幕間

――数日前・日本某所


 山の中腹部に設けられた広いトレッキングエリアに、倒れ伏す二人のヒロインたちと、腰を抜かして茫然としているそれぞれの作家がいた。

 そしてもう一組――立ち上がろうと藻掻くヒロインのその側頭部を足蹴にする、黒いローブを纏ったヒロインと、その後ろで薄ら笑いを浮かべている作家。


「くっ……マスターに、手は出させない……っ」

「へえ、まだ喋る力が残ってるんだ。ねえ、これ、殺しちゃってもいい?」

「ああ、好きにしろ」

「へへっ、【雷撃呪文サンダー】」


 禍々しい黒衣から白い髪を覗かせた死神のような少女が軽く口ずさむと、空の青を掻き消すような雷が迸り、瞬きの間に、足元のヒロインの胴体が消し炭になっていた。


「ひゅ……ひゅ……」


 残った首は、もはや喉を空気で鳴らすことしかできない。それを死神少女は、遊び飽きた子供のような動作で彼女の作家の方へと放り投げる。


「ああ、シエラ! シエラああああ!!」


 光となって消えゆくヒロインの頭部を抱いた作家の、絶叫が響き渡った。


「うるさいなあ……次は君の番ね」


 にこにこと無邪気な笑みを張りつかせて、死神は、もう一人のヒロインの頭を掴み上げた。


「くっ、二体一だったのに、こんなに一方的に……」

「くすくす。【風刃呪文ウィンド】」


 直後、巻き起こった風に持ち上げられたヒロインの体は、捻じれ、千切れ、細切れにされ、圧縮されて、人としてのカタチを失って消滅した。


「雑魚をいくら足し算したところで、わたしに勝てるわけないのにね」

「ああ、そうだな。オレ様たちの勝利は、始まる前から決まってるってのになあ!」


 死神の作家が、腹を抱えて笑った。猟犬のように吊り上がった自信過剰な双眸が、歓喜に歪む。


「何者なんだ……何なんだよ、お前ぇ!」

「あ? 歯ごたえもねえ雑魚が一丁前に名前聞いてんじゃねえよ――やれ、アデル」

「うん。【火炎呪文ファイア】」


 少女が手を翳すと、山に隕石が落ちた。

 悲鳴を上げる間もなく、血の涙を流しながら熱に巻かれて溶けていく負け犬たちを、作家の青年は、ただじっと見下している。

 憐れむでもなく、苛立つでもなく、愉悦に浸るでもない。ただ道端の蟻の群れを踏みにじる時のような、薄い感情だけが渦巻いている。


「つまらねえな。どいつもこいつも、消えて然るべき三流作家ばかり。もう少し歯ごたえのある奴はいねえのか?」

「……茂乃垣町」

「あン?」


 ボソッと呟いたヒロイン・アデルに、作家の青年は眉を上げた。


「『瓶椦へいけん』が探知してた。『十二筆聖アポストロス』がいるわけでもないのに、その町の周囲では、もう五組の消失反応があるんだって」

「へえ。そいつは面白そうだ」


 次の標的を決めた猟犬は、口の端を吊り上げた。

 くつくつと地の底から湧いてくるような嗤い声の余韻だけが、呪いのように山にこびりついていた。

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