第24話 ボーイ・キャントミーツ・ガール
歩きながら、チョコ味のジェラートドリンクをのそのそと吸い上げる。上手く呼吸ができていないせいか、力の抜けた肺では、ストローの先に到達するまでにかなりの時間がかかった。
「ごめんね、気を遣わせちゃって……」
「気にするなでござるよ。拙者も、あれは堪えるでござる」
ドリンクは、見かねた卓哉が帰りがけに奢ってくれたものだった。詠太郎はお言葉に甘えて、冷たい口当たりでショート寸前の脳を鎮めようと試みているが、てんでダメだった。
一体何が駄目だったのだろうか。たしかに、新人賞に応募がされる数千作の中には、そういった目も当てられないものが多いといわれる。そのため一昔前は、『きちんと文章がかけていれば一次は通る』などという通説も囁かれていたくらいだ。
自分はそんなことないと思っていた。けれど。いざ目の前に突きつけられると、頭が真っ白になるようだ。
「……僕は」
言いかけて、口を噤む。
「(僕は……なんだよ。諦めずに頑張るとでも? 何も見えていないのに、どう頑張るって? もしもこの先、エルが戦いで深く傷つくことがあれば、それは僕が作家としてどうしようもないせいかもしれないのに……!!)」
自分が全否定をされていることよりも、そのせいで彼女が敗北することの方が、ずっと怖い。
スラックスの裾を握りしめた、その時だった。
ドオン……と、詠太郎の漏らしかけた嗚咽を蹴散らすようにして、何かが爆発したような音が耳を劈いてきた。
「今のはっ!?」
「あっちの方からでござる!!」
卓哉の指さす方へと駆け出した。いくつかの路地をすり抜けた先には、小学校の野球のフェンスが見えてきた。
「が、学校……!?」
フェンスの向こう側に、もくもくと土煙が立ち昇っているのが見える。
「詠太郎氏の母校でござるか?」
「ううん、僕は別の学区!」
詠太郎の通っていた中学校の学区に属するどの小学校でもない。それに少しの安堵を覚えてしまった自分に舌打ちをしながら、正門を探して回り込む。
そこで詠太郎たちは、自分たちの嫌な予感が的中してしまったことを悟った。
正門から昇降口までぐるりと回り込むように桜並木があり、その中央はグラウンドが整備されている。
そこに立っていたのは、放課後に友達と遊びに来た小学生――などではなかった。詠太郎たちよりは小柄だが、明らかに小学生よりは成熟している少年。そして、少年に腕を絡めるようにして寄り添っている、色っぽい雰囲気をした胸の豊かな女性。
少年は、煙を噴き上げている教室の窓を見て、狂ったように高笑いをしている。
「作家と、ヒロイン!?」
「い、一大事でござる! ステラたそに電話を――持ってないのでござったあ!?」
「……そういえば、こっちもエルの携帯とか買ってない」
いつも一緒に行動をしているために、そうした必要性を失念していた。ならば事情の説明が難しいが、照栖にかけるしかないだろうか。
詠太郎は妹のLINEアカウントを呼び出し、通話ボタンを押した。しかし電波のせいか、わざとそうされたか、すぐにコールは切られてしまう。
「なっ……」
頼みの綱もこれでは、もうエルたちへの連絡手段はない。
そんな絶望に頭を抱えている騒ぎに気が付いたか、少年が振り返った。
「あー? 何だよお前。何見てんの。キモッ、死ねよ」
「……君、作家だよね」
「は? えっ、何。そっちもヒロイアゲーム参加者なの」
「そうだよ」
「え、詠太郎氏っ!? 今なら一般人として一度逃げる作戦がががっ!!」
卓哉が声をがくぶると震わせて飛び上がる。しかし、詠太郎は逃げたくなかった。照栖たちの行き先が掴めない以上退いても意味がないし、何よりそんなことをすれば、目の前の惨状はさらに被害を大きくしてしまうだろうから。
「君、戦ってる相手が見当たらないみたいだけど……もしかして、学校を壊そうとしているわけじゃないよね?」
「見て分かんない? 頭わっる。壊してるに決まってんじゃん!!」
「えっ……?」
言葉を失う詠太郎に、少年は見せつけるように両手を拡げてみせる。
「ディアンナの力があれば、ボクはなんだってできるんだ! ハハッ、いちいちウゼェ親はもう病院送りにしてやった!」
……何、だって?
「ここをブッ壊したら、次は中学校だ! ボクを馬鹿にしたクズどもを嬲り殺しにして、自分の犯した罪を思い知らせてやるんだ!」
「君、本気で言っているの?」
「当たり前だろ、アニメ好きだってだけで笑いながら殴ってきて! 教科書も上履きも捨てられて! ボクがラノベを書いてると知れば、特定までして読み上げて、みんなで馬鹿にしやがった!! それでもボクが諦めずに頑張ったから……だから神様がディアンナをくれたんだろ!? だからありがたく、全部ぶっ壊すんだよ!!」
「そうか……君の気持は解かった」
詠太郎は握り拳を震わせた。自分も陰キャのはしくれとして、その一端は経験したことがあったから。
けれど、もう一つ解っていることがある。そのやり方だけは間違っているってことが!
「卓哉くん、開いてる画面が僕の妹のタイムラインだから、通話し続けて」
「詠太郎氏は何をするつもりでござるか……?」
スマホを託すと、卓哉はおっかなびっくりと訊ねて来た。
それに、詠太郎は努めて笑顔で頷いて返す。
「僕が時間を稼ぐ。以前から、自分自身が強くならなきゃいけないと思っていたんだ。僕の小説がダメなせいでエルが傷つくなんてことも嫌だ。僕は、強くならなきゃいけないんだ!!」
上げ方もわからない下手くそな雄叫びを上げて、詠太郎は少年たちに向かって走り出した。
――少し遡り、とあるカフェテラスの屋外席にて。
生クリームたっぷりのカフェモカをストローで吸いながら、照栖は、画面に表示された『お兄ちゃん♡』の名前に、すぐ通話拒否のボタンを押した。
ため息を吐きながら、テーブルの端にスマホを移す。何か用件があればリプでも送られるだろうから、返信はそれを見てからにする。
その様子を横目で窺っていたエルが、小首を傾げた。
「出なくていいの? デンワなんでしょ?」
「バカお兄からなんで。帰る時になったら連絡するって言ってあるのに、過保護かって」
「あーね、わかるわかる。卓哉もウチがちょっと見えなくなっただけですぐオロオロするし」
けらけらと肩を震わせた金髪の女の子は、今日初めましてになるステラ。彼女もエルと同じく留学で日本に来たらしい。その仕草のひとつひとつは、女子の自分から見ても可愛いと思う。
最近、兄の周りがやばい。エルをはじめとして、昨夜は剱丞と都牟羽という美男美女とも一緒だった。あのインドア派の兄のことだから、女っ気なんてないと思っていたのに。
「でも、案外悪くないんだよねぇ、これが。困ってる顔もカワイイし」
「それは、まあ……そうなんですけど」
唇を尖らせる。けれど、心配されるのは何か癪だった。昨夜なんて、剱丞たちについて問い正したのを自分が彼に興味があると勘違いしてくれた兄は、あっさりと『紹介……する?』なんて言って来たものだから、余計に腹が立つ。
心配するんじゃなくて、信頼して欲しい。別の男なんか紹介しなくていいから――
「卓哉さんって、今日ステラさんと一緒に来てた人ですよね。付き合ってるんですか?」
「別にそういうんじゃないって。けどまあ、そこは……卓哉次第? かも?」
へえ意外。照栖は目を丸くした。あまり人のことを悪く言いたくはないけれど、正直その卓哉という人は、うちの学年で一番メタボな男子よりもお肉が付いているタイプだったから。
「そういえば、エルの方はどうなのよ。詠太郎くんのことどう思ってる系?」
「えっ、私?」
我関せずとばかりにアセロラレモネードをちゅうちゅうと啜っていた赤髪が、ぴくんと跳ね起きた。
「うーん、エイタローはすごいと思うよ。どんな時でも諦めないし、頑張り屋さんだし。ただちょっと向こう見ずというか、自分のことは大事にしていないようなところは危なっかしいけれど」
「いやそういうカマトトぶんのはいいから。好きかどうかって話でしょーが」
「す、
「(おお、わかりやすー)」
みるみるうちに、頬の色がアセロラの赤と同化していく。これは、もう少し押せば面白い話が聞けるかもしれない。けれど同時に、聞いてしまいたくない気持ちもあった。
照栖が思わず視線を逸らすと、その先のスマホがまた兄からの着信を知らせてくれているのが見えた。
「あーもう、何。今いいところだってのに」
仕方なく手を伸ばすと、タイムアウトしたのか一度切れてしまった。しかしすぐにまた、同じ着信が表示される。
「さっきから何! さすがにウザいんだけ――」
『そこにエルたそとステラたそはいるでござるかっ!?』
期待していた声とは違う人物の焦ったような声に、照栖は唖然と目を瞬かせるのだった。
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