第13話 楽奇異透兵衛
「へえ、エルは王女なんだ」
こちらの詳細を聞いたステラが感嘆の声を上げると、エルがふふんと得意顔になった。
「見えないねってよく言われます!」
「威張ることじゃないでしょ……」
「…………」
「ごめんなさい、そう書いたのは僕です、はい」
ジト目の抗議を受けて、詠太郎は視線を逸らす。
「ウチは『キューティ・プリンセス』の一人よ。人感情を食い物にする敵から星が侵食されるのを防ぐために戦ってるの」
「キュープリでござる」
「略すな!」
空中に現れた魔法陣から巨大ハリセンを取り出し、ステラが卓哉の頭目がけて振り抜いた。
「おおっ? やんややんやー」
うきうきと囃すエルの手拍子を、詠太郎はそっと押しとどめる。
当の卓哉はどこか嬉しそうに頭を撫でていた。
「駄目でござるよステラたそ。可愛いお顔が台無しでござる」
「だ・れ・の・せ・い・だ・し!」
およそ女の子のしていいものではない表情でステラが叫んだ。
「っといけない。あまり騒いでると迷惑に――」
髪を梳きながら振り返り、通りの様子を気にかけた彼女が、ふと無言になった。怪訝な顔をしながら表通りを覗き込んで数秒、後ろ手にこちらを手招く。
「どうしたでござるか?」
「ねえ、静かだとは思ってたけど、誰もいないなんてことある?」
卓哉に続いて顔を出すと、さっきまで賑やかだった表通りに人気がなかった。動く鎧武者どころか、対面の店に出ていたはずの従業員すら見当たらない。
「何があったんだろう……?」
特に騒ぎのあった様子もなかったはず。事情を尋ねようと、通り向かいの飴屋に近づいた。市松人形や侍などの型で作られた飴たちはそのままに、店主だけが見当たらない。
「あのう、すみませーん。誰かいませんかー?」
声をかけながら陳列什器を回り込んだところで、詠太郎は目を疑った。
従業員らしき男性が倒れていたからだ。
「大変だ! 大丈夫ですか! ええと、こういう時って……そうだ脈! いや、呼吸が先!?」
応急処置の訓練でどんなことをしたか記憶を辿りながら、わたわたと体を確認していく。息はしているし、脈も落ち着いている。目立った外傷もないようだ。
この後はどうすればいいのか……救急車でいいのかな。そんなことを考えていると、男性がうわ言のように唸った。
「駄目だよぉ……そんなとこ触っちゃぁ……」
「えっ、あっ? すみません!」
詠太郎は慌てて手を離した。しかし、男性のうわ言が収まることはなかった。
「……よおし、お兄さん頑張っちゃうぞー……むにゃ」
「ね、寝言……?」
彼はとても幸せそうに頬をだらけさせていた。
首を傾げながら通りに戻ると、エルも似たような表情で別の店から出てくる。
「ねえエイタロー、向こうのお店、人が寝ていたんだけど……」
「そっちも?」
「うん。でもね、なんか寝言が変なの。『気持ちいい』と言ったかと思えば、『痛い』って」
「…………」
詠太郎は額に手を当てた。この事態の元凶はなんとなく想像がついていたけれど、嫌な予感がする。
「サイッッッアク! あんにゃろう、ウチの胸を触りやがったんですけど!」
憤りに腕組みをして、ステラが肩をいからせながら戻って来た。卓哉も一緒だ。
「ステラたそが引っ叩いても起きなかったでござる。どうなってるのでござろうか……」
「多分、『ヒロイン』の仕業だと思う」
詠太郎が半信半疑にそう答えた時、不意に一陣の強い風が吹いた。季節外れの桜吹雪に目が眩む。頬に引っかかったそれをつまみあげると、和紙を千切ったもののようだった。
「エイタロー、あそこ!」
エルが指をさした方へ目を向ける。
そこには夜があった。突き当りの建物の屋根の上に、城の天守閣と朧月の描かれたパネルが立てられている。後ろからスポットライトでも当てているのか、光の円に二つのシルエットが浮かんでいた。
少女の影が、マフラーをたなびかせている。その傍らに腰を下ろしていたもう一つの影が手を払ったかと思うと、べべん! と三味線の音色が響き渡った。
音の余韻に支配された暗い長屋通りに、少女の歌うような声が浸透していく。
「ハジメ村に生を受けて幾星霜――」
べべん、べべん、べんべんべんべん!
「スゴクコウダイ海峡を渡り、トテモケワシイ山脈を越え、アクダイカーン将軍を討ち、なおも足を止めることなく。はーるばっるー来たぜ、えっと……ここどこじゃ?」
べべー……ン。
「はあ、ほえー。
「「……ナニコレ」」
詠太郎とステラは頬を引き攣らせた。これがドッキリやショーの類だったのならどれほど良かっただろうか。
「何をやっておる、ここで其方らが『何者だ!』と聞くべきところじゃろう!」
「えっ……?」
不意に促されて戸惑う詠太郎とは対照的に、エルがきらきらとした目で身を乗り出した。
「何者だ!」
「答えなくていいよ、エル……」
月影の少女は満足がいったらしく、腰に手を当てて叫ぶ。
「はーっはっは! 問われたならば答えねばなるまいのう――とうっ!」
少女は傍らの影の首根っこを掴むと、パネルを突き破って現れた。すさまじい跳躍力で何間もの道を風切り、詠太郎たちの目の前へと降り立つ。その際、着地を誤ったらしい影がべんっ……と悲しく呻いた。
少女の方は忍者装束に身を包んだ、小柄な割に出るところはばっちり出ているザ・二次元体型。三味線を手にしている男の方は甚兵衛姿で、丸眼鏡にぼさぼさの髪をしている。
「一つ、人妻を愛し! 二つ、ふたなりを愛し! 三つ、耳舐めを愛す!」
べんべんべべべべ!
「乱れ咲き、花びら大回転。乱れた世の淫らな
ずびしっ! と天に突きあげられた指が、月を斬った。
「……え、なんて?」
「花鳥風月陽景じゃ!」
「うん、いやそこじゃなくて……もういいや」
詠太郎は考えることを止めた。まともに相手をしてはいけない気がしたからだ。
「なんかよくわからないけれど、カッコイイわね、花びら大回転!」
「そんな言葉を覚えちゃいけません!」
「え、なんで?」
決めポーズを真似してはしゃぐ王女様の手を下ろさせる。彼女を好奇心旺盛な性格に描いたことがこんな形で裏目に出るとは。
ステラが魔法陣からファンシーな銃を取り出し、無言でくのいち少女目がけて発射した。
「あふん♡」
べこん、と額を撃ち抜く小気味いい音がしたが、陽景はちょけるような矯正を上げただけで、むしろ恍惚そうな表情まで浮かべている。
「うわぁやだキモいキモいキモいキモい、なんか生理的に無理ぃ……」
ステラが肩を抱いて震えあがった。
そんな彼女と、エルの方を交互に見て、三味線男が首を捻る。
「なんだべ、襲い甲斐のなさそうなヒロインだなっす」
「うわ、喋った!?」
「えらい失礼な奴だずね。どう見ても人間だべしたや!」
「だって、あんた、さっき落ちた時も三味線で……」
おずおずとステラがツッコむ。それに、三味線男はくわっと目を見開いた。
「あんたあんたて、あんた! オラには
「(もうやだ、帰りたい……!)」
詠太郎はがっくりと目を覆った。そしてすべてを察した。
奴はいわゆる『イロモノ系』の作家だ。新人賞の一次選考通過リストに一人や二人現れる「どうしてそのタイトルで一次選考通過できたんだ」と頭を抱えたくなるような奇才たちのことある。
多くの場合、それらの一発ネタ作品は二次選考という篩にかけられることで姿を消していくのだが、ヒロイアゲームにおいては話は別。その厄介な作風は、特大の地雷となり得るのだ。
「エル、気を引き締めていくよ!」
「合点承知の助! ――【
既にかなり影響を受けていそうな彼女だったが、剣を抜いた横顔は真剣そのものだったことに、詠太郎は胸を撫で下ろした。
二体一。即席のタッグとはいえ、数の差は絶対にアドバンテージとなるはずである。
「ほら豚、ビクビクしてないでしゃんとする!」
「ひぃぃぃん」
ステラからケツを蹴られて、卓哉がしぶしぶと戦線に立たされた。
「おお、やるってが。んだばちゃっちゃと倒して、えっっどいことするぞー!」
「りょー、じゃ!」
にぃ、と八重歯がマフラーから覗くほどに口角をつり上げた陽景が、手をわきわきと動かした。その手を自身のたわわな胸元へと突き入れ、谷間より取り出だしたは棒苦無。
詠太郎は腰を落として様子を窺った。危険な投擲武器であることには変わりないが、投げてくる以上、軌道は線。
「(野球のボールか何かだと思えば、躱せる)」
だが、しかし。投擲された苦無を見た瞬間、自分の意思に反して腰が上がる。
「えっ――?」
気が付けば、まるで飛来する苦無を求めるように、足をふらふらと進みだしていた。
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