第20話 原作の超越

「【天装降臨てんそうこうりん】――五元空式:ソハヤノツルキ!!」


 装甲を纏い戦女神の化身となった都牟羽の雅やかな美しさに、詠太郎は息を呑みつつも奇妙な感覚を抱いていた。


「(ソハヤノツルキ……聞いたことあるぞ。たしか、天下五剣に数えられる『大典太光世』の作刀者が打った、霊刀のだ)」


 都牟羽の口上にも『妙純傳持』という言葉があったから、間違いないだろう。坂上田村麻呂が鈴鹿の鬼を討った際に振るったとされる霊刀『ソハヤノツルギ』から本歌取りをして作られた、写しの一品だ。


「(けれど、この違和感は何だろう。こっちの『ソハヤ』も徳川の刀として名高い刀ではあるはず。それに写しとはいえ、贋作ではないわけだし。あの子の装甲が近未来的だから? でも、そういう設定の作品なんかいくらでもあるし……)」


 詠太郎は都牟羽の頭から爪先までをつぶさに観察しながら、目を細める。


「(『空式』の力としても、騒速ソハヤのイメージと違いはないだろうけれど……なんだろう、この感覚は)」


 このモヤモヤをエルに伝えるべきか悩んだ。ただでさえ攻略の方針を出せないのに、余計な不確定情報を与えてしまっては足枷になってしまうかもしれない。


「あれがカタナね。うん、斬るのに特化したいい形をしてる」


 詠太郎の不安をよそに、エルはぐぐぐっと爪先を地面に突き立てて、蹴り出した。

 都牟羽も風の浮力を利用して瞬時にトップスピードに乗り、躍り出る。


「リュミエル・エスポワール――」

「草那藝都牟羽――」

「「推して参る!!」」


 二人は詠太郎と剱丞のちょうど中間あたりで一合した。互いの刃を削るように火花を散らし、鍔迫り合いに持ち込まれる。


「インパクトの瞬間に風を乗せた、速くて重い剣筋。なかなか器用なことするじゃない」

「かくいう貴女は、素直ですね。お可愛らしいこと」

「こんっの……っ!」


 わざとらしい上品口調に、エルが鍔を弾き上げた。


「エル、挑発に乗っちゃダメだ」

「わかってる!」


 詠太郎の言葉へは食い気味に叫んで返しながら、エルは横薙ぎの一閃を繰り出す。

 それを都牟羽は難なく間合いの外まで下がって躱してから、ひらりと手のひらを翳した。


「時既に遅し、ですよ。【けつ】!」

「何を言って――ッ!?」


 追撃の剣を既に振り下ろすところまで踏み込んでいたエルは、突然つんのめるように急ブレーキをかけると、都牟羽から距離を取った。

 剱丞が感心したように眉を上げ、ミルクケーキの封を切る手を止めた。


「ほう、避けたか」


 エルと都牟羽の間に、横一文字の線が現れている。それは周囲の空気を歪ませ、蜃気楼のように揺れている。

 それを憎々しげに睨みつけたエルの頬に、冷や汗の粒が伝う。


「本当、器用なのね。コレって、私がところでしょ」

「原理にまで気付くとは。少し評価を改めなければなりませんね」

「なっ……」


 青筋を立ててわなわなと震える背中に、詠太郎は「どうどう」と声をかけた。作中でもトラブルメイカーな親友キャラといがみ合うことはあったけれど、それとはまた違う険悪なリアクションだ。彼女にも、馬の合わない人物はいるらしい。


「この力は大気を構成する元素を司るもの。風を生み出すこともできれば、大気を固定することもできます。貴女の剣によって揺らいだ大気を留め、真空の刃とさせていただきました」


 都牟羽の説明に、詠太郎はハッと気が付いた。


「そうか、『繋ぎ止める者』!」

「正解だ。聡いな、詠太郎くん」


 剱丞から賛辞が送られる。彼は噛み砕きかけたミルクケーキを唇から外し、真っ直ぐ詠太郎に視線を向けてくる。


「そう。祖父の書いたものを見つけてから、俺は都牟羽の物語をしたためた。崩壊しつつある世界に、人の生きる姿を刻むことをテーマにしてね」

「良い話だけれど、戦闘においてはちょっと受け身なんじゃない? 要は、あの場所を避けて戦えばいいんでしょう」


 挑発めいたエルの言葉に、都牟羽が短く嘆息して、


「大気を司ると言ったでしょう? ――【ほう】!」


 斬線の軌跡を蹴り飛ばした。密度はそのままに、巨大なかまいたちとなったエネルギーがエルに飛来する。剣でガードをした瞬間、かまいたちは機雷のように爆ぜた。


「【宵闇を裂きし光の剣ロゼ・ド・リューヌ】!!」


 土煙から反撃の光が射出された。

 しかしそれらは、都牟羽に届く前にすべて止められてしまう。


「残念ですね。ファンタジーにおけるその類の力は、単純なフラッシュではなく、光線レーザーに近いもの。大気を裂く以上、止められない道理はありません」


 淡々と告げる彼女だったが、しかし、直後にその声色を怪訝なものに変えた。巻き起こった土煙が収まっていく中に、射手の姿が見えなかったからだ。

 素早く視線を動かして、周囲にいないことを確認する。


「なるほど、上ですか」

「その通りよ! 軌跡を生み出す前に仕留めてあげる!」


 鬨の声を上げて、エルが剣を振りかぶった。

 しかし、


「――軌跡とは事後に描かれるものに非ず、だ」

「御意、【結】!」


 剱丞が何事かを呟いたかと思うと、都牟羽は迷わずに力を発揮した。


「えっ、ちょっ、何で!?」


 エルは空中で宙ぶらりんの姿勢になっていた。よく見れば、剣の切っ先からわずかに『軌跡』が伸びていて、そこに固定されているようだ。エルはどうにか剣の柄を握りしめ、滑り落ちないように踏ん張っている。


「今、下ろして差し上げますよ。【ばく】!」

「わっ、わわっ!?」


 剣先を繋ぎ止めていた軌跡が爆発し、エルが落下する。それ自体は直撃もせず、ダメージもないようだが――


「ああ、これもお返ししましょう。【かい】!」


 すでに安全圏に下がっていた都牟羽の声で、止められていた『宵闇を裂きし光の剣』の時が動き始めた。術者であるエル自身に向かって突き進み、激突する。


「エル!」


 再び土煙に巻かれたエルに、詠太郎は声を上げた。


「…………い、たたたぁ。演習試合てあわせと思って、出力弱めてて良かったわ。ほんと、これを素手であしらったトオノさん、何者なのよ」


 肩で息をしながらも、エルは立っていた。口元から零れる血を拭い、都牟羽に向き直る。


「それにしても。私、まだ剣を振り下ろしていなかったはずなのだけれど?」

「それには、俺から答えよう」


 エルの戸惑いに、答えたのは剱丞だった。


「先ほど俺たちが行ったのは、乱暴に言えばただの急場しのぎアドリブさ。可能性を持った言い方をするならば――さしずめ『原作の超越』といったところか」

「原作の、超越……?」

「そうだ。『攻撃の軌跡』という定義の解釈を拡げ、をも攻撃動作の範疇として都牟羽に認識させたんだよ」


 詠太郎の脳裏に真っ先に浮かんだのは、遠野&凛鴉との戦いだった。

 正面からでは突破できず、ガムシャラにもがいて編み出した攻略の糸口――『朔望如光陰オンブル・トゥール』。

 透兵衛&陽景戦では条件が揃わず、ついぞ使うことはなかったが……


「そのを見るに、心当たりがあるようだ」


 問いかける剱丞に、詠太郎はこくりと頷いた。


「元々エルの力も、仲間との絆を結んで纏うものです。だから初めての戦いでは、物語世界とのそれが紡げませんでした。エルが今纏っているのも、僕自身と繋いだはじめの一歩ラ・プルミエール――原作にない、オリジナルの姿なんです」

「ほう、それは重畳。いくつか段階を飛ばすことができそうだな」


 どこか嬉しそうにミルクケーキを噛み砕いた剱丞の瞳には、神々しい銀河が渦巻いているようにも見えた。彼の底知れぬ内側を現わしているようでもあり、同時に、彼が詠太郎の中に視ようとしているものの写し鏡でもある。


「僭越ながら君たちとの手合わせをしたいと申し出たのは、このためさ。無限の可能性から意図して引き寄せる術を、詠太郎くんに伝えたくてね」


 深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいている。それは当然、逆も然り。

 この先生き残るためにも、自分たちより遥か先にいる彼らとの戦いの中で、意地でも覗き返さなければならない。見逃してはいけない。


「――それこそが、神を出し抜く鍵となる」


 詠太郎は息を呑み、唇を引き結んだ。

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