第12話 江戸村観光と作家仲間

「わあ、木で出来た家がずらーっと!」


 メインストリートを挟むようにして伸びる復元長屋風の建物の奥まで目を凝らして、エルはぴょこぴょこと飛び跳ねた。

 ここは江戸村。茂乃垣町から二つほど跨いだところの市にあるテーマパークである。

 きっかけは、父の計らいだった。週末に長距離運送から帰宅した父も例に漏れずエルの存在を認知しており、そんな彼が持って帰ったのが、このテーマパークのチケットである。


「趣が合って、良い匂いもする。素敵! 晴太郎せいたろうさん、大好き!」

「俺もリュミエルちゃんが大好きだぞう!」

「何か凄く誤解を招きそうなやりとり……」


 無邪気なエルと、調子のいい父・晴太郎のやり取りに、離れたところで詠太郎はげんなりと肩を落とした。何故だろう、雰囲気がバカっぽすぎて『大好き』への嫉妬心も浮かばなかった。


「まあ、とはいえだ」


 振り返った晴太郎が、詠太郎の肩にポンと手を置いた。


「父さん、青森からUターンしたばかりでクタクタなんだ。だからあとは若い者同士で楽しみ給え! ちゃんと案内するんだぞお詠太郎!」


 こちらだけに見えるようにパチ、パチと意味深なウィンクをしてくる晴太郎。そこだけ見れば、気を遣ってくれる善き父に見えなくもないけれど――


「ちょっと父さんは休憩してるから。お姉さーん、お団子とお茶!」


 すぐに身を翻し、入り口傍の茶屋へと入って行ってしまった。パンフレットによれば、舞妓風の出で立ちをしたべっぴんさんたちに給仕をしてもらえると評判の甘味処らしい。


「(まったく、もう……)」


 母と照栖を連れてこなかったのはこういうことだったのだろう。

 だが、貴重な休みにこうして車を出してくれたのも事実。心の中で一応の感謝をし、詠太郎はエルの手を取った。


「行こう!」


 建物こそ長屋で繋がっているように見えるが、その内装は様々。

 風車や十手などの和風なアイテムを打っている小物店。手裏剣投げを体験できる遊戯屋。露店を極彩色に彩る一口サイズの餅や煎餅をいくつか見繕って舌鼓を打っていると、オブジェだと思っていた鎧武者が突然動き出して、思わず皿を取り落としそうになった。まったく驚いた様子もないエルから、指をさして笑われてしまう。


 武者と握手をして別れ、目に入った貸出衣装の店に立ち寄る。着物の着付けをしてもらったエルは、普段とはまた違った気品があった。

 長い髪を頭の上でまとめ、簪を挿し、透き通るようなうなじを露わにしての流し目に、詠太郎はドキッとして目を逸らす。


「――ちぇいやっ!」


 不意に聞こえた甲高い声に、振り返る。


「ふふん、ウチに刀を向けようだなんて百年早いし!」


 先ほどの武者の前で、小柄な金髪ツインテールの少女が得意げに胸を反らしている。エルより少し下くらいの年だろうか。どうやら彼女は『動く鎧武者』を看破したらしく、ぺしぺしと鎧の胴胸を叩いて勝ち誇っていた。


「ひゃあ、綺麗な金髪だあ」

「外国の子かな。こういうところは観光客も多いから」


 賑やかだなあとほのぼのしつつ、詠太郎たちが次へと向かおうとした時だった。


「ぼ、暴力は駄目でござるよステラたそ~!」


 息を切らしながらやってきたパーカー姿の太っちょの少年が、ぺこぺこと鎧武者に頭を下げて少女を引き離す。


「おお、ござるだ! 口調まで成り切って楽しむのはいいわね!」

「いや、あれは――」


 詠太郎は目を瞬かせた。あれは別段、この場所だからそうしているわけではないものだ。

 そして何より、少年は見知った顔をしている。


「勝手にどこかへ行っては困るでござるよ」

「別に。あんたがブタブタしているから散歩してただけだし」

「やっぱり、卓哉たくやくんだ!」

「ぶひぃ!?」


 詠太郎が声をかけると、少年は鼻を鳴らして身を竦ませた。

 おどおどと周囲を窺い、声の発信源がこちらだと気付くと、彼はにぱっと表情を明るくさせた。


「なんと、詠太郎氏でしたか! もう、拙者のことはミスターPIZZAピッツァと呼んで欲しいでござるよ」

「だって、呼びづらいし……」


 握った手をぶんぶんと振られながら、詠太郎は苦笑した。


「エイタロー、知り合い?」

「うん、彼は飯尾いいお卓哉たくやくん。僕と同い年で、ネットの投稿サイトを通じて知り合った作家仲間……なん…………だ」


 嵌っていくピースに、声が尻すぼみになる。

 同じくライトノベルの作家を目指す人間と、一緒にいる可愛らしい女の子。


「もしかして、卓哉くんもヒロイアゲームに……?」

「わ、わあああっ!」


 卓哉の巨体が動いたかと思った時には、詠太郎は長屋の切れ目に押し込まれていた。


「え、エイタローっ!?」


 すぐに後を追ってエルが飛び込んで来てくれたが――


「見逃して欲しいでござるぅ!!」


 出迎えたのは、見事なまでのジャンピング土下座だった。


「拙者とて、頭では解っているでござるよ。『命を賭す覚悟があるか』という問いに頷いたでござるよ。でも、でも! せっかくこの世界に来てくれたのなら、ステラたそにいっぱい楽しんで欲しいのでござるよ!」

「ちょ、ちょっと卓哉くん、落ち着いて……!」


 詠太郎が宥めようと突き出した手よりも早く、伸びて来たちいさな手のひらがパーカーのフードを引っ張った。


「みっともないから起きろし、豚」

「ぶひぃ、梃子でも動かないでござるぅぅぅ!!」

「あーもう鬱陶しい! 大の男がぴーぴー泣くなし! ……もう、こんなのがウチの生みの親とか、ほんと有り得ないんですけどぉ」


 がっくりと項垂れてため息を吐いた少女は、掴んでいたままのフードをあやすように揺らし始めた。


「はーいはい、あんよがじょーずー、あんよがじょーずー」


 無機質な棒読みの歌だったが、それに誘われるようにしてぴくり、むくりと卓哉が体を起こし、やがて立ち上がった。


「はーい起き上がれてえらーい」

「でゅふふ。ステラたその応援があれば何度でも立ち上がれるでござるよ」

「たそって言うなし。意味不明だし。きっしょいし。死ねし」


 気恥ずかしそうに頭を掻く卓哉の三段腹を、少女は躊躇なくつまみ、ひねった。


「まず豚に友達がいたことに驚きなんだけど」

「せ、拙者にだって友達の一人や二人、いるでござるよ!?」

「脳内にでしょーが!」


 少女は威嚇する猫のように飛び上がり、すぱーんと小気味いい音を立てて卓哉の頭を引っ叩いた。息ぴったりである。


「……まあいいわ。とりあえず、そっち敵意はない系ってことでFA?」


 ぽかんとしたままコントを眺めていた詠太郎たちだったが、少女の視線に我に返った。


「もちろん。僕だって、卓哉くんとはできれば協力したいと思ってる。僕は日月詠太郎、よろしく」

「私はリュミエル・エスポワール。エイタローのヒロイン。よろしくね」


 同時に差し出した手を見て少女は一瞬の逡巡をしてから、


「ウチはステラ・ナターレ。その……よろしく」


 そう言って両手を掲げ、それぞれ握り返してくれるのだった。











 手と手を繋ぐ詠太郎たちの姿を、少し離れた長屋の屋根から観察している二つの影があった。


「かーっ! しょーもないのう。そこで無理矢理襲ってこそじゃろうに。二対二じゃぞ? スワップじゃぞ? まったく、草食系とやらは風情がない!」


 忍装束に身を包んだ少女が、りんご飴を齧りながらぼやく。

 そんな彼女に、べべん、と三味線が語りかけた。


「ん? あーしが襲えば良かろうとな? お主もえぐいこと言うのう」

 べべべん、べんべべん♪

「えぬてぃーあーる? びーえすえす? ええい、えげれすの言葉はまだよー解らんと言っちょるじゃろうが! 何……日の本の言葉ぁ?」

 べん、べんべん、べん♪

「ふむふむ。ねとられ……ぼくがさきにすきだったのに……はえー。ほんに主の国はすごいのう。HENTAIと称されるのも伊達ではない」


 りんご飴の残りを頬張り、串を折って袂に仕舞うと、少女はひょいと猿のような身軽さで跳ね起きた。

 指で九字の印を結び、にぃ、と頬を吊り上げる。


「さあ、宴の始まりじゃ――性紅肢ヰせくしゐ忍法『隷務催眠レムさいみん』♡」

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