第23話 アフタースクール・ワールズエンド

「おけまる、把握でござる」


 放課後に集まったファーストフード店の角席。ポテトを口に運んだ卓哉は、空いた指でOKマークを作ってみせた。


「か、軽いね……」

「詠太郎氏が嘘を吐くとも思えないでござるし。ステラたそたちが現実になるなんて時点で、だいぶ現実離れしていますからなあ。むしろ、負けたら焚書と聞いて納得したくらいでござるよ」


 指が服に付かないように腕を組んで頷いて、てりたまのハンバーガーへと手を伸ばす。詠太郎もそれに倣って自分のハンバーガーの包みを開いた。


「けれど、ヒロイアゲームは見たところ、バトル要素のある作品のみが対象でござろう? その他のジャンルはどうするのでござろうな?」

「そこは剱丞さんも『推測でしかないが、そのジャンルに通じたものが催されているんじゃないか』って」

「ふむふむ……恋愛やラブコメ作品のヒロインを集めてテラスハウス的な……バチェラーかもしれないでござるな」

「かもね」


 甘じょっぱいソースに舌鼓を打ちながら、詠太郎は頷いた。

 自分たちのように戦闘を伴うものも大概恐ろしいが、一級レベルのメインヒロインたちが集う世界規模の大恋愛バトルというのも恐ろしそうだ。作品によっては、修羅場からの死傷者が出てもおかしくない。


「でもそうか。僕らの目の前にエルたちが現れたんだよね……」

「どうしたでござるか、藪から棒に」

「いやね、今まで戦いばかりで考える余裕がなかったんだけれどさ、ある意味、理想の女の子が現実になったんだよなと思って」


――おめえも認めたら楽になれるべ。執筆してっ時、そのヒロインのような女の子と付き合うことができたらと考えたべ?


 透兵衛の言葉が蘇る。あれを、自分はきっぱりと否定ができなかった。

 まだ一ヶ月も経っていないというのに、隣の席が空いていることがもう寂しく感じるようだ。エルたちは今日、照栖主導でカフェにいくらしい。


『エイタローエイタロー、女子会っていうのに誘われたんだけど行っていい? ねえ行っていい?』

『どうせお兄のことだから、そういう場所には案内できてないでしょ?』


 きらきらと好奇心に踊る瞳と、妹様のじっとりとした半眼。ちょうど卓哉とも直に会う打診があったため、断る理由はなかった。ちなみにステラも向こうへ混ざっている。


「詠太郎氏は、エルたそと付き合いたいでござるか?」

「うーん……どうだろ。そうできたらとは思うんだけど、やっぱり、作家になることをかまけちゃいけないと思うんだ。じゃないと、真剣に戦ってくれているエルに申し訳ないと思うから」


 きっと、勝ち残れたその時には、もう彼女はいないのかもしれないけれど。それでも。


「なら、拙者たちのやるべきことは――コレでござるな!」


 卓哉は秘密道具を出すかのように、リュックから封筒を取り出した。詠太郎も頷いて、自分のポーチから同じデザインの封筒を出す。

 封の中身はエルの登場する作品『月光のアルミュール』を応募した、新人賞からの選評だ。これを持ち寄り、互いの反省点を練ろうというのが、今日の卓哉の用件だったのだ。


「拙者たちの作家生命が『焚書』にされるかもしれないとしても、手を拱いているわけにはいかないでござるよ」

「だね」


 それは詠太郎も考えていたことだった。エルの物語をネットの投稿サイトにアップして続編を書くか、まったく新規の作品を考えるかはまだ決めかねていたが、足を止めることだけは嫌だった。

 そのためにも、プロの編集者からの選評を真摯に受け止め、自分の力にしなければならない。


「…………えっ?」


 意を決して開いた紙に書かれている内容が目に入った瞬間、詠太郎は目を疑った。

 書かれているのは大きく二つ。オリジナリティやキャラクターの魅力などいくつかの項目に別れたA~Eの五段階評価と、作品に対する総評だ。詠太郎は一次選考落選のため、編集者二名からの評価が記載されている。


「ぬおはっ!? 『ニチアサを意識し過ぎている節があります。もっとジャンル全体を研究して、差別化した作品を練ってください』……解ってはいたでござるが、痛烈でござるぅ!? あ、でももう一人からは、ステラたそが可愛いという評価もあるでござる。何々……『クライマックスのセリフにはうるっと来た』? でゅふふ、そうでござろう、そうでござろう! ステラたそですからな!」


 対面で卓哉が悲喜交々の百面相をしていた。どうやら、けっこう具体的に指摘を受けているらしい。


「詠太郎氏はどんな感じだったでござるか?」

「それが……その」


 詠太郎は未だ混乱している頭で、卓哉に自分の選評を見せた。それを覗き込んだ彼も、言葉を失ったように口を開いている。

 それもそのはず。詠太郎の選評に付けられていたのは、いずれも全く同じ内容だったからだ。

 項目別の評価は、すべて最低ランクのE。編集からのコメントも判を捺したように『ストーリー・キャラクターともに魅力がなく、小説の体を成していません。』と書かれて終わりだった。卓哉のもののように、『またのご応募をお待ちしております』といった社交辞令の一つすらない、全否定の選評だった。


「どういうことでござろうか……身内目線かもしれませぬが、拙者から見て、詠太郎氏の作品は完成度が高かったと思うでござる。少なくとも、小説になっていないなんてことはなかったでござるよ」

「……ありがとう、卓哉くん」

「へ、編集部に問い合わせてみるのはいかがでござろう? 昔SNSで、明らかに自分の作品と違うキャラクターの指摘があったという話も聞いたことがあるでござるよ」

「でもほら、一次落ちだし。本当に箸にも棒にもかからなかったのかも」


 手は震えていた。戦いで諦めかけた時よりも、ずっと冷たい悔しさが押し寄せてくる。選評を畳んで目につかないところに仕舞ってしまいたくても、腕に力が入らない。

 売れることが難しいことは承知の上だった。世に受け入れてもらえるか不安に思う気持ちは、ずっと足枷のようにまとわりついている。けれど、己の未熟甘んじていたわけじゃあないつもりだった。

 なのに。


――ごめん……エル、ごめん!


 あの日の慟哭がひどく滑稽に思えて、眩暈がした。それはまるで、世界の終わりの刹那に歪んでいく視界のようだった。











 町内にいくつかある小学校の一つ。その校門の前で、中学生ほどの少年が、嫋やかな微笑みを湛えた女性に手を引かれるようにして立っていた。


「ここだよ、ディアンナ。ボクに忌まわしき記憶を焼きつけた、消し去らなければならない業深き場所だ」


 少年は今にも泣きそうなくらいに表情を引き攣らせて、ディアンナと呼んだ女性の手を握る。

 それをディアンナは慈しむように両手で包み、そのまま手のひらを滑らせて少年の頭を撫でると、優しく抱き寄せ、やわらかな胸にそっと沈めた。


「よしよし、大丈夫ですよ、ユウくん。ママが傍にいますからね」

「うん、うん。ディアンナだけだよ、ボクを否定しないでくれるのは」


 ユウくん――小森優紀はうっとりと目を細め、ほうっと安堵の吐息を漏らした。


「ねえディアンナ。人のことを馬鹿にしたり、殴ったり……イジメをする人間は、悪だよね?」

「ええ。ユウくんを傷つけるものは、何であっても許されません」

「ハハッ、だよね? だからさ――」


 優紀はディアンナの胸から体を起こし、込み上げる感情に歯を食いしばって、校舎を見上げた。中学校の終業後に、一度家に戻ってディアンナを迎えてから来たため、もう子供たちの姿は見当たらなくなってしまっているが、教師たちは残っているだろう。

 ボクが辛い時に、助けてくれなかったゴミみたいな大人たちを。

 そんな奴らがのうのうと過ごしている、この学校という存在そのものを。


「こんなもの、壊しちゃってよ」


 さあ、世界の終わりを始めよう。そう言って少年は、血走った目でにぃと笑った。

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