できればなんとかできるかもしれんが、そんな時間はなさそうだな」

 彼は少し考えてから、動かなくなったドローンを見下ろして言った。

「それを私に」

 チコはドローンを拾い上げ、ヨーセフに手渡しながら、怪訝な顔つきで尋ねた。

「こんなもの、どうするんだ?」

「上手くすれば、こいつを使って出られるかもしれん。入ってきた時のようにな」

「どうやって? もう動かないんだぞ」

「だからといって、なにも試さないのは科学的ではない」

「その通りだ」

 グレゴリーが同意して、ヨーセフの隣に並び、続けて言った。

「だめなら他の手を考えるまでだ。なあ」

 ヨーセフは首肯する。

「まあ、上手くいくと予想はしているが」

 彼はドローンを台座の上にかざした。

 しかし、暫く待ったが、ドローンも台座も何の反応もなかった。

「やっぱりだめじゃないか」

 男が咎めるように言った。

 ヨーセフは、意に介していない様子で、ドローンをひっくり返すなどして、その様子を確かめた。ドローンは沈黙を保っている。

「どれ、貸してみろ」

 グレゴリーが言って、ヨーセフからドローンを受け取った。彼は暫く眺めてから、バン、バンと叩いた。

「おい、壊れるぞ」

 ヨーセフは顔をしかめた。

「もう壊れてる。それに、こういうとき、叩くと一時的に直ることがある。そういう経験はあるだろう?」

「そんなもの、いつの時代の話だ?」

 ヨーセフは呆れたように笑った。

 その時、グレゴリーが声を上げた。

「おっ!? これを見ろ」

 ドローンが、蛍がお尻を光らせるように、ゆっくりと光を点滅させた。

「ほらな」

 グレゴリーは得意げに笑った。ドローンは息を吹き返したようではあるが、光は弱々しく、動き出しそうな気配はない。彼は台座にドローンをかざした。すると、台座の文字をなぞるように光が浮かんで、間もなく、それを囲むように光のカーテンが現れた。

 数秒後、気がつくと、件の建物の外にいた。

「ああ、帰ってきた!」

 男は何年かぶりに帰郷したときのように、安堵に胸を撫で下ろした。他の面々も、同じようにほっと息を吐き出す。

「全員いるな?」

 チコは言いながら見回して、頷いて続けた。

「少し休みたいところだが、そうも言っていられない。すぐに船に戻るぞ」

 チコは駆けだした。走りながら、彼は船に連絡を取り、各班に、急ぎ船に戻るよう伝えさせ、いつでも出発できるよう、準備を整えさせた。

 船の乗降口、スロープの前には、島で回収した遺物が収められた木箱が、船に積み込まれぬままに並んでいた。仲間数名が、それを楯にして、ドローンの攻撃を躱しつつ、チコ達の帰還を待っていた。

「チコ! 無事だったか!」

 仲間の男が叫んだ。

「おう! なんとかな!」

 チコは大きな声で答え、木箱の影に潜り込んだ。カズトや他の面々も、銘々、物陰に身を隠す。チコは続けて聞いた。

「他の班は?」

「みんなもう中に入ったよ。あとは俺たちだけだ」

 よし、とチコは頷く。

「俺たちもさっさと引き上げよう」

 彼はそこでカズトに目を向けて続ける。

「お前はヨーセフ達と先に行け。絶対に頭を上げたり、立ち止まったりするんじゃないぞ。いいな?」

 カズトは力強く頷いた。思いのほか落ち着いているようで、チコは頼もしくなり、笑顔で彼の肩を叩いた。

「よし。俺が合図をしたら、全力で走れ」

 チコはそう言うと、木箱から頭を出して銃を連射し、そして同時に指示を飛ばす。

「行け!」

 カズトは言われた通り、まさに脱兎の如く跳びだして、ヨーセフとグレゴリーを後に引き連れて、船へと駆け込んだ。チコはその様子を確認したのち、仲間と共に、ドローンを牽制しつつ船へと後退した。ドローンはそれ以上追うことはせず、その場に留まって、侵入者の動向を監視した。

 ハッチが閉まり、ほどなく船は離岸して、徐々に速度を上げた。ドローンは一所に集まって、船が去って行くのを見送った。


 船に戻ったあと、シャルロットからの呼び出しを受けて、チコは保管庫へと向かった。扉を開けて、飛び込んできた光景に、彼は思わず目を点にした。所狭しと並べられた装置の数々が、慌てふためいたように、様々な色の光を忙しく点滅させていたのだ。

「なにが起きてる?」

 チコはモニターを見つめるシャルの、丸い背中に向かって聞いた。

 シャルは顔を上げ、チコを見遣ってから、振り向いて卵を見つめ答えた。

「急に活動が激しくなったの。正確には、数日前から活発になって、ついさっきピークになった。今は少し落ち着いてきているけど」

「激しくなった、とは具体的には?」

 チコは卵の前に立って、全体を眺めるように見つめた。外見上は、特に変わった様子は見られない。彼の左隣にグレゴリーが並んで、同じく怪訝な顔つきで卵を見つめた。

「鼓動が速くなったのよ。尋常じゃないくらいに」

 シャルは答えてチコの隣に並ぶ。

「このまま生まれちゃうんじゃないかと思って、少し焦ったわ」

 彼女は言って、ほっと胸を撫で下ろす。なにかが生まれてきたとして、受け入れるには準備が整っていない。

「ついさっき、と言うのは、俺たちが浮島にいる間?」

「そう」

 シャルが頷く。チコとグレゴリーが顔を見合った。彼女は怪訝そうに尋ねた。

「なにかあったの?」

「島にドローンがいてね。初めは好意的、というのは違うかもしれないが、ともかく、敵対的ではなかったのに、急に攻撃してきたんだ」

「なにかしたわけじゃなくて?」

 チコは頷く。

「だから他に理由があったとしか思えない」

 シャルロットは、パチクリと瞬きをしてから言った。

「まさか、それがこれ?」

「かもしれない……が」

 チコは首を傾げて、科学者に意見を求める。

「どう思う?」

「わからんな」

 グレゴリーは神妙そうな顔つきで首を振る。

「ただ、以前ヨーセフが、これを見つけた洞窟で見た文字が、浮島で使われていた文字と似ていると言っていた。もしかすると、同時代に存在した、異なる文明のものかもしれん。だとするなら、なにか関係があっても不思議はない」

「関係って、例えば?」

「大戦時の敵同士だったとか……。だとすれば、その存在を感じて反応した可能性はある。であれば、それが急に活発になったというのも頷ける」

「そんなことがあり得るのか? そんな、テレパシーみたいな事が?」

「古代文明のことだ。我々の知り得ない技術もたくさんある。浮島でも見ただろう? あり得ない話ではない」

「信じられないな」

 チコはゆっくりと首を振る。

「いずれにしても、それを判断するには情報が少なすぎる。ヨーセフにも意見を求めてみるのがいいだろう」

 チコは息を吐く。

「そうだな。シャルは引き続き頼む。なにかあったら連絡してくれ」

「わかったわ」

 シャルロットは向き直り、白衣をたなびかせながら歩いて行って、再びモニターを見下ろした。

 チコは卵を見つめた。これが本当に卵なら、いずれは何かが生まれるはずだ。そして、その時が迫っているのかもしれない。鬼が出るか蛇が出るか。それは誰にもわからない。

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