第19話 天装降臨
このヒロイアゲームが初回ではないことを告げた剱丞の双眸には、熱くゆらめく心火が灯っているように見えた。
「俺の目的は、ヒロイアゲームを仕切る神を倒すこと。夢を胸に筆を執る者たちを、正しく歴史に繋ぎ止められるように」
「神を、倒す……」
握る拳に力が入る。仮に『焚書』の話が真実だとして、それほどの力を持つ神と戦うなんてことは可能なのだろうか。
「急に言われても、何が何だか……そうだ、前回のヒロイアゲームで勝ち残った人は作家になっているんでしょう? その人に詳しい話を聞けば……」
駄目元で訪ねてみたが、やはり首は横に振って返された。
「日本人であることは祖父の物語で窺い知れたが、素性は判らない。あとはヒロインが、いわゆる魔法少女と呼ばれるタイプだということくらいか」
身近なようで、掴むには細すぎる線だった。伝説的な惑星の戦士たちやニチアサの有名作品を筆頭に、今や魔法少女は一大ジャンルとなっている。作品を挙げればきりがない。
そういえば、ステラも魔法少女だったか。卓哉に聞けば、何か手がかりが掴めたりするだろうか。
「ひとまず、話は分かりました。僕たちにも、その神との戦いに協力しろってことですよね」
「無理強いはしないがね」
「煮え切らないわね。最終的に決断するのはエイタローだけれど、協力して欲しいなら、まずはそうはっきり言ったらどうかしら?」
エルが鼻白むと、それを都牟羽が一瞥した。
「主は、彼の身を案じているのですよ」
「何、エイタローじゃあ負けるって言いたいわけ?」
「それ以外の意味に聞こえたのなら、言い直しましょうか?」
売り言葉に立ち上がったエルを、詠太郎は慌てて押さえ込んだ。
「言葉が過ぎるぞ、都牟羽」
「……申し訳ありません」
都牟羽が目を伏せ、居住まいを正すのを、エルはまだ猛犬のように息を荒くして睨みつけている。
「失礼した。しかし、都牟羽の言もあながち間違いではないということは、理解しておいて欲しい」
「貴方まで……!」
「エル。気持ちは嬉しいけれど、まずは話を聞いてみよう。僕らは情報が足りなさすぎる。否定するのは、聞いてからでも構わないと思うんだ。実際に足りないところがあるのなら、これから努力するしかないんだし」
「エイタロー……うん、わかった。ごめんなさい」
エルの重心が椅子に落ち着いたことを見届けてから、剱丞は続けた。
「君たちは既に初戦を経験しているようだが、その後戦ったことは?」
「三回です」
「なるほど。ならば、この戦いで自分が命を落とすことになるかもしれないという可能性も、理解しているだろう」
問いかける視線に、詠太郎はじっと頷いた。
何れも記憶に新しかった。ヒプノの鎌で負傷したこと。遠野の拳で打ちのめされたこと。陽景の苦無に追い詰められたこと。
「作品によっては、流血や負傷、死亡の描写がないこともあるだろう。魔法を撃てばキラキラ描写で解決したり、コメディ調なら首が飛んでも次の行では戻っていたりとな。だが、ヒロイアゲームは違う。参加した以上、どの作品も等しく死が与えられる」
詠太郎は息を呑んだ。薄々気付いてはいたことだったが、改めて突きつけられると心が竦みそうになる。ヒロインたちと比べれば、ただの人間である作家たちは脆い。むしろここまで大きな怪我をせずに済んでいたことが奇跡なのだろう。
「そして、神に与する作家たちは、容赦なく作家も狙う。ヒロインも然りだ。本来なら光となって各々の物語世界に還るのだが、奴らは消える寸前に殺し切る」
そう言って、剱丞は自分の服の裾に手をかけた。
捲られて露わになった腹を見て、詠太郎は言葉を失った。左肩から右わき腹まで、袈裟斬りのように斜めに走る痛々しい生皮の傷痕があったからだ。
「君もこうして、一生消えぬ傷を負うことになるかもしれない。いや、痕として残るだけなら幸福だろう。だから、無理強いはしないと言ったんだよ」
「もしも戦うことに怖気づいたのであれば、申し付けてください。この戦いにリタイアはありませんから、某が適度に斬り、そこなヒロインを物語世界に返して差し上げます故」
「はいぃ……?」
エルのこめかみに青筋がひくひくと立つのを、詠太郎は制した。
宥めるのではなく、自ら前に出るように。
「リタイアするつもりはないよ。僕たちだって、勝つために挑んでるんだ」
「うむ、好い目だ」
剱丞はふっと相好を崩すと、空のグラスに手を合わせてから、丁寧に結んだ袋のゴミを仕舞って立ち上がった。
「では、詠太郎くん、リュミエルさん。君たちに手合わせを申し込みたい」
「……へっ?」
予想していなかった一足飛びの流れに、詠太郎は素っ頓狂な声を上げてしまった。
「場所は、近くに河川敷があったな。車は俺が出す」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
外套を羽織って踵を返す背中を呼び止める。
「協力しないとは言ってないでしょう。何も戦う必要は――」
「協力するからこそだよ。君たちとて、俺たちが得体の知れない者のままでいいのか? 互いの理解は深めるべきだと思うがね」
「くっ……」
こちらを車まで案内するつもりなのか、都牟羽はリビングの出口に立って振り返り、わずかに頭を垂れて待っている。
それに食って掛かるようにして、エルが続いた。
「私は構わないわよ。エイタローを馬鹿にしたこと、あの澄まし顔に思い知らせてやるわ」
「ああ、もう……」
協力を断ったら断ったで、刃を交えることとなったはず。とどのつまり、作家と作家が出会った以上、戦いは避けられなかったということだ。
詠太郎は観念して、集めたグラスをシンクに入れてから、足早にリビングを出た。
日月家のある区画を町の中心部とは反対方向へと向かえば、茂乃垣町と隣の市とを別ける川が見えてくる。
その土手沿いを移動した車は、人通りの少ないところで止まった。行楽シーズンにはバーベキューなどもすることができる、広めの河川敷。障害物はなく、橋も遠い。小細工などはあまりできそうにない立地だ。
斜面を降り、距離を取って向かい合う。
「エル、さっき都牟羽さんは『斬る』って言ってた。剱丞さんは神主だし、和風らしく、刀を使ってくると思う」
「カタナ?」
「この国に古くから存在する片刃の剣だよ。僕の知識じゃ剣と刀とでどう戦い方が変わって来るか解らない。気を付けて!」
「了解、【
エルが光の剣を抜き、ラ・プルミエールの鎧を纏う。
威風堂々とした構えに、ダッシュボードから持ってきていた新しいミルクケーキを咥えて様子を窺っていた剱丞の目の色が変わった。
「美しい。こちらの発言から手の内を探ろうとする姿勢も天晴だ。三戦して生き残っているだけある」
「ですが、それだけでは
「だから俺たちは、切磋琢磨しなければならないんだよ。こちらも学ぶつもりで臨むぞ、都牟羽」
「御意」
都牟羽が伸ばした左腕の袖口を引くと、手首に巻かれていたものが現れた。リストバンドのようなものに、それぞれ色の違う七つの鈴が埋め込まれている。
彼女はそこから空色の鈴を引き抜くと、根付でぶら下がるそれを指で弾き、りぃん、と音を鳴らした。
「――我が
凛と澄んだ声の祝詞が奉られると、鈴の内部の
「【
逆巻く風の中、和の巫女装束を
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