第21話 水鏡に映る月
都牟羽が繰り出す
「では、詠太郎くんに問おう。
「どこって……エルの力なんだから、ヒロイン自身なんじゃないですか?」
「半分正解で、半分不正解だ。その根源たるものは、作家が書き上げた『原作』――ひいては、君の中にあるんだよ」
そう言って、剱丞は自分の胸に手を当てた。
「作家は物語の神であるという揶揄は聞いたことがあるだろう。事実、ヒロイアゲームにおけるヒロインにとっての作家は、単なるエネルギー供給装置などではない。
刹那、彼の心臓が脈動するように煌々と明滅を始め、瞬く間に眩いオーラとなってその体から迸る。
「くっ、ちぃ……っ!!」
さらに速度を増した都牟羽の太刀に、エルがたまらず間合いを切って舌打ちをした。
その様子を見届けた剱丞は、すっとオーラを収束させて言った。
「俺が都牟羽に注ぐ量をコントロールすれば、ある程度なら威力を増幅させることもできる」
「僕の意思で……」
詠太郎は剱丞に倣って胸に手を当ててみた。
多分、感覚なら自分の中にある。透兵衛との戦いで、エルが
あれの逆をすればいいんだ。吸われるのを受け入れるだけではなく、送り出す感覚。
「センスもいいとは……畏れ入るね」
剱丞は苦笑した。まだおぼろげながらも、詠太郎からは確かに流動する気が見て取れる。
「エル!」
「ええ、感じてる! ――【
轟、と音を立てて、エルの剣からブースターのように光が放出された。地球の重力とエルの月の力が共鳴し、吸引と反発を繰り返して、レールガンのようにエルの体を射出する。
「興味深い……ですが、無駄ですよ。【結】!」
光に手を翳そうとする都牟羽に、詠太郎はカッと目を見開いた。
「同じ手は――」
「食らわないわよ!」
大気が掌握される寸前で、詠太郎は力を注ぐのを止める。剣は光を失ったが、もたらされた加速度は損なわれないまま残った。
「せええええいっ!!」
旋回でバランスをとりながら、エルが剣を振り抜いた。
「くっ……大技を捨ててまでとは」
速度に遠心力が加わった一閃を、都牟羽は風に乗り、受け流すように回転して受け止める。
「良かった。読みが当たったみたいだ」
ほっと胸を撫で下ろして、詠太郎は剱丞を見やった。
「軌跡を繋ぎ止める力……もしこれが、『大気を動かしたものすべて』にかかるのならば、エルが一歩動いた時点で止められるはず。ここまでの戦いでそうしなかったのは、『攻撃のみ』にかかる力だから。そうですよね?」
「ほぼ正解だ。正確には、『人に仇なすもの』――たとえば、崩落する瓦礫だったり、突進そのものが攻撃になる場合なども含むがね」
剱丞は頷き、ミルクケーキの封を切った。
「エネルギー供給の感覚が掴めたのなら、次はお待ちかね、原作を凌駕するための術だ」
「それについて、さっきから考えていたんですが……もしかして、都牟羽さんの鈴が七つあるのも、原作の超越ですか?」
「ほう。どうしてそう思う?」
好奇の視線に、詠太郎はずっと引っかかっていた違和感をぶつけた。
「『天装降臨』を発動するとき、都牟羽さんは『五元』と言いました。剱丞さんは神主ですから、おそらく五行思想の
「なかなかどうして、詳しいじゃないか」
「あっ、その……ええと、ゲームとかの属性相性って、そういうのをベースにしていたりするので。宗教的な詳しいところまでは全然知らなくて!」
今更になって本職の前で得意げに披露してしまったことに気付き、詠太郎はわたわたと手を払う。それに剱丞はくつくつと肩を震わせながら、「まあ、それも八割方正解だよ」と言った。
「五行思想の前提には、七曜がある。木星、火星、土星、金星、水星に、日と月を加えたものだ。これは今の曜日の概念に受け継がれているな。そこで、作中では本来五つの鈴を扱っていたところを、七つに引き伸ばした。
ただ……ほら、
「神道と仏道を混ぜることの方が、よほど邪道のような気もしますけれどね」
「そう言ってくれるな都牟羽。神仏混合については説明をしただろう?」
苦言を呈した都牟羽は、剱丞の苦笑交じりの弁明を聞いて、さらに眉間の彫りを深くさせ「あの座学はもう結構です」と苦虫を噛み潰したように顔を逸らした。
「ともかく、だ」
軽く咳ばらいをして、剱丞はこちらに向き直る。
「そんな風に、縁の繋がっている線の上でしか力は書き換えられないんだ。たとえば、そうさな……リュミエルさんの剣が、突然ミサイルに変化するなんていう荒唐無稽な逸脱はできない」
「ミサイルって?」
「空を飛んでいく爆弾のことだよ」
「えっ、何それ。エイタローの世界ってそんなのあるの? 怖すぎない!?」
エルの愕然とした表所に、詠太郎は何ともいえない気持ちになった。確かにその通りなのだけれど、場合によってはそれ以上のスキルを撃ち合う世界の人が言うと、少し反応に困る。
「さあ、ここからは詠太郎くんにしか考えられない領域だ。君は作品に――リュミエルさんに何を与えた? どんな想いを籠めた? それに向き合い、導き出した新たな力で、都牟羽を突破してみて欲しい」
剱丞の言葉に、詠太郎は必死で頭を回転させた。
エルの力は、月の力。『星の力』といえば大きなように聞こえるけれど、その実、天体として考えられる
「(だからこそ、原作にもあった王のとしての力『天衣夢縫』がメインウェポンになる。できればそれを、引き上げるようにしたいんだけれど……)」
突然考えろと言われても、そう容易に思い浮かぶものではなかった。
逸る気持ちを追いやるようにうんうんと唸りながら、詠太郎は頭を振る。
「エイタロー」
不意にエルの声がしたかと思うと、するりと頭の中が澄んだような気がした。
「大丈夫。エイタローならできるよ」
彼女に握られた手のひらから伝わった熱が、詠太郎の中に渦巻く作家のエネルギーと混じり合い、きらきらと瞬き出すのを感じる。
「(これは――)」
とても温かくて、心地いい。彼女が『
「あっ、ごめん!」
無意識のうちに、瞳に吸い込まれるように間近まで迫っていたことに気が付いて、詠太郎はぱっとエルから体を離し、紅潮する頬を沈めるように夜風に身を委ねた。
いつの間に夕陽はその姿のほとんどを隠してしまい、燃えるような茜色の水平線には、深い藍色の層が積み上げられていた。見上げれば一番星。そして、顔を出した月。
それらは万華鏡のように、川の水面に映し出され、ゆらゆらときらめいていた。
「そうか、これだ!」
「おっ、何か思いついた感じ?」
「うん、それはね――」
詠太郎は内緒話をするように、エルに耳打ちした。
しかし、じっと耳を傾けていたエルの顔はふと怪訝になり、やがて曇り、しまいには引き攣り始めた。
「や、やだやだやだやだっ!? いくらなんでもそれはやーだー!!」
「そこを何とか! 都牟羽さんの力を攻略するには、それしかないと思うんだ!」
「そうなんだけど! そうなんだけどっ!」
いいいーっと、背中に氷でも入れられたかのようにその場で身を捩ってから、エルは観念したかのように目を覆って天を仰ぎ、ふっと呼吸で気合を入れてから、前を向いた。
「私にも、照栖ちゃんが食べてたアイスいっこね!」
「……はいはい」
一個とは言わず、店にあるだけの種類の味を買ってあげようと、詠太郎はひそかに思うのだった。
その様子を対面から眺めていた剱丞は、一際大きな輝きを放ちだした詠太郎の姿に、ああ、と感嘆の声を漏らした。
「御覧、都牟羽。いつだって、物語が次のステージに進む瞬間は心が躍る」
「某らも負けていられませんね」
「さあ、全力で彼らを迎え撃つとしよう!」
「御意!」
刀を翻し、都牟羽は光に向かって風に乗った。
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