第37話 暴風域

「一点突破! 【明日を結びし光の剣クレール・ド・リューヌ】!!」


 月の天衣を纏ったエルが、火炎の塊目がけて剣を突き上げた。煌々と輝く一条の金色が、炎を貫いて天へと抜けていく。


「よしっ!」


 ひび割れ、砕け散る隕石に、詠太郎は拳を握った。エルを中心に密集していれば、飛来する礫を受けることはない。


「えっ、何ナニっ!? 何が起こってるのよお兄!!」


 状況を呑み込めていない照栖が、変化したエルやステラの姿を見て目を白黒とさせている。


「後で説明する。照栖は僕の後ろに!」

「くすくす。カッコいいね。作家の後ろに隠れたところで意味がないのにね」


 白髪の少女・アデルは舌なめずりをすると、左の手も空へ掲げた。

 赤の魔法陣に、緑の魔法陣が重なる。


「【風刃呪文ウィンド】」


 アデルが詠唱すると、風の渦が現れた。はじめは拳大程度だったそれは、みるみるうちに肥大化すると、竜巻となって火炎呪文の残り火や礫岩を巻き込んで、地面ごと抉る大災害と化した。


「なん、だ、これ……」


 立っているのもやっと。詠太郎は照栖の手を繋ぐので精いっぱいだった。

 目の前のものが信じられない。たとえラスボスにだって、普通はこんな理不尽な力を持たせたりはしない。主人公サイドに勝ちの目がなくなるからだ。まして、ヒロインに持たせることもしない。主人公の活躍が薄れるためだ。


「まるで、主人公のチートをヒロインが扱っているみたいじゃないか」


 口にすることで、皮肉にも合点が行った。Web小説に端を発し、今では一大ジャンルとなっているチート能力系作品の主人公は、膨大な魔力を備えていることが多く、放った初級呪文が最上級クラスの威力を誇るのも珍しくない。まさに今のアデルそのものだった。

 詠太郎の呟きに、作家の青年が牙を剥いた。


「正解だ凡骨。アデルは神域術師。もっとも、主人公はさらに上を行く超域術師だがな」


 その言葉に、鈷梅と卓哉も顔を顰める。


「過剰戦力もいいところですね……」

「め、めちゃくちゃでござる! 一体どんな物語ならそうなるでござるか!?」

「そんな不思議なことでもねェだろ。絶対的な力で一方的にクズ共を捻り潰す物語だよ――こんな風になあ!」


 青年が叫ぶと、その体から光が漏れる。


「……なっ、さらにエネルギーの出力が高まるのか!?」

「おいおい、エネルギーとか呼んじゃってるわけ? 用語はちゃんと覚えろよ。イマジナイトって名前があるんだからよォ!!」


 一回り、さらに一回りと竜巻が膨れ上がった。あまりの旋回に、降り飛ばされた瓦礫が周囲に巻き散らされている。このままでは、いつどこから流れ弾が飛んでくるか予測ができない。

 ステラが飛び出して、舌打ちをしながら銃を構えた。


「盾じゃあ流される……ねえ詠太郎、例の『繋ぎ止める力』は、竜巻に巻き込まれた岩もイケる?」

「うん、多分。一度攻撃として放たれているものなら、対象内だと思う!」

「じゃあエル、一旦足止めよろしく!」

「わかった! 【天衣夢縫シエル・アルミュール:ラ・プレパリー】――【残光結ぶ紡史の糸アトレーペ・バリエーレ】!!」


 エルが放った光の鎖が、巻き上げられる礫岩を引き止めた。しかしそれも束の間のことで、すぐに引きちぎられそうなる。


「「う、おおおおおおおおお――――――!!!!」」


 詠太郎とエルは雄叫びを上げ、出力の制御に集中した。


「もうちょい、もうちょい……行ける! 【シューティング・スター】!!」


 ステラの射出した流星が、礫岩を面で撃ち抜いて粉々にしていく。


「後は竜巻をどうするかね……」

「一旦距離を置きましょう。血霧!」

「うん、行けるよママ!」


 頷いた血霧は即座に動き出し、卓哉とステラを竜巻の射程外へと運ぶ。


「――余所見していていいのかなァ?」

「何っ!?」


 詠太郎は、青年が両の親指でそれぞれ示した方を見て愕然とした。

 失念していた。少ないとはいえ、この公園には一般人がいたのだった。少年たちも老夫婦も、みな一様に腰を抜かしてへたりこんでいる。


「ど・ち・ら・に・し・よ・っ・か・なー。まあ、年寄りは後でいいか。まずはガキを殺そう。やれ、アデル。出力は激抑えでいい」

「了解。【火矢呪文ファイア・アロー】」


 アデルが、炎の隕石が打ち砕かれたことでフリーとなった右手を少年たちへと向ける。


「そんな、やめろおおおお!!」

「血霧! いたいのいたいのとんでいけ!」

「ヒャアッハ――――!!」


 豹変した血霧が竜巻に突っ込んで行く。


「心頭滅却すればハリケーンも効きまセーン!!」


 外周スレスレを掠るように接触し、その風の力を利用して加速した。

 火矢よりも迅く駆け付けたチェーンソー少女が、ラリアットをかますように少年たちを抱え飛ばした。どうにか危機を脱した少年たちは、緊張が限界に達したのか、わんわんと泣き出してしまっている。


 残る問題は、素早く動ける血霧が離れたことで、取り残された詠太郎たちだった。既に自力での歩行は不可能。エルも辛うじて動くのが精いっぱいで、とても飛んで脱出できるような状態ではなかった。

 地面を見れば、もう一層向こうの風が土や草を削ぎ取っているのが判る。それがここまで到達してしまえば、体は風の刃で千切れてしまうことだろう。


「お兄……」

「大丈夫。お兄ちゃんが何とかするから」


 笑いかけてみたはいいものの、道は見えていなかった。『鏡袈水月ミロア』で血霧の能力をコピーすることも、逃げに関しては敵へと突っ込むだけの悪手となるだけである。

 移動系の技も、自分が軸になる範囲でしか――


「そうか。エル、僕をぶん投げて!」

「えっ? ……ああ、そういうこと。りょーかい!」


 頷いて襟首に手をかけてもらった詠太郎は、照栖を抱きかかえるように抱き締め、手を組んで離れないようにした。


「せええええええい!!」


 まるでハンマー投げのように遠心力を稼いだ投擲により、詠太郎の体が大きく空に打ち上がる。

 体にかかる風の引力が弱まったところで、詠太郎は叫んだ。


「今だ!」

「ええ、【朔望如光陰オンブル・トゥール】!!」


 エルの体が月となり、公転を始める。激しく靡く髪の先を風の刃に削られながらも、どうにか彼女も引力を脱することができた。

 そのまま先んじて着地したエルが、詠太郎と照栖を受け止めた。

 効果時間が終了し、風が止んでいく。そこに残っていた光景を、青年はぼうっと首のマッサージをするかのように見渡して唸った。


「あー……あァ? おい、どういうことだアデル? テメエ、手加減でもしたか?」

「するわけないでしょ。私を誰だと思ってるの」

「じゃあ、何でこいつらは生きてるんだ?」

「さあ。マスターこそ、出力下げてたんじゃない? ぬるい戦いばかりで鈍ってたんでしょ」


 淡々としたヒロインからの指摘に、青年は憎々しげに唾を吐き捨てた。

 詠太郎は、血霧が少年たちと老夫婦を後方へと避難させたのを確認して、敵へと向き直った。


「君たちは、もしかして……『十二筆聖アポストロス』なのか?」

「あ? どうして知ってんだよ。もしかして、どいつかの取りこぼしかァ?」


 ほくそ笑んだ青年は、何かに気付いたように目を見開いてから、少しの逡巡を経て、ああと手の平を打った。


「ああそうか、さっきの光の鎖! どっかで見たことあると思ったが、さてはクソキザ神主野郎の差し金か!? ハハッ、まさか生きてたなんてな。こいつは『番妛ばんし』が喜ぶぜ!!」

「……剱丞さんを知っているのか?」

「ああ。奴と『番妛』の戦いを、見物させてもらったからよ」

「――ッ!?」


 詠太郎は目を見開いた。


――神に与する作家たちは、容赦なく作家も狙う。


 あの時に剱丞が見せてくれた、消えぬ傷痕が脳裏に蘇る。


「最高だったぜ! 腹を袈裟斬りにされて内臓が飛び出してな? 奴のヒロインがぴーぴー泣き喚きながら抱えて逃げていったんだよ! 腹抱えて笑ったわ!!」

「…………」

「いやあ、『番妛』が覚醒直後じゃなかったら確実に仕留めてたんだけどな。まあ、それでも神主野郎じゃ手も足も出てなかったし、次は殺されるだろうな。そん時は是非見てみたいぜ!」

「…………黙れよ、お前」

「あ? どの口でオレ様に命令してんの? オレ様プロ作家よ?」


 嘲笑の余韻に肩を震わせながら、青年は指の骨を鳴らして首を回した。まるで今までのことは準備運動程度だったとでもいうような、軽い動きだった。


「まあいい、気分がいいから教えてやる。よく耳かっぽじって刻み付けろ凡骨。オレ様の戒名コードネームは『蟹彁かいせい』。こいつはヒロインのアデル・フォン・レヴォルツィオン――」


 青年の吊り上がった双眸が、獰猛に細められる。


「――テメエらを皆殺しにする者の名前だ」

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