第14話 大えっっっど忍法帖
――あの苦無が欲しい。この手に触れたい。
――いや、いっそ自分の体に刺して欲しい。
「危ないっ!」
苦無が体に刺さる寸前で、エルが叩き切ってくれた。
「何やってるのよエイタロー!? 自分から当たりにいくような真似なんかして!」
「いや、違うんだ、体が勝手に……」
慌てて弁解をする詠太郎に、陽景が指をさして笑い転げる。
「かんらかんら! 見たか、これぞ
「ネーミングも説明も酷いのに質だけは悪いやつだ!?」
開いた口を閉じれずにいる詠太郎の隣で、ステラが舌打ちをする。
「そーいうことね。みんな寝言が変だと思ったのよ。それも、あんたの忍法ってワケ?」
「うむり。性紅肢ヰ忍法『隷務催眠』。彼奴らに心地よい淫夢を見せ、間接的にあーしに従わせる術じゃ」
「最低……」
「何を言うか、ぱんぴーを戦闘に巻き込まぬことを褒めて欲しいくらいじゃがのう? ほれほれ、ほーれーぃ」
こちらを嘲笑うかのように、陽景が苦無を連続で投げてくる。
詠太郎は長屋の陰に隠れようと試みたが、催眠性能の前では無駄な足掻きだった。それに陽景は当然、エルたちをも狙う通常の苦無攻撃をしてきているため、彼女たちも防ぐのが精いっぱいの様子である。
このままジリ貧の状況が続けば、負ける。
銃を連射しながら、ステラが叫んだ。
「ねえ豚! 早くアレちょうだい!」
「で、でもぉ……」
「でももだってもないってば! もう戦いは始まってんの。早く!」
「そうはいっても、体が動かないのでござるよぉ……!」
今にも泣きそうな声で、卓哉が声を張り上げた。彼もまた、苦無の誘惑に抗えずにふらふらと彷徨っている。
「チッ、しゃーないわね。ガンナーは後方支援ってはずだったんだけ――ど!」
ステラが走り出した。体を卓哉の方へ向けたまま、視線だけで周囲の状況を窺い、自分に迫る苦無を躱していく。
「ウチにとっては、こんなのオモチャレベルだし!」
卓哉の下へと滑り込んだ彼女は、正面から迫る苦無を銃で弾き返しながら、左手で卓哉のパーカーのポケットをまさぐった。
取り出したのは、化粧品のコンパクトのような、星を模した細工が散りばめられたかわいい箱だった。
「ほ、本当にやるんでござるか?」
「くどい。あんたがウチに色々気ぃ遣ってくれてんのはわかってる。けど、だからこそ、あいつに勝って、その日常を取り戻すんでしょーが」
「ス、ステラたそ……」
「さあて、『キューティー・プリンセス』を敵に回したこと、後悔させてやるし!」
衣装の描かれたカードをコンパクトに挿すと、蓋が開いた。それを折り畳み式の携帯のように掲げると、ステラは自撮りをするかのようにミラーに写る画角を調整する。
ピースサインは勝利の予告。刹那、まばゆい光が彼女の体を包んだ。
回転する青色の光輪が、彼女の全身にぴたっと張り付いて、ぱっと散る。
「キューティ☆チェンジ! 星空の乙女、ピュアナターレ!」
そこには、青を基調に星を散りばめたドレスを身に纏う、ステラの姿があった。
「っし、テンアゲでいくし!」
数段増しに盛られたツインテールを揺らして意気揚々と踊り出したステラは、もう一丁の魔法銃を召喚し、乱射した。
「何が来るかと思うたが、テッポーがひとつ増えただけではないか!」
陽景がほくそ笑み、得意の跳躍力で飛び上がって、迎撃の苦無を放つ。
「舐めていられるのも今のうちだし――【ブルーミング☆スター】!」
ステラが呪文を唱えると、夜を駆けていた光の弾たちが、ぴたりと制止した。それらは急速に膨張したかと思うと、一つ一つがお星さまとなって誕生し、苦無を受け止めていく。
「なぬっ!?」
「ウチの魔法は、邪悪を撃ち抜く弾丸でもあり、人々を守る盾でもあるし。キューティ・プリンセスは星を守る戦士。こそこそしてる忍者とはスケールが違うワケ」
おわかり? と肩を竦めるステラを追い越して、ここぞとエルが突撃を図る。
詠太郎たちを守る盾は、今度はエルの足場となって、彼女を空へと運んだ。
「一刀両断! 【
江戸村に、大きな光の花火が打ち上がる。
「ま、拙いのじゃあっ!? ……なーんての♪ 性紅肢ヰ忍法『
陽景ががばっと、服の胸元をはだけさせた。直後に光の奔流が彼女を飲み込む。
しかし、月の光が収束した後に残ったのは、大きなおっぱいの形をした位牌のようなものだけだった。
「ニンジャが、いない……?」
目標を見失い、口惜しそうにエルが着地する。
陽景の本体は既に透兵衛の隣にいて、かんらかんらと勝ち誇っていた。
「惜しかったのう。あーしの一族に伝わる
「じゃ、また倒しちゃえばいい系? 余裕だし」
「ほほほ。そんな簡単なことなら、わざわざ弱点を口にしたりせんよ、たわけめ」
「たっ……」
ステラのこめかみに青筋が浮かんだ。
「たわけはどっちだし。ウチらには鉄壁のお星さまがついてる。形勢は逆転してるんだから」
「そこから堕とすのが気持ちいいんだべ。無理矢理万歳!」
透兵衛が三味線をつま弾いたのを合図に、陽景が胸元で印を組み始めた。
「見せてやろう。あーしは別に、遮二無二苦無を投げていたわけではないとな」
「それって、どういう……」
ステラが訝しげな表情で、足を止める。
嵐の前の静けさの中で、ふと、何かが共鳴するようにカタカタと鳴った。
「ステラたそ、後ろでござる!」
「えっ――?」
地面にばらまかれていた苦無の一本が、まるで映像の逆再生をするように浮き上がり、彼女目がけて飛来する。
ぎりぎりのところで回避が間に合うが、苦無はステラの服を掠めて、陽景の手へと戻っていった。
「っぶな……けど、大見栄切った割にこの程度? ちょーウケるんですけど」
「ほう? その状態をこの程度とは。恥じらいを捨てたおなごはつまらんのう」
「えっ? はっ? きゃああああああっ!?」
唐突にステラが悲鳴を上げてしゃがみこんだ。そこで詠太郎たちもようやく、何が起こったのかを把握した。
彼女の魔法服が消失し、内に着ていたベビードールだけの姿になっているのだ。
「ステラたそ!」
「いや、やだ、近よんないで!」
心配して駆け寄る卓哉を、ステラは半泣きで拒絶する。
「かんらかんら。性紅肢ヰ忍法『
「くっ……こんの、変態!」
「ヒャッホウ! 即堕ち二コマだべ!」
ステラの怒りの形相すらも、透兵衛にはどこ吹く風。むしろ栄養素となっているように元気が増しているようだった。
「まずは一枚。ちなみに、あーしの手に戻ってきた苦無を忘れてはおらぬよな?」
舌なめずりをして、陽景はまた、男を幻惑する苦無を投擲してくる。
エルがステラのフォローに回りながら立ち回るが、今やお星さまの盾は羞恥に
鎧が消え、内革も飛び、ドレスさえもひん剥かれ、エルはとうとう下着のみとなってしまった。動けないでいるステラはさらに格好の的で、既に下着までもが奪われてしまっている。極限まで縮こまり、必死で体を隠す姿が痛々しい。
そんな窮地の中でもエルは、毅然と剣を構えて、立っていた。
「エル!」
「安心してエイタロー。ちょっとばかり恥ずかしいけれど、そうも言ってられないし。それに、この術の苦無はそんなに痛くないの。だから大丈夫。トオノさんに比べたら屁でもないわ」
ぐっと、力強く笑顔を作って見せてくれる。けれど、震えは隠しきれていなかった。
陽景は煽るように喉を鳴らして、邪悪な笑みを浮かべる。
「もう少しじゃのう。すべての衣服が消えた時、次に消えるのは何じゃろうな?」
「なっ――」
「皮膚かの、肉かの? それとも、直接命を剥ぎ取るかもしれんのう?」
かんらかんらと不気味な声が、江戸村にこだました。
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