第16話 押忍!!
「エル。ごめん、待たせたし」
「うん、待ってた」
騎士と魔法少女は笑い合い、倒すべき敵へと向き直る。
「一枚着た程度で、随分とキナるのう」
うんざりと、陽景が肩を竦める。
「たとえ裸になろうと、剣があれば戦ってみせるわ」
「試しにもう一度ひん剥いてみる? コレは絶対渡さないけど」
剣の切っ先と銃口に狙われ、透兵衛は少しだけ、難しい顔をした。
「んー、まあ。仕方ないにゃ。ちょっと疲れるけんど、デカいの一発ブチ込むべさ!」
「おおっ、アレをやるんじゃな? わーい、ぱわーあっぷなのじゃあ!」
待ってましたとばかりに小躍りした陽景が、力強く印を組んだ。
べん、べん、べんべんべべん♪
三味線の囃しの中、忍装束がくるくると回る。瞬間、彼女の体がぐにゃりと歪んだ。
あどけなかったロリ巨乳の二次元ボディが、グラマラスな大人のくノ一へと変身していく。いや、服の意匠さえも変わるのは、最早変化の類だろうか。
よりスリットの増えた忍装束の隙間から、肌色がむちむち溢れんばかりに主張していた。
「我が
流れるような指の組み換えで印が織りなされると、陽景の黒に赤が差した。はじめは曼殊沙華の花弁のような刻印が下腹部に刻まれ、それがさらに花開くようにして、幾条もの筋となって全身に行き渡る。
それらは装束の内側にありながら、詠太郎たち視認できるほどに妖しく輝いていた。
「あっ、はぁ……♡ んっ、んむう……ふっ♡」
光の亀甲縛りに身をくねらせた陽景が熱っぽい吐息を一つ零す度に、一人、また一人と、寸分違わぬ分身が量産されていく。
「「「「「かんら、かんら。本物のあーしを見破れまいて!」」」」」
その数、一○八。煩悩を宿し、性紅肢ヰのフィルターで増幅させた、欲の化身。
奥に隠れかけている透兵衛の膝が、わずかに折れる。
「へ、へへっ……やっぱこいつは、キツキツだなっす。けんど、中折れなんてみだぐねえがらな! 漢、楽奇異透兵衛! ありったけ注ぎ込むぞ、受け取れ陽景ェ!」
ぎゅいんとハーモニクスをかけ、烈しくかき鳴らされた三味線の音色が疾駆する。
「「「「「りょー、じゃ!」」」」」
音の風に乗り、妖艶に咲き乱れた赤と黒の百八色万華が花吹雪となった。
「かかって来いし、【ブルーミング☆スター】!」
ステラが魔法銃で乱れ撃ち、星の盾を空に煌めかせる。
それを、花弁が指をすり抜けるように、陽景たちはひらりと躱す。
「「「「「たわけ、同じ手は食わぬのじゃ!」」」」」
四方八方から、嘲りのブーイングが迫って来た。
「――私がいることを、忘れてないかしら?」
エルが前に出る。
「盾を抜けても、それを構える騎士の拳が待っているのよ」
そう言って彼女は、剣を光の鞘に納めた。
「「「「「かんらかんら。血迷うたか!」」」」」
陽景たちが狂喜に歯を剥き、加速する。
「(いや、エルの狙いは――)」
詠太郎は、目を閉じたエルの横顔を見やった。
彼女は今、全身の集中力を総動員して織っているのだ。勝利という栄光への赤い絨毯を。
――あなたを『ドチンピラ』呼ばわりしたこと、撤回するわ。
――何かと思えば、そんなことか。撤回の必要などないさ。
戦いの中で、彼の生き様を受け入れ、確かに認め合ったことを、繋ぎ止める。
記憶に刻まれている確かなイメージを、引き上げる。
一縷の可能性を糸にして、強く太く、紡いでいく!
「【
エルが、刮目した。
「――
光が、熱く滾る羽衣として彼女に纏われる。トレードマークのマントは、武闘着の帯のように腰に巻かれていた。
天衣夢縫:ル・クラジューズ。
遠野との縁を結び、彼の強い信念を借り受けた、勇気の姿。
星の盾は、決して無駄に終わったわけじゃない。鶴の翼のように展開されたそれによって、奴らは一点に誘導されているのだ。
だが、陽景たちはそのことに気が付かない。
エルという
「すぅぅぅ……押ォォォ忍!!」
気合と共にエルが拳を構えると、まるで巨大な装甲を背負ったかのように、光の腕が顕現する。
「押忍、押忍、押忍――押羅ァ!」
「「「「「ぐ、ぐーぱんじゃとぉ!?」」」」」
「「「「おーこわ。じゃが、数はこちらが上じゃ、先にそっ首を落とすだけよ!」」」」
わずかに意気を削がれたかのように見えた陽景たちだったが、すぐに盛り返して迫って来る。
まだ百近く残っている実体たちから、苦無の雨が降り注いだ。
だが、エルの拳はまだまだ加速の序盤である。それは、脈打つように詠太郎の精神力を吸い取っていくテンポの変化で伝わってくる。
詠太郎は腰を据え、歯を食いしばった。もっと早く、もっと強く! たとえぶっ倒れてでも、エルに力を!
「押羅押羅押羅押羅押羅押羅ァァ――ララララララララ!!」
苦無は根こそぎ足刀で蹴散らし、分身たちを片っ端からぶっ飛ばす。顎を飛ばし、腕を砕き、脚を折り、腹を貫く。その姿は、まさに遠野捷が『
陽景たちの中には一度撤退を図る者が現れるが、ステラの星の盾に退路を塞がれ、押し返されては消滅する順番を早めるだけだった。
ステラはぽかんとあっぱ口を開けていた。
「うわあ、すごっ……まるで別人の戦い方じゃん」
驚いてもらえたことに詠太郎はどこか嬉しくなって、頬を緩めた。
これこそがエルの力の神髄。出会いを重ねる程に、刃を交える程に、彼女の人生とともに積み上がっていく、無限大の可能性。
「――――ッシャァ!」
一体を除いたすべてを無に帰した守護神に、残った
「ひぃっ、なんじゃこやつ、ゴリラじゃ! 無理じゃあ!」
這う這うの体で踵を返す忍者の背を逃すまいと、エルは拳を引き絞った。それに呼応した光の腕に、煌々と光がチャージされて、大きく膨らんでいく。
服の上から胸を押さえながら、詠太郎は叫んだ。
「行っ、けええええええ!!」
「――【
叩き込んだ拳が、跳躍する陽景の背中へと追い付き、ブチ抜いた。
「わきゃああああああっ!?」
断末魔とともに、三味線の音がべべん……と霧散する。
「押忍!」
静寂を取り戻したそよ風の中、エルが残心をとった。
術者であった陽景が還ったことで、ステラの服も元に戻っていた。彼女はフリフリの魔法服で着ぶくれのようになったチェックシャツをやや名残惜しそうに脱いで、卓哉に返す。
天衣と変身をそれぞれ解いた二人の姿にも影響はないようだ。
ボディーチェックをするステラにねぎらいの言葉をかけようとして、卓哉が足を止める。
「ふと思ったのでござるが、エルたそが力で姿を変えたように、再変身していれば良かったのではありませぬか……?」
「「「あ!」」」
詠太郎たちは愕然とあごを落とした。その発想は全くしていなかった。
「ごめんエル、無事だった僕が頭を回せていれば……」
「ううん、仕方ないわよ。次に活かしていきましょ」
かけられた微笑みには、遠野のような鬼気迫る表情の面影は微塵もない。
「……俺は何を……うそ、寝てた!? マジ!?」
飴屋の店員の声を皮切りに、江戸村内の至る所からざわざわと戸惑いの声が上がった。
「良かった……みんな無事だったんだ」
「だからそういう術だって言ったべや」
どっかと太々しく地面に腰を下ろし、透兵衛が頬を膨らませる。
「エロにも、エロなりに守るべき
「え、エロリスト……」
またよく解らない言葉が出て来たが、その言わんとすることは詠太郎にも理解ができた。
俗に、ニッチでキワなものを愛する者ほど、根が真面目だという話がある。自分たちこそが世間的に厭われる存在だということを自覚しているからだ。
「ここで脱落か……オラの力不足だ。悪りがったな、陽景」
透兵衛は空に呟き、ゆったりと湿った音色を奏でながら去っていった。
余韻の中に残ったのは、穏やかな昼下がりに歌う鳥のさえずり、戸惑いながらも動き始める人たちの衣擦れ、それと――
「あの、目を覚まさない方がいらっしゃるのですが、どなたかお連れの方はいませんか!?」
長距離運送の反動なのか、未だに夢の世界にまどろんでいる父・晴太郎のいびきだった。
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